1.春
肌を滑る風は柔らかく温かい。
そして、どこか懐かしい花の香りを乗せている。

「春」

単語にすると非常に分かりやすい、春である。
先日は酷い嵐で、ベランダの物干し竿が行方不明になるほどだったが、今日は穏やかに晴れ渡っている。
窓を開けてぼんやりと窓際に座り込むと、優しい春の香りに包まれた。

先月は上着を着ていないと寒くていられなかったのに、いつの間にか半袖で眠れるようになった。
今も、半袖でいて寒くない、寧ろ少々暑い。
日差しがあるのと、風が穏やかなのが原因だろう。

遠くに見える桜が色づいて来ている。
まもなく、桜も開花するだろうという予報だ。

「…なにやってるんです?」
「春を堪能してたのよ、イタチ。放っておいて」

ベランダの真向かいの楠木から、ひょっこりと顔を出したのは元生徒のイタチ。
まさか窓際にパジャマ姿の元教師がいるとは思わなかったのだろう、ちょっと驚いた顔をしていた。
私は少し彼と目を合わせていたけれど、面倒になってふいと逸らした。
なんだか少し気恥ずかしかったのもある。

イタチはあきれたようにため息をついて、私の目の前にたった。
おかげさまで遠くの桜の色が見えなくなってしまった。

「邪魔よ」
「知ってますけど、とりあえず着替えてください」
「誰も見やしないわ」
「俺は見ましたけど」
「別に貴方ならいいわ」
「そう言う問題じゃありません」

そこまで話して、ちょっとだけ開けてあった窓を開け放して、イタチは部屋の中に入った。
部屋に入ったいたちの動向を感覚で追う。
イタチそのまま冷蔵庫に直行して、中を漁っているようだ。
別にいつものことだからなんとも思わないが、人様の家だというのに我が物顔である。

「朝食何がいいですか」
「何でもいい」

そう言うのが一番困る、といいつつも何の迷いも無く卵を割って溶いている。
スクランブルエッグか出汁巻き卵かといったところだ。

全く彼は面倒見がいい。
ぐうたらな元教師の元に暇さえあれば通って、こうして食事のことを見てくれたりする。
なんていうか、どちらが教師なのか分かったものではない。

私はといえば、のそのそと窓際から移動して、少しの着替えを持ってシャワーを浴びに行く。
長い髪をたっぷりと濡らして、身体中を綺麗にしてさっぱりしたところで、朝食というのは至高だと思う。
シャワーを浴びてすぐ温かい朝食が出迎えてくれるなんて一人暮らしじゃありえない。
そういった面でも、私はイタチを追い出すことなんてできない。
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