郷に入ってはというけれど
魔法と言うのは、絵本の中の世界。
そんな都合の良いものは現実には無くて、当たり前。
…当たり前、だったのに。

11歳のとき、鳥類園でしか見たことのなかった梟が我が家にやってきた。
動物が好きな名無しはその梟の種類が言えた、メンフクロウだ、とぽつりと言うと父が射殺さんばかりの目でこちらを見た。
マンションの8階、ベランダに梟、背景は青空にビル群、…ありえない。
名無しの知っている梟は森の奥深くに住んでいて、尚且つ夜行性だったはず。
少なくとも、この真昼間に大都会にいる生き物じゃない。

昼食を取っていた家族全員が、ベランダに釘付けだ。
梟と睨めっこをしている状態で、みな硬直していた。
8つの眼に見られ続けている梟は一度首をぐるり、と回して、窓のほうに近づいた。
ひっと母の引きつった声がやけに響く。

よく見ると、その梟は手紙を尖った嘴に挟んでいた。
その手紙は封筒が薄緑で、赤い判子のようなものが開け口に押されていた。

「…お父さん、手紙だよ…?」

姉が恐る恐る、父にそういった。
父は姉を睨むことなく、ベランダの窓を開けた。

梟は嘴に咥えていた手紙を父の手に押し付けると、何事も無かったかのように飛び去って言った。
父は無言で窓を閉め、その手紙の背面を見た。

…宛名は、名無し・さん殿だった。


それからは大変だった、差出人は魔法学校だったため父は手の込んだ悪戯だと言い張り、無視を続けた。
すると手紙は梟だけではなく郵送何通も来るようになり、母がヒステリーを起こした。
そうなって漸く、父はその手紙を開けて、内容を確認した。
その内容は、名無しが魔女であり11歳の9月から魔法学校への入学を許可するというもの。
入学が中途半端な時期なのは、その学校がイギリスにあったからだった。

名無しはそのとき、中学受験のために勉強をしていた。
だというのに、いきなりイギリスの学校に入学しなさいというのは、父も母も許さなかった。
名無し自身は英語好きでもっとうまくなりたいと思っていたので、イギリス留学ができるのではないかと思っていたが、学ぶのは魔法である。
これからの進学を考えると不利になる。
だから、両親は決して首を縦には振らなかった。

「…申し訳ないが、お嬢さんは魔女なのです。魔法を学ばなくては。…今まで彼女の周りで不思議なことが起こったりすることはありませんでしたかな?あれは魔法が暴走している状態なのです。魔法を制御する術を学ぶためにも、お嬢さんは魔法学校に通わなくてはなりませんぞ」

八月の中旬、スーツを着た30代くらいの男性が家に訪ねてきた。
自称、魔法学校の教員だという。
こちらから手紙の返信をしなかったため、どうにか名無しを学校に通わせていただきたいという旨を伝えにきていた。

名無しと両親とその教師だけで話をしていた、姉は気味悪がって部屋に隠れたままだった。
母も姉と同じようにしたそうだったが、その教員に止められて仕方がなく、といった様子で椅子に座っている。
父は訝しげな視線を隠すことなく惜しげなく向けていた、きっと新手の宗教勧誘とくらいに思っているのだろう。

「そのようなことは一切ありませんでしたな。この子は普通の子どもでした」
「おや、才能があるようですな」
「…うちの娘は魔女などではありません。お引取り願いたい」

確かに、名無しは特別な力を自分が持っていると自覚したことは無かった。
そんな便利な技なんて持っていない、名無しもその教師がウソを言っているのではないかと思っていた。

「大体、魔法だなんて、ありえませんでしょう?」
「いやいや、奥様。信じられないかもしれませんがね…どれ、簡単なものでしたらお見せいたしましょう」

母の言うことは最もだった。
今まで魔法と言うものはテレビの中でしか見たことがない。
手品だって種があるし、テレビの中のアニメは現実のものではない。
その一言は、こちらからすれば切り札であるように思えた。

しかし、その教員は臆することなくにっこりと笑って、手元の空いたグラスを見た。
鞄からなにやら細い古木のようなものを取り出して、そのグラスをとんとん、と軽く叩いた。
すると、その中にあった融けかけの氷が無くなり、代わりに透明な赤茶色の液体…恐らくアイスティーだろうかと思われるもので満たされた。
驚く両親を尻目に、彼はちらりと名無しを見た、君もこういうことができるんだよ、といわれたような気がして眩暈がした。

それが決定打となり、名無しはその魔法学校に半ば強制的に入学することとなった。
両親はイギリスまで名無しを送り、入学の準備だけを済まして、さっさと帰ってしまった。
極力関わりたくないというのが本音であろう事を、名無しはすぐに察知したため、何も言わなかった。


そうして、名無しは魔法学校に通い始めた。
もう3年になり、魔法にもすっかり慣れてしまった。
確かに魔法は面白いが、日本ではあまり役に立ちそうに無かった。
両親には卒業したらすぐに大学へ願書を出して、一般人と同じ生活をしなさいといわれている。
だから、魔法学校にいても魔法の勉強は最低限で、数学や日本史の勉強をしている。
そんな名無しを辺りの人々は“変わり者”と言うが、名無しから言わせて見れば、彼らのほうがよっぽど“変わり者”であるような気がした。
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