23.戸惑い
ゆるゆると、眼を開けた。
ぼやける視界は真っ黒。
視界はそんな感じだけど、嗅覚でここがどこかはよく分かる。

「イタチ…くるしい」
「ん…」
「はなして」

私がイタチよりも早く起きるなんて珍しい、と思い枕もとの時計を見たら針は10時を指していた。
どうやらイタチが寝坊したらしい。

「…イタチ、10時よ」
「ぅ…ん…?10時!?」

寝ぼけながらイタチにそう言うと、イタチは一気に覚醒したのかガバリと起き上がった。

「やばい、父上に集会にくるように言われてたのに!」
「あーあ、馬鹿…」
「すいません、ちょっと帰ります!」
「ちょっとじゃすまないんじゃない?さっさと帰んなさいよ…」

ばたばたと帰り支度を始めるイタチをベッドから見守る。
イタチの父、フガクは見た目どおり厳格な男だ。
息子であろうと、というよりは息子だからこそ、容赦なく叱る。
遅刻確定の時刻なのか、それとも遅刻すれすれの時刻なのか、どちらかは分からないがどちらにせよ怒られるだろう。

「じゃあ、また」
「はいはい…今日は家にいなさいよ」
「多分そうせざるを得なくなると思います…冷蔵庫に昨日の残りのシチューが入ってるので食べてください!」

ベランダから家を出ようとしているイタチを見送って、部屋に戻った。
よく寝たので私は気分がいい…イタチはどうなるのかわからないが。
昨日の夜きちんと食事をしたので、朝はあまり食欲がない。
冷蔵庫からリンゴを取り出して、それを食べた。

今日は家から出たくない。
昨日まで班員とずっと一緒で疲れたので、今日は1人でのんびりしたい。
寝巻きのままソファーに座り、ぼんやりと外を見た。

今日も快晴だ、緑が眩しい。
何も考えずにぼんやりと外を見ていると、ベランダに一番近い木が、がさりと揺れた。
大抵木にくるものは、猫か知り合い。
今回は後者だったようだ。

「…また、アンタ?」
「名無し!ちょっと話し聞いてくれよ!」
「は?」

木かアパートのベランダに飛んできたのはアスマだった。
帰ってきてまだ1日しか経っていないのに、よくもまあ帰ってきたと分かったものだ。
1人の時間を邪魔されて若干不機嫌だったが、必死そうなアスマに気圧された。

「この前お前と飲みに行ったろ?」
「いつの話よ」
「お前がその任務受けるちょっと前だよ」
「…ああ、行ったわね」

ソファーに座ってぷらぷらと足を動かしながらアスマを見た。
アスマはカーペットの上に直に座っていた。
それを見て、ソファーの上のクッションをアスマのほうへ投げた。
アスマはクッションを腰の辺りに当てた。

「さんきゅ…ってそうじゃない!とにかくその飲み屋に行ったところを紅に見られたわけ!」
「ああ…ご愁傷様」

なるほど、浮気を疑われたらしい。
任務を受ける少し前だったから、私も成人した姿だ。

妹だといっても信じてはもらえないだろう。
私とアスマは血が繋がっているわけでもないので、ちっとも似ていない。
どちらかといえば彫りの深いアスマ、かなり薄い顔の私。
瞳の色も違うし、同じなのは黒髪くらい。

「この任務終わるまでは何も出来ないわ」
「分かってるけど話を聞いて欲しかったんだよ!」
「はあ…私疲れてるのに」

よく寝たからそこまで疲れているわけではないけど、話を聞くのは精神的に疲れそうだ。
折角イタチも帰って一人になれたと思ったのに、これだ。
アスマは紅さんへのグチからそのうちノロケに話が転換しているのにも気づかず話し続けた。
多分、誰かに聞いて欲しくてたまらなかったのだろう。
結局アスマは昼食まで食べて、これから班のやつらと修行だからと帰っていった。

居酒屋に誘ったのは私なので私にも悪いところもある。
だから話はきちんと聞くし、その誤解を解くために動こうとも思っている。
しかし、今は出来ない。

夕方になっても、イタチはこなかった。当たり前だ。
恐らく、イタチは父親にこってり絞られているに違いない。
無断外泊に遅刻…怒られる材料はいくらでもあるし、今日きっかけも与えてしまった。

「こりゃ当分自宅謹慎かな」

そうなっても全くおかしくはない。
もしそうなるのであれば、私は自分で家事をしなくては。
…面倒だ。



集会にはギリギリ間に合った。
しかし不機嫌そうにこちらを見ている父を見る限り、ただでは帰してくれそうにない。
今日のことに関しては、俺に原因がある。
寝坊など初歩的なミスだった。
集会は通常伝達だけで終わった。
終わった瞬間に逃げ出したかったが、隣の父がそれを許さない。

「イタチ、お前はまたあの人のところに行っていたのか」
「…はい」

父は名無しさんのことをあの人、と呼ぶ。
決して、先生と呼んだり名前で呼んだりすることはない。
父は名無しさんのことを認めてはいない。
名無しさんもそれに気づいている。

「いつまであの人の生徒でいるつもりだ。お前はもう上忍なんだぞ」
「生徒でいるつもりはありません」
「…では、何でいるつもりであの人の下に行く?」

恋人として、という言葉は喉の辺りで引っかかって出てこなかった。
何故出てこなかったのかは分からない、寧ろその感覚に俺自身が戸惑った。
本当に好きなのだから、言ってしまえばいいのに。
何か後ろめたいことでもあるのか、それとも何かに遠慮しているのか。
冷や汗をかきながら、俺は父を見た。

射抜くような黒い瞳が、俺を捉えていた。

「答えられないのか」
「…何故だかは分かりませんが」

所詮はその程度か、といわれているような気がして気分が悪い。
粟立つ背筋を伸ばして父の隣を歩く。
どうして、俺はここで口篭ってしまったのだろう。
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