Dark moon
その日はなぜかシリウスが予定もなく上がりこんできた。
昔から遠慮も何も無い性格であることはよく分かっているので、仕方が無く家に上げる。

家に上がった彼はソファーに座ったかと思えば、リビングをうろうろ。
落ち着きがないのも昔からで、大人になったのは見た目だけだとよく分かる。
挙句に、無遠慮にも本棚を漁り始める。
僕は呆れ気味にそれを見ていたが、いい加減にしてもらおうと声をかける。

「ちょっとは落ち着いて…」
「ん?これアルバムか?懐かしいな」

シリウスは僕の言葉を遮って楽しそうにそんなことをほざいた。
少しいらっとしたが、僕は彼と違って中身まで少しは大人になっているから、それを包み隠してもう一度咎める。

「いい加減座って。あと、勝手に人の家の本棚を漁るな」
「おお、怖い怖い。んでこれ、俺見たことないアルバムだな」
「何でシリウスがそんなことを知ってるんだ…」

包み隠せなかったが、シリウスは漸くソファーに深く座った。
僕はソファーの傍のテーブルに紅茶とクッキーを置いてから、シリウスの手にあるものを見て、驚いた。

「ちょっと…!それどこから出した!」
「ん?だからその本棚からだよ。何でそんな焦ってるんだ…?」

手の中にあるのは文庫本サイズの小さなアルバム。
それは僕にとって秘密のアルバムで、誰にも見られたくないから文庫本のカバーを表紙に張ってあるから中を開かなければ、アルバムと分からない。
シリウスはそれをぱらぱらと捲っていた。

「あれ、シリウス…貴方また勝手に…」
「お、トンクス。まあいいじゃんか」
「何それ、アルバム?はじめてみたわ」
「シリウス…!」

しかも最悪なことに、騒ぎを聞きつけたトンクスが2階から降りてきた。
シリウスを見ると困ったような迷惑そうな呆れたような、それらの全てが詰め込まれたような顔でシリウスを見た。
シリウスはそれに気にすることなく、屈託無く笑って手招きする、見上げた根性だ。

トンクスはシリウスの手の中にあるアルバムに興味を示したのか、無邪気にシリウスの後ろからそれを覗き込む。
そのアルバムに入っている写真の殆どは、グリフィンドールとはあまり関係の無い人たちと撮った写真だった。

「勝手に見ない、トンクスには後で見せてあげるから」
「俺は?」
「見せない。というか、君は何をしにきたんだ…。家を漁るだけなら帰れ」

結局シリウスは、僕らの迷惑そうな視線をものともせず夕飯を食べてから帰った。
相変わらず図々しい上に自由奔放で、でもどこか憎めない性格に、ため息をついた。
それにはトンクスも同じ意見のようで、食器を片付けると彼女もソファーに座って小さくため息をついた。

「全く、シリウスったら私より子どもよ。そう思わない?」
「あいつはいつまでたっても子供だからね。ハリーよりも子どもなんじゃないかと思うよ」

14歳のハリーのほうが、30代のシリウスよりも大人っぽく見えるというのはいかがなものか。
それにしたってシリウスの行動は犬よりも犬らしく、子どもよりも子どもらしい。
ただそういう無垢で純粋なところがきっと人々を引寄せるのだろうと思う。

トンクスが紅茶を入れてきて、柔らかな香りが辺りに漂い始めた頃、彼女は上機嫌にこう言い出した。

「で?あのアルバム。何があるの?」
「…覚えてたの?」
「もちろん。あれ、何か大切なものなんでしょ?リーマスの狼狽のしかたがものすごかったもの」

あれはグリフィンドール生以外の人と一緒に撮った写真を収めているアルバムだ。
主にシリウスやジェームズに見られると嫌な顔をされる人の写真が多くある。

そして、その中には1枚だけ見られたくない写真がある。
スネイプの写真でもシリウスの弟の写真でもない、…彼女との写真があるのだ。
彼女との写真はそれが最初で最後のもので、僕にとっては忘れられない一枚だった。
今、それを見れば彼女のことを鮮明に思い出してしまうだろう。

「うー…ん、そうだな。それの一番最後のページを開いてごらん。…ああ、アルバムの最後じゃないよ、最後の写真だ」

そのアルバムは、最後まで埋まることは無かった。
結局僕はグリフィンドールの人間で、他寮の人とはそう仲良くなかったから。
…まあ他の3人に比べたら多いほうだったと思うけれど。

僕は別にスネイプを毛嫌いしていたわけではない、彼の熱意や努力は尊敬に値すると思っていた。
シリウスの弟、レギュラスだって僕は嫌いじゃなかった、彼も真っ直ぐな人だった。
今は道を違っているものの、その心底はそう悪い人じゃないと思ってしまうくらいだ。

