New moon
満月の夜が近づくと億劫だった。
両親が必死に頼み込んで入学したホグワーツでも、変わらず満月の夜はやってくる。
普段はとても楽しいのに、その夜だけは憎かった。

1年目はごまかすのも大変だった、言い訳を考えるのに苦労した。
友人を騙すことへの罪悪感は拭い去れなかったし、嘘をつくことは口から無数の針を吐き出すような痛みを伴った。

でも2年目にもなると、僕はそれに慣れてしまった。
友人に嘘をついて毎月満月の夜に部屋を抜け出して、暴れ柳から繋がる屋敷にいって1人変身した。
声が枯れてしまうほどに吼えていたのは、罪悪感からだったのかもしれない。


その2年生の寒い冬、彼女は現れた。
変身している僕の目の前に、その年齢にしては高身長な女の子が立っていた。

僕は理性が止める前に、本能で彼女に襲い掛かっていた。
そのときは何も考えられなかった、ただ彼女の身体を引き裂き、その血で枯れ果てた喉を潤すことだけのために身体が動いた。

「スピューティファイ」

彼女の動きは迅速且つ正確だった。
一瞬で麻痺呪文を唱え、襲い掛かる僕に怯むことなく静かにそう唱えた。
僕の記憶は一端そこで途切れた。

次に眼を覚ますと、僕の傍らに黒いローブが見えた。
ぼんやりと昨日のことを思い出して、慌てて飛び起きた。

「君、怪我は!?僕、ぼく…なんてことを!」
「怪我は無いけど…むしろ貴方のほうが酷い怪我なんじゃない?それに私、結構容赦なく麻痺呪文かけちゃったから。ごめんね、加減の仕方知らないの」


僕の傍に座っていたのは、僕よりも背の高そうな女の子だった。
彼女の長い黒髪と金色の瞳は、昨晩の記憶の最後に人の姿でみたあの夜空と満月を思い出させた。
でも嫌いになれなかったのは、その子の纏う空気がとても柔らかくて温かい感じがしたからだと思う。

「君、毎月大変そうね。邪魔しちゃってごめんなさい」
「い、いや…でも、このこと、」
「大丈夫、誰にも言わない」
「なら、いいんだ」

他人事にそういって、彼女は立ち上がった。
スカートとローブに付いた埃を叩いて払って、ドアに向かう。
朝日に照らされた彼女の瞳は、太陽のように輝いていた。

彼女の“誰にも言わない”はとても信用できる言葉のように思えたから、あっさりとそのまま彼女を帰してしまった。
そのあとちょっとして、彼女の名前も聞いていないことに気づいたが、後の祭りだった。


彼女の名前は後々に知ることができた。
その子はそれなりに頭もよく、朝日の中で見たときよりも日中に見ると美人で、評判の高い人だったからだ。
彼女の名前は、名無し・さん、スリザリンの2年生、純血旧家の一人娘だった。
性格は冷淡で物静か、一人を好むちょっと変わった人だとのこと。

「さんなぁ…俺もパーティーでちょっと顔あわせたことあるくらいだな。小さな家で金があるわけでも権力があるわけでもねーよ。でも、なんつーかな…結構いろんな人に好まれてんだよなー。うちの親父も結構好きな部類らしいし?」
「リーマス、シリウスは犬よりも馬鹿でボキャブラリがないからあてにならないと思うよ」
「うっせーよ!ちょっと待ってろ!…そう、あれだ、信念を貫くタイプってやつ!」
「うわぁ…漠然としすぎてて何も分からないよ。馬鹿だね、シリウスは」

純血の家のことは友人のシリウスに聞くのが一番だと思って、嫌がられるのを承知で聞いてみた。
すると意外にも彼はあっさりとその口を開いた。
そのさんの家に対する嫌悪感は特にないようだった。

ジェームズは馬鹿にしたようにシリウスにいったが、彼の信念を貫くタイプと言うのはなんとなく分かった。
あの早朝に見た彼女は、また呪文かけられる直前に本能の中で見た彼女は、こちらが恐れをなしてしまうほどに真っ直ぐな瞳をしていた。
その瞳には何一つ恐れや怯えは無く、ただただ狼となっていた僕を射抜くようにみていた。
早朝に見た彼女の瞳には、僕が狼だと知ったときに大人が浮かべる憐憫の情は無く、ただ朝日を反射しながらどこか好奇心を覗かせるようなものだった。

その金色の瞳は太陽によく似た、しかし熱さを伴わない、いうなれば僕の大嫌いな満月だった。




「ってわけ」
「え?いや、まだそのネックレスの話までたどり着いてないじゃない」

ぱったりと話をそこでやめてしまった。
なんだか疲れてしまったのだ、時計を見ればもう1時間ほどたってしまって日付も変わってしまった。
彼女の濡れていた髪は既に乾ききっている。

「もう遅いし、この話しの続きはまた今度」
「ええー…本当にさわりだけじゃないの。気になるのに」

不機嫌そうな彼女を抱き寄せてそのまま寝転がると、もう文句は無くなった。
静かな夜の帳に、月は無い。







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