クリスマス・ブルー
5年生の一大イベントといえば、クリスマスパーティーである。
日本生まれ、日本育ちの(最近はイギリス育ち年月を更新中だが)名無しには全く馴染みのないレベルの華やかなパーティーである。
イギリス人も大抵は家族で過ごすらしいクリスマスだが、5年生以上だけは特別である。

ホグワーツでは5年生以上の生徒は学校主催のクリスマスパーティーに参加することができる。
そのため、クリスマス前の5年生は浮き足立っているのだ。

「クリスマスパーティーはどうするんですか?家には帰らないんでしょう?」

否、浮き足立っているのは5年生だけではないらしい。
3年生であるレギュラスは嬉々として名無しにそう問いかけた。

名無しはこの5年間、ずっとクリスマスはホグワーツにいる。
帰るには遠すぎる上に、休暇も短いという名目上だが、本当は帰ってくるなといわれているのだから帰れないだけだ。
クリスマスシーズンのホグワーツに残る5年生以下の寂しさは尋常じゃない。
例えるならば、自分以外の家族だけでクリスマスを楽しんでいる声を1人自室から聞いているようなもの。

といっても、5年生になったからといってそれが改善されるかは微妙なところだ。

「大体、クリスチャンじゃないし、興味ないかな」
「15歳にもなってクリスマスに1人ぼっちですか?寂しいでしょう」
「余計なお世話よ」

からかうように言うならまだしも、本気で哀れむような口調で言わないでほしいものだ。
パーティーに必須なダンスなんて踊れないし、マナーだって良く分かっていない状況でパーティーに出て辱めを受けるくらいならば出ないほうがいい。
どちらにしたって、そんな大きなパーティーに出ることはここを卒業したら無いのだから。

「すみません。でも、日本ではこんな大きなパーティーは無いんでしょう?せっかくなんだし、出たらどうです?」
「レギュラス、それは嫌味か何か?貴方と違って私はパートナーが掃いて捨てるほどいるわけじゃないのよ」

名無しの隣に座るレギュラスは、誰が見ても見目麗しく、ショートカットの黒髪は軽くさらさらで、薄い灰色の瞳は薄雲のかかった空を思い浮かべさせた。
難しく言えば、眉目秀麗、簡単に言えばイケメンだ。

きっと彼が5年生になれば、たくさんの女の子に囲まれることだろう。
それこそ、日常生活に支障をきたすほどであろうことは目に見えている、決して考えすぎなどではない。
ただでさえ、レギュラスが好きだという女の子は、そこら中にごろごろしている。
廊下を歩けば、「きゃ、眼が合った」などと、そう確率的には低くないことで舞い上がる女子が、大広間に着けば、「あ、レギュラス君よ」といって頬を赤来る女子が、図書室に来れば、「本を読むなんてやっぱり秀才ね」といってうっとりと彼を眺める女子がいるのだから。

「そんなの、本当にパートナーにしたい人が来ないなら意味は無いですよ」
「へぇ。そんなものなの?」
「逆に聞きますけど、名無しさんは好きでもない大勢の男性にパートナーになってくれと付きまとわれたらどう思います?…つまりはそういうことです」

つまりはどういうことなのか、なんとなくは分かった。
しかし、現実にそんなことが起こるわけも無いので、漠然としか分からなかったが。

そこでクリスマスの話は終わりになると思っていた。
しかし、レギュラスはしつこくクリスマスの話題を名無しに差し出す。

「それで、本気で出ないつもりですか?」
「やけに食いつくわね。だって私、ダンスも踊れなければ、立食のマナーも知らない。その上、誘ってくれる男性も居ない。…つまりは、そういうことよ」

特に意味は無いが、嫌味返しのつもりでレギュラスの一言を取った。
レギュラスは一瞬むっとしたように名無しを見て、その後すぐに呆れたようにため息をついた。
その仕草でさえも、子どもじみているような大人っぽいような曖昧な様子で、大人とも子どもとも言えない年頃の彼には良く似合っていた。

