9.こうしてわたしは
荒野を半分ほど歩くと、とおくから声が聞こえた。
その声の数を見るに、彼がいかに大切にされているかがわかった。

「あ、おとうさん!」
「イタチ…!」

近づけば、さがし回っている大人の顔が見えた。
そのうちの1人を見つけ出し、イタチは嬉しそうに叫ぶ。
そこでわたしの手を話してくれればいいのに、彼はわたしもいっしょにつれていこうとする。
無理なのに。

「っ!子供傭兵か!」
「!?」

イタチの隣にいたわたしを指差してクナイをなげつける大人。
とっさにイタチの手を振り払い、それをよけた。
てきどに距離をとって、逃げる体制に入る。
イタチは呆然としてその様子を見ていた。
そのとなりに、彼の父親がらしき大人がつく。

イタチは父親を見上げて、慌ててなにかをはなしているようだ。
しかし、それをまっていればわたしが殺される。

「まって!彼女はわるくない!」
「混乱してるんだ、早く家に帰ろう」
「違う!あの子は俺を守ってくれたんだ!」

そんなはなしが遠くから聞こえた。
わたしは投てきされるクナイやしゅりけんを避けて森のほうへ向かった。
わたしのやりたいことはこれでおわったのだから、深追いする必要もない。

すぐに森の中に入って、相手がおってこないことを確認して立ち止まった。
彼はこれで家に帰ることができるだろう。
わたしは、ここで次のやとい主が決まるまで暮らす。
見つからなければ飢え死にするだけだ。
生まれた場所が違うだけで、こんなにあつかいが違うのだからこの世の中には戦いがなくならない。



ずっとずっと、深い森の中にいた。
最後に話した彼といっしょにいたのは、いつのことだろう。
あの頃は暑かったが、今となっては雪も根深い。

わたしは今までにない実感を抱いた。
ここで死ぬかもしれないということ。

寒さはどんどん体温を奪い、雪は食料を奪う。
前の冬は3人で何とか越した、しかし、今年はわたし1人。
厳しい冬を越すには、何もかもが足りなかった。
今更になって湧き上がる死への恐怖、飢え、寂しさ。
気が狂いそうだ、いっそ狂ってしまったほうが楽だろう。

とにかく、何か食べたい。
この森を通る人を襲って食料を確保していたが、冬は殆ど人が通らない。
いっそ、森の外に出て、荒野を通る忍を襲うか。
忍はあたりはずれが大きい。
はずれをひけば、こちらが殺される。
しかし、このままここにいれば、確実に死ぬ。

「…そと、」

外に出よう、そして通る人を襲おう。
とにかく空腹で、すでに視界が悪いし足元もおぼつかない。
このままいけば、数日後には動けなくなるだろう。

雪に浅い足跡をつけながら、森の外に出た。
森の外も雪が多いが、その雪は月あかりに当たってきらきらと輝いている。
あたりを見渡したが、人の姿は無い。
森から出るのに時間がかかってしまったからだ。

夜が明けるまで、森と荒野の境目のあたりで待った。
明け方になれば人も通ることだろう。


バタバタと鳥が飛び立つ音で、目が覚めた。
どうやらうとうとと眠ってしまっていたらしい。
そっとあたりを見渡すと、人がいた。

大柄な男が1人で歩いている。
肩に鞄を引っ掛けて、タバコをすっているようだ。
その堂々とした風貌はどう考えても、よわい部類の人間ではないことは分かった。
しかし、もう限界が近い。
返り討ちにされて死ぬほうがよっぽど楽だ。

「…!」

男がわたしの前方数メートル先を通り過ぎようとしたときに、襲い掛かった。
持っていたのはクナイだけ、右肩の辺りにそのクナイを降り抜いた。
彼は一瞬遅れてわたしの存在に対応したが、動きは俊敏でクナイは彼の腕に当たることなく素振り。
しかし、狙いはそちらではなく、肩の鞄。
一瞬の隙を突いて、鞄の持ち手を掴み、引っ張る。
案外簡単に鞄はこちら側に来た。

しかし、問題はその後だった。
鞄を持って逃げるつもりだったのだが、思った以上に鞄が重かった。
がくん、と身体が傾いた隙に、男はわたしの背後に回り、首元にクナイを突きつけた。

「おお…なんだ、どっから出てきたんだ?気配に気づかなかったぞ…」
「っ、」
「俺を狙ったってよりは、鞄を狙ってたのか。そん中は水とか食べ物しか入ってねーけどな」

どうやら鞄が重かったのは水のせいだったようだ。
男は首元のクナイを動かさないで、そのまま会話を始めた。

わたしは地面についた鞄の持ち手をただ握り締めるだけ。
男はわたしの背後ですこし考えるように黙り込んだ。

「…お前、もしかして戦争孤児か?」

ふっと首もとのクナイが消え、その代わりに目の前に男がいた。
わたしの視線にあわせてしゃがみこみ、手を伸ばす。
今のうちに逃げてしまえばいいのに、なぜか動けなかった。
ただ、持ち手をぎゅっと握り締めて俯き、首を縦に振った。

戦争孤児、という言葉を受け入れるのはいやだった。
誰にも愛されず、見てもらえず、一人で死んでいくだけの存在であることを認めるようなものだ。
とにかくその言葉は、いやだった。

でも、もう認めなければいけない。
死を間際にして、張る意地はもうなかった。

「そっか。腹が減ってたんだな?」

男はもうクナイを構えてはいなかった。
そっと頭を撫でて、俯くわたしに鞄から出した食べ物を渡してくれた。
見たことのないものだったが、口に入れてみるととても甘かった。
甘くて、美味しかった。

「っ…ふっ、」
「あー…こんな痩せてな。お前1人か?」

とうの昔に枯れたと思っていた涙が溢れてきて、ふわふわした温かさに足が震えた。
立っていられなくなって、その場に座り込みそうになったところを、男がとっさに抱きかかえてくれた。

もうわたし一人しかいない、こくりと頷いた。
こんな甘くて美味しいものを今まで食べたことがなかった、死んだ子たちもきっと知らなかった。
わたしだけが、たすかった。

「そうか。まあ、なんだ。とりあえず保護してやるから、安心しな。ほれ、もう一枚食べるか?」

そのままわたしは左肩のほうに抱き上げられて、もう一枚先ほどの甘いものを手渡された。
それを手にとって、齧りつく。
男は火の国のほうに向かって歩いていた。
額当てに書かれている紋章は木の葉。

偶然にも、助けた彼と同じ里の忍だった。

「ん?あ、自己紹介がまだだったか…俺はアスマ。お前は…」
「名まえ、ない」
「ああ…そうか。まあ、俺が拾ったわけだしな…そのうち考えてやるよ」

じっと額当てを見ていたら、男が自己紹介をした。
アスマは里に向かって走り出した。

夜空に浮かんでいた月はあのときとおなじ、満月だった。
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