Lunar eclipse
決戦のその夜、月は相変わらず静かにそこに佇んでいた。
皮肉なことにも、今夜自分達が守るべきそのテリトリーは、昔に名無しと一緒によく夜空を見に来た場所だ。
足元は危ういが、四方八方に窓があって夜空がよく見える。

「綺麗ね」
「…ああ」
「もしかして、ここ、“月の彼女”と一緒に来たことある?」

その唐突な質問に、僕はとても驚いた。
しかし、彼女の言うとおりだったから、素直に頷いた。
どうして分かったのかを聞くと、女の勘よと適当の返事を頂いた。

「ねえ、前に最後って言ってたでしょ?気になるから教えて。結局彼女とどうなったのか」

トンクスは真剣そのものだった。
ここで話すのはいかがなものかとも思ったが、辺りはとても静かで、まだ時間はありそうだ。
丁度いいのかもしれない。

「いいよ。彼女の話をしようか」

最後の話だ。
僕と彼女の最後は、あっさりしたものだった。



僕らの別れは、唐突でもなんでもなかった。
僕は特に名も無い人狼で、彼女は純血の旧家の一人娘、御伽噺の中じゃなきゃ結ばれない2人だった。
自然消滅してしまうだろうことはお互い分かっていて付き合っていた。
でも、それでも僕は泣いた、情けないことに、僕だけ泣いた。

「っ、やっぱり名無しのこと、」
「うん。分かってる。けど、無理だよ。ごめんね。私グリフィンドールじゃないの、脈々と受け継がれてきた血をここで絶ってあなたのところに行く勇気もない。ごめん、期待させて」

名無しは嫌に冷静で、淡々とそういった。
やはり彼女はスリザリンで、血をおろそかにすることはできなかった。
特に名無しは両親を早くに亡くしていたし、残るさんは彼女のみ。
何とか血を残したいと思う心は分かっていたつもりだった。

でもそれでも、名無しと離れるのは辛くて卒業式に泣いて困らせた。
名無しはたくさん僕に謝っていて、僕はそんなことを言わせるつもりじゃなかったのにと、さらに泣いて、とにかくめちゃくちゃだった。

一通り僕が泣いて、落ち着いた頃に、彼女は月のモチーフのネックレスを僕に手渡した。

「私、月が大好きになったの。貴方が似合うって言ってくれたから。それまではね、私、月は愚か、夜も嫌いだった。真っ暗なのが嫌いだったの。静か過ぎるのも、月明かりの妖艶なのもだめだった。でもね、リーマスが似合うってそういってくれたから、好きになったの。嫌いなものも、好きになるときがくるよ。リーマスにだってね。…だからそれ、お守りだと思って持っていて」

名無しの告白は意外すぎるものだった。
てっきり僕は、名無しが元々夜や月が好きなものだと思っていたのに。
恋愛に関しても、名無しは淡白だったから、何度も僕の一方通行な思いなのではないかと心配になっていた。
でも、名無しは僕の小さな一言を本気に受け止めてくれて、嫌いが好きになるくらいに、僕の言葉を愛してくれていた。

しかし、僕はどうしても月を好きになれる気はしなかった。
自分の特性上、どうしても月は忌まわしい存在であり続ける。
僕が、人狼である限りは。

「でもやっぱり、僕はそれほど月を好きにはなれないよ」
「ううん、なれる。私が保証する、絶対なれる」
「…どうして?」

名無しの言葉は力強かった。
理由を聞いてもただ綺麗に笑うだけで、教えてはくれなかった。

彼女と卒業のときに話したのはこれだけだった。
今思えばもっといいたいことも、聞きたいこともあったと思うけれど、そのときの僕にはそれを口にすることはできなかった。



ちかちかと星の瞬きが眼の中で弾ける。
今は、つきもそう嫌いではない。
彼女の言うほど、好きになったというわけでもないが。

「それで、別れちゃったってわけ?」
「そう。それっきり」

それっきり、僕は彼女に会えなかった。
彼女は婚約者と結婚し、純血社会に溶け込んでいってしまったから。

僕の手元に残ったのは、このペンダントとあの写真、そして、彼女が最後に与えてくれた希望。

「僕がね、彼女をいつまでも忘れられないのは、今だって彼女が僕を支えてくれているからだ」
「どういうこと?」
「彼女が最後に言った、“月を好きになれる”って言葉。それが僕の希望になってる」
「だから、どういうことなの?」

名無しとの最期は、手紙だった。
さまざまなところを経由して送られたその手紙には、名無しの素直な気持ちと現状が簡単に書かれていた。
たった便箋1枚の手紙だったが、それに全てが篭っていた。

本当は、純血同士の結婚なんてしたくなかったこと。
いつまでも、学生のままで、あのときのままでいたかった。
卒業の時点で、あと数年の命だったこと。
子どもを身篭って、死産したこと。
それが原因で寿命が縮んで、きっと僕がこの手紙を読んでいるときには生きていないだろうこと。

「今まで、私は何のために生きているのか分からなくなるときがありました。私は血を繋ぐためだけの細い糸にしか過ぎないのではないか、と。それすらもできずに、私は死に逝くのですから全く何のための命だったのやら。…だけど、唯一の希望は貴方のためにと作り上げた脱狼薬にあります。きっとそれはたくさんの人に月を好きになってもらえるきっかけになるのではないかなと思います。あなたも、そう。月は、好きになれましたか?」
「…その人、亡くなって…」
「うん。もう結構前にね。でも、ずっと僕らを救い続けているよ。彼女は脱狼薬を開発した一人者だ。彼女の家の遺産の全てを、脱狼薬の開発と人狼の保護のための団体に寄付して亡くなった。僕らの世界ではかなり有名な人さ」

彼女は僕の恋人で、恩人で、人狼にとっての神様になった。
僕が満月をそう恐れなくなったのも彼女のお陰。

首元に光る淡い銀の月は、鈍い輝きを灯し続けている。



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