イン・ポケット
私はクローゼットの前で固まっていた。

「名無し?何やってるの?」
「え、ああ…何着ればいいのかなと思って」

クローゼットの中には何着かの洋服が入っている。
コートやカーディガン、ワンピースにショートパンツ。
こちらに来て驚いたのは、休日は皆実にラフな格好であるということだ。
それ、パジャマじゃないの?と何度聞きそうになったことかわからない。

日本人独特のことなのかもしれないが、コートを着ればその下は何を着ても大丈夫!という考えは少々分かりかねる。
コートやジーンズの下にパジャマを着ているのを見て、呆然としたものだ。
最近では私もスキニーパンツにパーカーでいることが多いが、それ以前はそれだって人前に出るのは恥ずかしいと思うくらいだった。
しかし、気合を入れすぎればそれは逆に浮くのでラフな格好をしているうちに、それにもなれた。

しかし、今日はレギュラスとカフェに行く約束をしている。
…所謂デートである。
レギュラスは普段からYシャツにカーディガンを着ていることが多いのでどこかかっちりした印象がある。
隣を歩く身として少しはおしゃれをしないとまずいだろう…化粧もするべきか。

とにかく、服を考えなくてはいけない。

「名無しって、可愛い服ばっかりじゃない。どれ着ても可愛いと思うけどなぁ」
「そう?これ、殆どお下がりなんだけど…」

そう、これらはすべて姉のお下がりなのだ。
だから私とは少々趣味が違う甘いワンピースばかりで辟易としているのだが、姉と顔が似ている分にあわないことは無い。

とりあえず、ブラウスにシンプルな黒いワンピースを着て、カーディガンとAラインコートを着ることにした。
無難に越したことは無い。
一応薄く化粧もして、クリスマスに貰った髪留めで軽く髪を結った。

「おおー、気合入ってるね。どこ行くの?」
「おしゃれなカフェ。勉強しやすいみたい」
「カフェまで行って勉強か…」

折角化粧もして、可愛い洋服も着ているのだから、どこか散歩にでも行けばいいのにと言う考えなのだろう同室の彼女は呆れたようにこちらを見た。
本当はそのカフェで勉強デートというわけなのだが、彼女はそれを知るよしもない。

「じゃ、行ってくるから。必要なものあったら、言ってくれれば買ってくるけど」
「私の分の羊皮紙とインク瓶もお願いー!あとお菓子!お金は後でいい?」
「うん、わかった。後で請求する」
「よろしくねー。いってらっしゃい」

同室の子に見送られて、私は部屋を出た。
寮も談話室も突っ切って、階段を降りて、1階の広場に出る。

出発時間ぎりぎりに来たので、もうそこには多くの人が集まっていた。
しかし、いつもよりかは多くないような感じである。
それもそうだろう、この寒い中用事も無く外になど出歩く人はいない。
レギュラスは来ているのかなぁとぼんやり考えつつ、柱の影で風をしのぎながら時間がたつのを待った。

漸く引率の先生が来た頃には、身体は冷え切っていた。
全く外で待たせないでほしいものだ、この寒い中5分も待っていればどうなるのか考えろ。
コートのポケットに手袋をした手を突っ込んで、マフラーに顔をうずめて、必死に寒さに耐えていたがそれでも寒いものは寒い。
電車の中は温かくてほっとしたが、数分すればすぐにホグズミートの寒い駅に放り出された。

とりあえず、待ち合わせの場所を探さなくてはいけない。
大通りから一本奥に入ると言っていたので、適当に小道に入る。

「…ないし」

適当に歩くこと5分ほどで、思い切り迷子になっていた。
入る小道を間違えたのか、全く寂れたほうにきてしまったようだ。
とりあえず、大通りに戻ろうと来た道を戻る。

レギュラスをこの寒い中待たせるのは気が引けるから、早く待ち合わせ場所を見つけたい。
誰かに聞くのが一番手っ取り早いが、まず人がいないのだ。
大通りに出るまでは、人とすれ違うことも難しそうだった。
私は早足に狭い通路を抜ける。

