郷に入りたい
5年にもなると魔法学校…ここはホグワーツと言う魔法学校だ、それにも慣れる。
人の慣れというのは非常に怖ろしいもので、廊下でロケット花火もどきが飛んでいても、ゴーストに水をぶっ掛けられても、階段が動いても、何も驚かなくなった。
いやはや、本当に怖ろしい。

「…慣性の法則って人にもあるのね」
「慣性違いですよ」

ぽつりとくだらない言葉を世界に投下したら、隣の少年が冷静に突っ込みを入れてくれた。
彼はなぜかこの“変わり者”と好き好んで会話をする“変わり者”の少年だ。
よく図書室にいる名無しの隣に(席なんていくらでもあるのに)座って、同じように本を開いている。
違うのは、彼は羊皮紙と羽ペンを使っていて、名無しはルーズリーフとボールペンを使っているところだ。

マグル生まれの名無しからすれば引っかかりやすい羊皮紙やいちいちインクをつけなければ書けない羽根ペンを使うのはレポートの提出のときくらいで、それ以外は殆どマグル(非魔法族の意味だ)の文房具を使っている。
明らかに、マグルの文房具のほうが物を書く上で優れているからだ。

「慣性の法則なんてここでは習わないのによく知ってるね」
「一応、教養として学んでます」

彼のネクタイは緑と銀をしていて、エンブレムは蛇。
それは彼がスリザリン生である事を示しており、彼らの寮はマグル生まれを嫌悪していることで有名だ。
彼も間違いなく、その一端…一端どころではない、中央にいるに違いない人だった。

彼の名は、レギュラス・ブラック。
名無しよりも2つ年下の、スリザリン生で、かのブラック家の次男坊だ。
それがどうして、マグル生まれの“変わり者”の日本人の隣にいるのか、名無しは常々疑問だった。

「そう。それはなにより」
「…そんなことよりも、名無し先輩。毎日こんなことして、飽きないんですか」
「さあ?でも、飽きたならやめてしまうでしょ」

名無しは赤い問題集を延々と解き続けていた。
今日は土曜日、学校は休みだから、図書室に生徒の影はまばらだ。
まじめに勉強をしている生徒は更に少なかった。

レギュラスは飽きたのだろう、羽ペンを置いて名無しの問題集を眺めていた。
名無しは朝に図書室に来てからまったくそこから微動だにせず、問題集を解き続けていた。
レギュラスが来た頃には、問題集の半分が終わっていた、昨日新しく届いたといっていたのに。
ある意味、趣味が勉強なのであろう名無しをレギュラスは呆れた様子で見ていた。

「レギュラス、飽きたならどこかにいけばいいじゃない」
「ええ、そうしようと思っているんです。ですから、一緒に昼食にでも行きませんか?」
「…待ってたの?行けばいいのに」

レギュラスに昼食といわれて、名無しは漸く懐中時計を開いた。
時刻は12時半、丁度お昼時だった。
彼はこれを言いたかったらしいが、名無しはずっと問題集に夢中で会話の1つもなかったため声をかけられなかったようだ。
食べ盛りの少年だ、空腹だろう。

律儀に隣の先輩など待たずに、席を立ってしまえばいいものをと思うが、それが彼らしいといえば彼らしい。
名無しは問題集を鞄にしまいこみ、席を立った。
その間も、レギュラスは名無しを待っていた、まるで犬のようだった。
犬は食事をするときに主人をじっと見るらしい、食べてもいいのかどうか主人の様子を伺ってから食べ始めるという。
彼はまさにそれだった。

「…忠犬ねぇ、ハチ公みたい」
「ハチ公ってなんです?というか、犬ですか」
「犬よ。死んだご主人様の帰りをずっと駅で待ち続けた犬」

本当に忠実な犬だが、それは彼の意思だったのだろうか。
主人が毎日迎えに来るのを命じていたら、それは決して彼の意思ではなくただ、身体が反射的にそう動いているだけに過ぎない。
それこそ、慣性だ。
自分の意志もなく、ただ言われた事をするだけの他律的行動。


「…ああ、私もそうかもしれないね」
「名無し先輩、自分の中で話を完結させるのやめてください。意味が分からないです」

隣を歩く名無しは、“変わり者”だ。
会話をしていてもどこか上の空で、人の話を聞いているのか聞いていないのか分からない。
何を考えているのか、一体なにをしようとしているのか、掴みどころのない人だ。

友人はそう多くは無いが、そう少なくも無い。
もしかしたら名無しは友人達の事を知り合いと言う程度にしか見ていないのかもしれない。
そして、友人達もそれでいいと思っているのかもしれない。
そんな曖昧な関係ばかりを結ぶ人だった。
きっと名無しがこの学校を卒業しても、誰もその後を知らないのだろうと思う。

名無しと言う存在をきっとみんな、忘れてしまうのではないと思うし、何より彼女はそれを望んでいるようだった。

「分からなくていいよ。くだらないことだから」
「そうですか。…また昼食を取ったら図書室に戻るんですか?」

前しか見ていない名無しは“変わり者”だ。
決してレギュラスを見ることはなく、きっと彼女の頭の中は大広間にあるであろう昼食の内容のことばかりに違いない。
すれ違う女子生徒からの妬みの視線もきっと気づいていない。

いや、気づいていても気づかない振りをしているのかもしれない。
彼女は、そう言う人だ、残酷な人だ。

レギュラスが入学して数ヵ月後に見つけた、図書室によくいる先輩。

1年のときはその人のことが気になって、しょっちゅう図書室に篭った。
どんな本を読んでいるのか、こっそり調べた。
彼女の使っていたであろう本を使ってレポートを書くと、非常にいい点がもらえた。
とても都合のいい人だった。

2年のときに初めてその人に声をかけた。
彼女の使っている本が読んでみたかったから、貸してもらえないかと声をかけた。
彼女は感情の篭っていない声で、どうぞとだけ言って、その本を僕に押し付ける形で渡した。
本当は彼女の持っていた本が読みたかったのだが、その傍の図書室の本を渡された。
その本はそのときのレギュラスにとっては少々難解な本だった。

3年からは何かにつけて彼女のそばの席を利用した。
彼女は漸くレギュラスの存在に気づき、訝しげに彼を見たが、何も言わなかった。
彼女にとってレギュラスは空気に近い存在なのだろうと思うと、心が痛くなった。
思い切って声をかけると、驚いたようにレギュラスを見て、でもきちんと返事をしてくれた。
それが嬉しくて、彼女の言うことすべてを聞き逃さないようにした。
勉強ははかどらなかった、彼女のことばかり考えていたから。それ以外のことなんて考えられなかった。

そうして、今ではランチをともにするくらいの仲になった。
ここまでくるのにとても長い時間がかかった、彼女はガードが固かった。
隣の彼女は、レギュラスの質問に一言「分からない」と答えた。
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