名無しはそれだけ言うと、手にしていた本に眼を落とした。
もうこの話はおしまい、そう言う意志をこめて。
しかし、レギュラスはまだ終わらせる気はないようだった。
しつこくも、彼の口はクリスマスのことばかりを溢す。

「つまりは、ダンスが踊れるようになって、立食のマナーを覚えて、その上で誘ってくれる男性がいれば、出るって事ですよね?」
「…どうだか。まずそんな人は私の周囲にいないし」

レギュラスは意地悪そうに、名無しの言葉をすべて汲み取ってそう言う。
名無しは本から眼を上げずに、その言葉に曖昧な返事をした。
なんとなく、その後の展開が読めたが、対処方法が思い浮かばなかった。

今、レギュラスがどんな顔をしているのか、名無しには簡単に想像できた。
スリザリンらしい、狡猾で意地悪な笑みを浮かべているに違いない。

「いるじゃないですか、ここに」
「レギュラス、貴方3年でしょ」

自信満々で吐き出された言葉にすかさず突っ込みを入れた。
本から眼は上げない、あげたらすぐに彼の雰囲気に飲まれてしまいそうだから。
じんわりと汗をかき始めた手が気持ち悪い。

レギュラスは名無しの言葉に、間を空けることなく答えた。

「パートナーが5年生であれば、特例で下級生もクリスマスパーティーには出られます」
「あ、そう…、でもレギュラスは家のパーティーがあるでしょ」
「出なくても大丈夫です」
「フィアンセが待ってるんじゃない?」
「フィアンセも学校のクリスマスパーティーに出席すると聞いてます。…無論、僕以外の男とね」

家の話を持ち出しても、フィアンセの話を持ち出しても、レギュラスは引こうとはしなかった。
名無しは頬を引きつらせつつも、なんとか逃げようと模索したが、それも逃げ切れない。
袋小路のネズミになってしまったかのようだ、精神上での話だが。

それにしてもフィアンセがいるにもかかわらず、両方とも別の人とクリスマスパーティーに出るだなんて気まずくないのかと名無しは考えたが、彼らにとって結婚とはそう重要なことではないのだろう。
自分の意志ではなく、親の決定に従っているに過ぎないのだ。
そう考えると、彼も窮屈な場所で生活しているのだなぁとどうでもいいことが脳裏によぎった。

「ダンスも教えますし、マナーも教えます。ですから、僕と一緒にパーティーに出てください」
「や、そもそもドレス持ってないから無理」

しかし、それとこれとは話が別である。
考えても見てほしい、レイブンクローのマグル生まれの変わり者と高貴なスリザリンの生徒でパートナーを組んでいるところを見られたら何と言われることか。
レギュラス単体で非常に目立つのに、それを引き立てる者が隣に居れば、更に目立つだろうと名無しは苦笑した。

クリスマスパーティーのために両親がドレスを買ってくれるとも思えない。
そもそも、そこからだということをすっかり忘れていた。
ちらと本から眼を離して見るとレギュラスは眉間にきゅっと皺を寄せていた、攻めあぐねているようだ。

「…それも何とかしますから。だから行きましょう」
「いや、だから出ないって。しつこい」

強引なレギュラスに対し、名無しはむっとしたようにそう言い放った。
本から片手を離し、しっしと追い払うように手を振る。
するとレギュラスは今度こそ黙りこんでしまった。

少しやりすぎただろうかと、本から眼を上げてレギュラスを見る。
レギュラスは先ほどよりも眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めて俯いていた。
悔しがっているのか、悲しんでいるのか、よく分からない顔だった。

レギュラスがそんな顔をするのは初めてのことだったので、狼狽した。

「あ、いや、ほら、クリスマスパーティーに出たいなら、他の子もいるじゃない。ね?」
「…名無し先輩は、何も分かってない!いいです、もう!」

必死にフォローしたつもりだったが、逆効果だった。
その発言がレギュラスの堪忍袋の尾を切ってしまったようで、彼は語尾を荒げて乱暴に席を立った。
そしてそのまま、図書室から出て行ってしまった。

名無しはその様子を呆然として見送った。
レギュラスが見えなくなって、漸く我に返って何がいけなかったのだろうかと考えたが、分からなかった。
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