逃げられない
名無しは常々疑問だった。

「純血主義なのに、どうして私といるの?」

これだ、これに尽きる。
隣の少年はきょとんとした様子で名無しを見ていた。
薄い灰色の瞳には、突然何?という字が書いてあるかのようだった、分かりやすい。

「突然何を言い出すんですか?」

彼は思うだけには事足りず、口に出してそういった。
読んでいた参考書にしおりを挟み、会話をする体制に入っている。
名無しはボールペンを置いて、レギュラスに向き直る。

そういえば、彼とこう面と向かうことは無かったように思えた。
今までレギュラスは名無しの隣にばかりいて、目の前に座ることは殆ど無かった。

全く、精悍な顔をしていて俗に言うイケメンで、どうして名無しの隣にいるのか分からない人だった。
名無しはごくごく一般的な顔をしていて、何に例えることもできないような平凡な人だった。
レギュラスは雑誌のモデルをしているといっても嘘には聞こえないような顔をしていて、育ちも貴族の家で、優男の代名詞のような人だ。
本当に、分からないから、聞いてみた。
分からないことは、聞くことが一番だ。

「いや、だってそうじゃない。寮も違う、年齢も違う、悪い意味でしか目立たない私と、なんで?」
「最後の言葉は聞きずってなりませんが…なんででしょうね?でも、僕はここが落ち着くんです。名無し先輩は僕が隣にいると嫌ですか?」
「いいえ。別になんとも」

別にレギュラスが隣に居ても問題はなかった、集中して勉強もできる。
普通の女の子だったら、レギュラスが隣にいたら正気を保っていられなくなるのかもしれないが、名無しはちっともそんなことは無かったから、やはりどこか普通の女の子とは思考回路が違うらしい。

さて、うまくかわされたのか、それとも無意識のうちに避けたのか分からないが、純血主義。
彼は純血の家の次男坊で、時期当主になるかもしれないと有力な人物である。
忘れてはいないだろう、隣でボールペンを使ってノートを取っている名無しがマグル生まれであるということ。
それを聞いてはいけないような気もしていたが、でもはっきりさせたい。

名無しは純血主義があまり好きではなかった、皮肉なことにその考えはマグルである父の常識主義によく似ているからだ。
純血以外認めない、常識以外認めない、それらが認めないものは真反対でもやってることは同じ。
認めたくないものを排除するためなら、どんな手も厭わないということ。
娘が常識離れしていたから、両親はそれを捨てる気で魔法学校に入れた。
入学するときに言われた、「夏休み以外は帰ってくるな。手紙も寄越すな」…徹底されている。
魔法学校に通っている名無しの事を、両親は“イギリス留学をして英語を学ばせる”といってごまかしている。
まあ大体あっているが、所詮それは名無しが異常である事を隠すための言い訳。
名無しは両親が好きではなくて、嫌いでもない。
彼らはただの司令塔だ、きちんと従っていれば彼らは名無しを見捨てることは無い。

閑話休題。
レギュラスは純血主義であるにもかかわらず、名無しとよく一緒にいる。
疑問でしかなかった、どうしてそんな事をするのか、意味が分からない。
名無しは分からないことが嫌いだ、理由としては怖いから。
分からないというのは、いつか分かったときに大きなショックを受けることもある。
その危険を最小限に抑えるためにも、名無しは知りたかった。

「どうして、マグルの私と仲良くするの?」

逃げられないように、マグルの、と付け加えた。
一体名無しはどんな顔をしていたのだろう、レギュラスは今にも泣きそうな顔をした。
彼に突きつけてはいけない質問だったかもしれないと後悔もしたが、もう遅い。

この関係が崩れる一言だということは分かっていた。
それでも、名無しは不思議でたまらなかった、いくら考えても分からなかった。
答えは、レギュラスが持っている。

「…だか、らですよ」
「何?」

レギュラスはきゅっと眉根を顰めて、掠れた声で何かを言った。
その何かが聞き取れなくて、思わず名無しも怪訝そうに聞き返した。
すると、レギュラスは目線をあげて名無しの眼を見て、今度ははっきりとした声で話し始めた。

「好きだからです。それ以外に何の理由がありますか。マグル生まれなんて最初は知りませんでした。そのペンを使ってるのを見て、漸く理解したくらいです。でも、そのときにはもう好きだったんです。純血とか、マグル生まれとか、そういう先入観無しで初めて関係をもった人なんです、貴方は。初めて、血の先入観無しで、人と接しました。マグル生まれだって知っても、嫌悪感は生まれませんでした。それでも好きでした。かわらず、好きでした。だから、貴方の傍にいるんです」

長ったらしい告白だった。
堰を切ったように、どうどうと流れるレギュラスの感情に、名無しはやはり聞かないほうが良かったんだと思ったが、もう遅い。
間違いなく、名無しは踏んではいけないラインを踏んだどころか、超えてしまったらしい。

「…ここまで言わせて、逃げるだなんて卑怯なこと、しませんよね?名無し先輩?」

反射的に椅子を引いていた手を、レギュラスが握る。
暖かい彼の手の感覚だけ、感じていた。
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