グレーゾーンからの脱却
先にも述べたように、名無しの事を好きになったのはきっかけすらない。
長い延長線がそこにぽつりとあって、それに乗ってしまったに過ぎないとレギュラスは感じていた。
だから、レギュラスはずっと平坦な道を歩く他無かった。
誰かがそこに、石ころを置いて緩急をつけることさえなければ、きっと彼はずっとその延長線を走り続けていただろう。

しかし、浅はかで愚かな名無しは、手に持っていた石ころを、その延長線上に置いてしまった。
レギュラスはその石ころに躓いて、思い切り脱線したに過ぎない。
そこから先はなるようにしかならない事を、彼は13年生きてきた中で学んでいた。

「やだ、私、パンドラの箱開けちゃった感じ?」
「いい例えですね、さすが」

目の前の名無しは手を椅子の背もたれに掛けて、レギュラスがその手を掴んでいなければ脱兎のごとく逃げ出すだろう。
無論、離すつもりは無い。
華奢な彼女の手首は、とても冷たかった。

眼を泳がせ、決してレギュラスの顔を見ようとはしない名無しの顎の先にちょっと触れて、こちらを見させた。
動揺が瞳の中に渦巻き、今にも零れ落ちてしまいそうな涙が目じりにたまっていた。
ぞくぞくと心底の欲望がざわめくのを感じながら、レギュラスは更に名無しを追い詰める。

「逃がしませんよ…?名無し先輩の答えを聞くまでは」
「…いつまでもこうしてるつもり?」
「ええ。そのつもりです」

実際にはそうもいかないかもしれないが、その気ではいる。
今まで溜まっていた思いを打ち明けたレギュラスは、心に余裕ができていた。
何せ心の中は、名無しのことでいっぱいいっぱいだったのだから、その分できた余裕も多い。

代わりに、名無しは余裕が無くなり、焦っているようだったが、知らない振りをした。
今まで彼女がそうしてきたように。

「好きじゃない。レギュラスのことは別に好きじゃない」

顎に当てられていたレギュラスの手を振り払うように、名無しはぷいとそっぽを向いて、そういった。
まるで子どもの駄々のような言葉で、恐らくは振られているというのに、なぜだか可笑しくなった。
大人びていた名無しの子どものような一面をはじめて見られて嬉しかったのかもしれなかった。

一応答えを聞いたのだから、レギュラスは手を離した。
名無しは捕まれていた手首を摩りながら椅子に座りなおしていた、逃げる気はなくなったらしい。
代わりに、レギュラスからそっぽを向いて、また問題集を読み出してしまった。

「でも、嫌いじゃないってことですよね」

振られたというのに、思っていたよりも辛くはなかった。
まあ、まだ希望があるというのもあるし、名無しの反応はあまりに子どもじみていて、今の状況から逃げ出すためだけに吐かれた言葉であるように思えたからだ。

ちょっと意地悪をするつもりで、名無しの耳元でこっそりそう囁く。

名無しは何も答えをくれなかったが、それでも良かった。
真っ赤になった耳を見れば、答えが分かったように思えたから。
レギュラスは名無しと違って、曖昧な答えを受け入れることができるから。
今はこれでいいと、そう納得できるから。


その後、夕食まで一緒に図書室で勉強をした。
いつも通りの行動に名無しは落ち着きを取り戻していた。

夕食のときは、寮ごとまとまって食べるので大広間の前で別れた。
流石に、マグル生まれと仲良くしていたと大々的に知られればレギュラスもスリザリン寮内で粛清を食らう。
ブラック家たるものが、マグル生まれの女に現を抜かすだなんて許されるわけも無い。
そして名無しも、マグル生まれとして、純血の家を汚すようなマネはしたくなかった。

その境界線をしっかり引いていたつもりだったのに、今日は好奇心に駆られて酷いミスをしたものだと反省しつつ、夕食を取り分ける。

「名無し、今日どこにいたの?」
「図書室。なんかあったの?」
「いや、何も無いけど…姿が見えなかったから。あ、嘘。来週提出のルーン語の翻訳教えてほしかった」

名無しがミートパイに手を付けた頃に、同室の友人が名無しの隣に座った。
世間話と言わんばかりの口調で、名無しの一日のスケジュールを聞いてくる彼女だが、殆どの場合深い意味は無い。

「夜でよければ教えるけど」
「あ、本当に?じゃあお願いします」

誰かとともに行動をするのは、名無しは好きではなかった。
気を使うし、自分の予定通りに行かないことが多くなるしで、要領を得ない。

予定通りに行かないことが名無しは嫌いだ、自分の立てた計画が揺らぐと不安定になる。
すべての未来が、その計画が失敗したことで揺らいでしまいそうだからだ。
本当は揺らぐものなんてありはしないのに、そんな錯覚を覚えるのは何故だろう。

まあ夜寝る前、1時間くらいなら自由に使ってもいい。
1時間長く寝れるか、そうでないかの差だ。

「図書室ねえ…1人でいるの辛くない?」
「別に…」

彼女は何の気なしに、名無しに問いかけた。
1人でいるのは嫌いじゃないから辛いかどうかは分からなかったし、何より、別に1人でいるわけじゃない。
彼女は知らないだけだ、図書室にいるときは大抵レギュラスが一緒に居る事を。

そこで名無しは自らの矛盾に気づいた。
誰かと一緒にいて、計画が崩れるのを嫌っているのに、自分はレギュラスと一緒にいるのだ。
一緒にいるというか、レギュラスが一方的に名無しの傍に来るだけなのだが。
普段なら、友人が授業中に隣に座るのも嫌なのに、レギュラスはどうして大丈夫なのだろう。

計画が狂うわけではない、ただ、レギュラスと話すこともあるから、1人のときよりかは勉強の進みも遅いだろう。
だというのに、レギュラスを追い払うことなく隣に居る事を許している。

追い払うなんてことできないから?
でもきっとレギュラスは名無しが集中できないからどいてといえば、きっとどいてくれるだろう。
そもそも、名無しがレギュラスを拒絶することは無いし、拒絶しようと思ったこともなかった。
寧ろ、今では彼が隣にいないと、気になるくらいだ。

「やばい…」
「え?何が?」

名無しは頭を抱えた、自覚すると非常に恥ずかしい。
顔もきっと赤くなってるだろうし、耳も赤くなってるに違いない。

好きじゃないなんて曖昧な答えを言うんじゃなかった、嫌いといってしまえばよかった。
そうすれば、きっとここで悩んでも諦めることができただろうに。
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