漸く大通りに出ることができたが、今度は人が多すぎる。
大通りを渡ろうにも、人が多すぎるし、立ち止まればそこで渋滞。

「ちょ、…」

声をかけようにも、皆友人やら恋人やらと一緒で、こちらに気づきもしない。
肩に触れれば迷惑そうな顔で振り払われた、泣きたい。
日本人の優しさを、こちらの人に寸分でも分けてやりたい。

「もう…!」

なんとか大通りを突っ切ることに成功したものの、もう小道にも入りたくも無い。
先ほど迷子になったのがトラウマだ。
とん、とレンガ造りの壁に背をついた、もしかしたらコートが汚れるかもしれないが気にならない。

寒い中、歩き回っていたから疲れた。
大通りに出れば人がたくさん、小道に入れば狭い通路に静まり返った世界。
そのギャップにも疲れて、もう動きたくなかった。
大通りにいれば、レギュラスが見つけてくれるかもしれない。

ぼんやりと流れいく人を見ると、寂しい気持ちになった。
ちゃんと場所を書いた地図でも貰っておくんだったなぁと今頃後悔し始めた。

と言うかそもそも、携帯があれば迷子になることもなければ、迷子になったとしてもすぐに連絡できるのに。
そう言う意味で、魔法界はやっぱり暮らし辛いと思う、ちょっと不安にもなる。

「名無し、こんなところにいた…!」
「…レギュラス」

俯いて考え込んでいたら、不意に腕が引かれた。
立っていたすぐ隣の小道に引きずり込まれる。
驚いて声を上げそうになったが、聞きなれたテノールの声を聞いて、その声を抑えた。

ふっと声のするほうを見れば、顔を赤くして息を切らしているレギュラスの姿。
走って探していてくれていたのだろうか、少し髪が乱れていた。

「ごめん、迷子になってた」
「だと思った…、あーよかった、見つかって」
「本当ごめんね、走らせて」

本当に不安だった、1人になってしまったのもそうだし、なによりレギュラスを待たせてしまうどころか、手を煩わせてしまった。
レギュラスは来る前に場所は大丈夫かと聞いてくれていたのに、適当な返事をしてしまったから。
貴重な時間を無駄にしてしまったと考えると、とても申し訳なくなった。

「大丈夫、本当見つかってよかった」
「ん…ごめん」

レギュラスは心底ほっとしたかのような声でそういってくれる。
本当に優しい人だと思う、私にはもったいないくらい。

俯いて、上を向けない、彼はどんな顔をしているんだろう。
怒られやしないだろうということは分かるけれど、それでも心配だった。
失望されて無いだろうか、本当は迷惑に思っていないか、しょうがない人だって嗤われてないか。

「名無し?大丈夫だよ、怒ってないって」
「だって、待たせた。20分くらいは待ったでしょ?」
「うん。でも別にいいよ。そもそも名無しが時間どおりに来るって思ってない」

俯いて謝るばかりの私にレギュラスは優しくそう言う。
彼の大きな手が安心させるように頭を撫で、髪を梳く。

ゆったりと話すレギュラスだが、ちょっと聞きずってならないことを言っている。

「どういうこと?」
「迷子になるだろうなって思ってた。それで、ちょっと弱った名無しが見られればいいなって思ってたし、時間ちょっと遅れて負い目を感じてれば、僕の我侭ちょっとは聞いてもらえるかなって」

私はそこで漸く顔を上げた。
レギュラスは笑っているものの、それはスリザリン特有の厭らしい笑みだった。
どうやら私はレギュラスの掌の中で踊らされていたようだ、腹立たしい。

「もう!何それ!」
「でも選択したのは名無しだし。文句は言えないよ?」
「…もういいわ…、疲れた。寒いし、話はお店に入ってからにする」

全くレギュラスはうまい。
何だかんだで主導権は全部レギュラスが持っていっているし、私に罪悪感を持たせないようにうまく誘導できるようにすべて計画していた。
自分の欲のため、といえば、私のせいではなくなる。

コートのポケットに突っ込んだままだった私の手を、レギュラスが引っ張り出す。
外気にさらされたのは一瞬で、あっという間に彼のコートに引っ張り込まれてしまった。

「これで、迷子にはならないで済むよ。その上寒くない」

ぐい、と引っ張られてレギュラスの隣を歩く羽目になった。
背の高いレギュラスのコートのポケットは、私のそれよりもちょっと高い位置にあった。
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