「…リーマス、この人って」
「そう、その人が例の“月の彼女”だよ。写真はその一枚きりなんだ」
「へぇ…凄く綺麗な人…」

考えに耽っていると、トンクスが僕の服を引っ張った。
僕は極力アルバムを見ないようにして、彼女の疑問に答える。

アルバムの最後のページを飾るのは、名無しの写真だ。
名無しは写真が嫌いで、撮ろうというと逃げ回るような人だった。
写真を撮るのには、とても苦労をした。



夜に、偶然彼女に出会った。
名無しが夜の散策に出ているのは知っていたが、まさか会うとは思わなかったのだ。

僕は窓の外から彼女が塔の上にいるのを見て、窓を開けて箒を呼び寄せて塔の上まで飛んだ。

「名無し…!」
「あれ、リーマス。偶然ね…」

名無しはカメラを片手に夜空を取っていた。
魔法界のカメラのいいところは、星や月まできちんと写真に収めることができるというところにある。
元々名無しが風景写真に凝っていることは知っている。
ただの雪の写真や森の写真がそよそよと揺れるその様子を、楽しそうに眺めているのをよく見かけた。

今日も写真を撮っていたらしい、今日は流星群が見えるから。

「流れ星、撮れた?」
「ううん。でももうやめるわ、気が変わったの」

名無しはカメラを手から離して、リーマスに向き直った。
今日は月が大きくて僕は眼を細めた、あまり見たくない。
それのせいで、星もあまり見えない。

流れ星を撮るにはあまり適さない日だったのだろう。

「今日は月が明るいから見難いしね」
「ううん、違う」
「違うの?」

名無しはあっさりと首を横に振った。

「だって、1度写真に収めてしまったら、もったいないでしょ」

ちょっと意味が分からなかったが、なんとなくは掴めた。
彼女のソプラノの声が、秋の夜空に響いて消える。

「名無しは、夜がよく似合うね。…月かな?ランと月ってとってもいい組み合わせだと思う。綺麗だ」
「…そんなこといって、恥ずかしくない?」
「いわないで、恥ずかしい」

ふっと思いついたことを口にしてしまった。
常々思っていたことだから、すらすらと言葉になった。
名無しには月と夜の帳がよく合う、その黒髪は闇に融けるようだし、金色の瞳は月よりも強かな光を帯びる。
圧倒的な夜を背にしてこそ、彼女の夜が際立つように思えた。
…でも、それを口にするつもりは無かったのに。

彼女は会話の中でちょっと笑ったかと思うと、屋根の上に寝転がって夜空を眺め始めた。
僕もそれに倣って傾斜の付いた屋根に寝転がる、月があるため見えづらいが、それでも大きな星は見えた。
時々、ちらりと流れ星が視界の端を走る。

「今、見えた?大きかったね」
「うん…綺麗。私、やっぱり夜が好き」

名無しはそういって笑った。
その笑みは今まで見たどの笑顔よりも静かで柔らかくて温かくて…そして無垢だった。
でもどこか儚くて不安になった。

「ねえ、名無し。今度一緒に写真撮ろうよ」
「え、嫌よ。私、写るの嫌い」
「なんで?」
「なんでも」

名無しは月明かりのような人だ。
その光は冷たいような温かいような不思議な温度で、しかしそれを見ると安心する。
太陽のように自己主張は少なく、日によって時によって移り変わる曖昧な存在。
気がつくといなくなってしまいそうだから、1枚でも彼女を写した写真が欲しかった。

だが名無しはあっさりとそれを断る。
理由はうまくはぐらかされてしまった。

「僕、名無しと写真撮りたい」
「私は撮りたくない」
「なんか条件つけてもいいよ」
「いや、それ私に利点ないし」

つれない名無しを何とかして写真に収めたい。
冷静な名無しに四苦八苦しながらも、なんとか条件をつけてそれをクリアしたら写真を撮ってくれることになった。
嬉々としてその条件を名無しに聞いた。

「そうだな、条件は期末試験で魔法薬学のテストで“優”を取れたら写ってあげる」
「…“優”?いや…あの、せめて“良”に・・・」
「条件つけるのはこっちよ」

かなり無茶な条件だった。
普段の僕の薬学の成績はギリギリ“可”で、“良”ならまだしも“優”なんて夢のまた夢。

しかし、名無しは本気だ。
意地悪そうに笑って、こちらを楽しそうに見ている。
これは、見返すしかない。

「分かった。やってみるよ。約束は守るよね?」
「もちろん」

名無しも無理だと思っているのだろう、にんまりとチェシャネコのような笑みを浮かべてこちらを見ていたが、そのうちそれにも飽きたのか、また夜空を眺め始めた。


それからの行動は迅速だった。

「ジェームズ、シリウス、魔法薬学で“優”を取りたいんだ」
「…おい、ジェームズ体温計どこだ?」
「え?ああ…それなら僕のサイドテーブルの引き出しの2番目に…」
「2人とも、怒るよ?」

