乙女チック
次の日、変わらず私は図書室で勉強をしていた。
いつもと違うのは、隣の席が空いていることくらい。

魔法学校の卒業まで、大学受験まで、あと2年。
あと2年だけここで我慢すればいい、そうすればまた親の言いなりで他律的である意味では楽な生活が待ってる。
それが、幸せかどうかは火を見るより明らかかもしれないが。

「あ、名無し。ねえ、このレポートの参考文献って何使った?」
「ん?…ああ、これには“魔法薬学の変遷”と“薬物手法”を…」
「そっか!ありがと!」

同級生に突然声をかけられた、見たことがある顔ではあるが、名前までは知らない。
5年も同級生で同じ寮なのに名前も分からないとは、友人が少ないわけだと1人苦笑をした。
レポートの参考文献を教えると、彼女は足早にいなくなってしまった。


彼女がいなくなったのを確認して、問題集に眼を落とした。
この問題集は日本語で書かれている、国語の問題集だ。
日本語を懐かしいと思ってしまう辺り、イギリスに大分毒されているのだなと感じた。

最初にイギリスに来たときはたどたどしかった英語も、今では現地人と同じくらいには話せる。
イントネーションもきちんとしていて、うまいねとは言われないものの、注意されることも笑われることもない。
魔法を使えばどんな言語もあっという間に話せるようになるが、それに頼るのはあまり好ましくなかった。
折角なのだから、勉強したいと思った11歳の私に脱帽だ。
今はそこまで勉強に熱心ではない。

11歳の私は、学ぶことの楽しさに胸を膨らませていた。
それが魔法でも、英語でも、国語でも、数学でも、なんでも知識を得ることに快感を覚えていた。
姉よりも、誰よりも賢くなりたかった。
そうすれば、きっと両親も私を見てくれる、認めてくれる、そんな気持ちからだった。

問題集をめくる指に、力が篭る。
幼い私は、誰かに認めてもらおうと精一杯だった、一生懸命だった。
そして、認めてもらえないと分かって、次は捨てられないようにと必死に勉強した。
勉強と言うツール以外のものは何も持ち合わせていなかったから、とにかく勉強ばかりしていた。

だから、友達もいない。
“変わり者”と呼ばれ、誰も近づかなくなった。自業自得だ。
3年になって、レギュラスと出会うまでは。

彼だけはなぜか私の傍に来たがった。
何をするわけでもない、ただ隣で一緒に勉強するだけ。
時々分からないところを申し訳なさそうに聞いてくるだけ。
1年生の勉強なんて朝飯前だったからいくらだって教えてあげた、暇だったし。
教えてあげると本当に嬉しそうに笑うものだから、驚いた。
大人びた子だと思っていたのに、笑顔だけは子どもっぽくて無邪気だった。

無意識のうちに彼を気に入っていたと思う、隣に居ても気にならなかった。
時々話しかけてくるようになっても、おしゃべりをするのが苦痛じゃなかった。
レギュラスのしてくれる話は、聞いたことの無いことばかりだった。
魔法界の生活や習慣、儀礼などたくさんのことを教えてくれた。
彼は決してマグルの生活のことは聞いてこなかったけれど、その代わりに日本のことをよく聞いてくれた。

彼は大切な友人であって、そして多分、好きだった。

「ねぇ、名無し、ちょっと…」
「えっと、何?」
「なんかスリザリン生の人が呼んでる…大丈夫?」
「…多分、大丈夫。ありがと」

スリザリン生と聞いて嫌な予感はしていたが、呼ばれたからには行かなければ。
ランは先ほどの彼女が指差した方向、図書室の奥のほうへと向かった。

そこには数名のスリザリンの女子生徒が群をなして待っていた。
少女マンガのような展開に、眉根を顰める。

「ようやくレギュラスに振られたのね!ご愁傷さま!」

開口一番に、彼女はそういってのけた。
唖然として、何も言えずにいると彼女達は口々に罵るような、馬鹿にするような言葉を吐きだした。
ブスが図々しいだとか、穢れた血が汚らしいとか、遊ばれていただけだとか。
彼女達の綺麗な唇から零れる汚い言葉に、無表情で対応した。

彼女達は、レギュラスのことが好きらしい。
今までは私の隣にレギュラスがいたため、なかなか声をかけられずにいたのだろう。
しかし今日はレギュラスはいない。

「聞いてるの?このブス!」

長い爪のついた手で思いっきり引っぱたかれた。
流石に引っぱたかれる経験は早々無かったため、驚いた。
眼を見開いて彼女を見ると、別の女に引っぱたかれる。

「ちょ、痛いってば」
「煩いわよ!」

吃驚しすぎて、フランクな口調になってしまった。
現実が受け入れられない、どうして私は彼女達に引っぱたかれなきゃいけないのか。

でも、足は動かなかった。
逃げようとは思わなかった、これは罰だ。
彼女達の大切なレギュラスを傷つけた罰、そう思えばこの痛みも対したことは…

「がっ!?」
「こっちにきなさいよ!」

大したことは無いといいたかったが、流石に鳩尾に蹴りが入ったときは相当に痛かった。
くもぐった声と冷や汗が同時に噴出す。
あの細い足で、この威力なのかと見当違いなことを考えて現実逃避するくらいには痛かった。

髪を引っ張られて、図書室の奥から連れ出され、手前のほうまで来ると腕をつかまれた。
彼女達のスリザリンらしいところは、ばれないように集団でではなく何人かに分けて図書室を出たところだろう、さすが狡猾だ。
連れて来られたのは人気の少ない場所にある空き教室、お約束である。

「あんた、穢れた血の癖になんでレギュラスの傍にいるわけ?」
「あなたと一緒の部屋にいるってだけで嫌なのよ」
「消えて」

口々に言われるいわれのない暴言やら、誹謗やら、中傷やら。
でもそれらがすべて、現実には思えなかった。
変に落ち着いていて、おかしな気分だった。
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