冬の寒い日。
夜の帳が下りて、ビロードのような夜空には星がラインストーンのごとく散らばっていた。
星がこんなに騒がしいのは、月がないからだと、夜空を見上げて思った。
忌々しいあの月がないから、星がよく瞬いていた。
「リーマス、窓閉めましょうよ。寒いわ」
「ああ…悪いね」
シャワーを浴びてきたのだろうトンクスが、まだ湿った髪を乾かしながら眉根を顰めた。
出窓をそっと閉める、窓に蝋燭の光が反射して星とはまた違った温かい光が目を貫いた。
懐かしいな、と思うには充分な雰囲気だった。
「星を見てたの?珍しい。あまり夜空は好きじゃないと思ってた」
「そうでもないさ。満月は嫌いだけど、他の月はそこまで嫌いじゃない」
「そうなの?」
満月は忌々しい存在だ、それは今も昔も変わらず僕の根底にある嫌悪感である。
しかし、嫌いになれない。
それは学生時代のとある人が、夜月の似合う人だったから。
宵闇を背負い、三日月を眺めていたその人が、好きだったから。
夜だからこそ、月があったからこそ、その人は一層輝いて見えた。
窓を閉めた後も、外を眺めていた。
冬の寒い日は星がよく見える、その人とも寒い中、塔の天辺で星を見ていた。
「…そういえば、あなたのそのネックレスも月のモチーフよね」
「ん…?ああ、そうだね。…想像の通り、もらい物だよ」
自分の首にかかっている三日月のモチーフのネックレス。
月が好きになれない僕が買うわけの無いものだ。
トンクスの言ったことに含まれているだろう、“誰から貰ったの”を端的に受け取って返した。
貰ったことは認めるが、誰とは言いたくなかった。
これはその人と僕の懐かしい思い出、ずっと心の奥底に燻るものだ。
三日月のチーフには1人の妖精が腰掛けている。
長い髪が風に揺れるように靡いていて、その顔はどこか遠くを見ていた。
その姿は、記憶に残るその人にそっくりだった。
――― 出窓に腰掛けて、夜の帳に浮かぶ月を眺める彼女によく似ていた。
「その人、女の人?」
「それを聞いてどうする?」
「さあ?ただの好奇心。だって私、リーマスの昔のこと何にも知らないもの」
トンクスはベッドに座り、言ったとおりの好奇心に瞳を輝かせていた。
女の人、と言うわりには嫉妬と言うよりは好奇心が勝っている。
そういう真っ直ぐで純粋なところが僕は好きだ。
彼女と僕は年齢が離れているから、お互いにお互いの学生時代は知らない。
トンクスはその当時の僕らのすべてを知らない。
もしこれがシリウスだったら、彼は激怒するだろうが、彼女なら大丈夫かもしれない。
ずっと自分の心に沈めていたその思い出を、掬い上げてみるのも悪くは無いかもしれない。
「そういうなら、いいよ。でもあまり楽しい話でも心がすっとする話でもない。悲しすぎるわけでもない。ただの昔話さ。それでもいい?」
「もちろん!」
僕と彼女の話は、ちっとも面白くない。
結構ありきたりな話で、俗世的で、ちょっとだけロマンチックで、不思議なだけ。
その顛末も対したものではない、今となっては昔の話。
それでもトンクスはその話に期待を寄せて、瞳を細めている。
彼女とは全く違ったその反応に苦笑を浮かべながら、話を始めた。
これはむかしむかし、僕がまだ臆病な狼少年だった頃。
とある少女がひとり、僕の正体を見破ってしまったことから始まる。