2人はまさか僕がそんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。
それもそうだ、僕だってジェームズやシリウスがスネイプと仲良くする方法を一緒に考えてくれといわれれば、同じような返答をするだろう。
それくらい、僕の発言は珍しいものなのだから。

僕は魔法薬学が大嫌いで、毎回魔法薬学の部分だけは見るに耐えない。
それほどなのに、“優”だなんて、取れるわけがない。

しかし、テストまでは幸いなことに1ヶ月以上ある。
それだけの時間があれば、何とか詰め込むことができるだろう。
事情は伏せておいたが、それでも2人は協力してくれた。

その結果、教授も驚くほどの高得点をとることに成功した。
…その分かりに他の教科が悉く悪かったが。
兎も角、その成績表を持って名無しの元へ向かった。
その日は図書室に彼女の姿があった。

「…すごい、頑張ったんだ」
「まぁね。約束だ、僕と写真取ってくれるよね?」
「うん、約束だからね…」

名無しは少し嫌そうな顔をしたが、約束は守るようだ。
きちんと笑ってくれるのか心配になったが、場所を移動しようと提案して図書室から連れ出した。

どこで取るのかはあらかじめ決めていた。
空のよく見える場所で、それを背景にして撮ろうと考えていた。
さまざまな場所で迷っていたが、結局約束をしたあの塔の屋根で撮ることにした。
カメラは遠距離撮影用のシャッターがついているものを選び(シリウスに借りた)、魔法で浮かせる練習もした。

「うん、これでよしと…名無し、ちゃんと笑ってね?」
「うー…ん、多分」

名無しは戸惑ったようにそういった。
僕はこうなったときのこともちゃんと考えてある。

「ラン、ほらあっち」
「何?」
「なんでもないよ、あとシャッター切ったから」
「えっ!なんで?」

ちなみにシャッターは押してない。
名無しは慌てているような不思議そうな様子だ、何がなんだか分かってない。
そこに畳み掛けるように、言葉をつむぐ。

「名無しの笑顔を撮るのは難しそうだったから、自然な姿を撮ってみようと思って」
「何それ…」
「でも、名無しらしいし僕らしくない?自然体が一番って奴」
「うーん…確かにそうかもね。私も不安だったもの、笑顔って笑えっていってできるものじゃないと思うし」

そういって名無しがシニカルに笑ったのを確認して、シャッターを切った。
カシャッ、という軽い音にランはきょとんとして、カメラを見た。
そして、リーマスを見る。

「ちょっと…?騙したわね?」
「うん。名無しったらあっさり信じるから…っふふ」
「もうっ!」

恥ずかしそうに顔を赤くするランはかなり珍しい。
と言うよりも、名無しを出し抜くことができたこと自体珍しい。
いつもは出し抜かれてばかりだから、たまには僕から悪戯っぽく出し抜いても構わないだろう。
これくらいできないと悪戯仕掛け人の名が泣く。

「はぁ…もう。写真、できたら私にもちょうだい」
「もちろん」

出来上がった写真には、綺麗に笑う名無しの姿とそれを見る僕の姿がちゃんと写っていた。
ちなみにその後怒って顔を赤くした名無しも写っていて、お得な気分になった。
名無しはそれを見て眉根を顰めたが、持参していた綺麗な写真立てに入れていたから、なかなか気に入ったのだと思う。



話を聞き終えたトンクスは、またまじまじと写真を見ていた。

「確かに、とても自然体って感じ。うまくやったのね」
「うん。それに関しては本当に頑張った。名無しもずっとそれを持っていてね」

それは聞いた話だから、確かかは分からない。
卒業してから、一度も彼女に会うことはないからだ。
彼女は結局、親族の言うとおりに純血の家の子息と結婚した。

「そうなんだ」
「…話は次で最後になるよ。多分ね」
「そうなの?まだたくさん思い出話あるんじゃない?」

トンクスの言うとおり、確かにまだいろいろ話はある。
でも、それはトンクスの前で話せるものではない。
一応彼女と僕はその後恋人関係になったのだけど、その話をするわけにもいかないだろう。

「まあ、ね。でもストーリーとしては、次で最後だ」
「そうなの…ま、また今度のお楽しみに残しておくわ」

トンクスがそういってお茶目に笑うのをみて、写真の中の彼女はどんな風に笑っていたっけと、ちょっと見たくなった。
だけど、結局見る勇気はなかった。
見てしまえば、彼女との思い出がどっと溢れ出てしまいそうで怖かった。

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