1度、自分の気持ちに素直になってしまえば楽なもので。
結局私はレギュラスと恋愛関係になっていた。
悪い気はしないが、どっぷり嵌ってしまいそうで怖いというのが本音だった。
なんたってレギュラスは顔もよければ性格もよく、紳士的でこれ以上言うことはない男だ。
男性経験の無い私にとっては、完璧すぎる相手に振り回されないようにするだけでいっぱいいっぱいだった。
「…え、名無し、あれファーストキスだったの…!?」
「だってまだ15よ…?付き合うのだって初めてなのに…」
「えっと…それはなんというか、文化の違いじゃあ…。こっちだったら15でファーストキス済ませてないのは遅いほうだし」
「知らないわよ、そんなの!」
普段集まる場所を、図書室から空き教室へと変えた。
人の目がない場所で話すとき、レギュラスは敬語を無くすようになった。
教室の長いすと机を勝手に使って、一応表向きは勉強会という名前が付いている。
そのためいつも通り問題集を手にしているけど、それが進められることはあまり無い。
本当に勉強したいときは図書室に行くので、単に理由作りのためだけのものになっている。
レギュラスはスキンシップが好きなタイプらしく、隙さえあれば抱きしめてきたり、キスをしてきたり、何かと大型犬のようだった。
それが犬であれば緊張することはないが、彼はあくまで人間の男だ。
いい加減恥ずかしくなって懸命に拒否し続けていたら、今度はレギュラスが切れた。
恥ずかしいから、といっても聞き分けの無いレギュラスに初めてだから、といったところ非常に驚かれた。
「日本じゃ、ありえないわ…こんな…」
「え、え…ごめんって。泣かないで!」
「泣いてないわよ…」
経験がないということを暴露してしまった恥ずかしさで顔を覆えば、レギュラスは泣かせたと思い慌ててフォローを入れてくる。
はぁと1つため息をついて、呆れたようにそう言う。
それにしても、たった1週間でお互い仲良くなったものだ。
授業の空き時間があれば、その隙にレギュラスが会いに来るし、休日もしょっちゅう2人でいる。
最初のうちは、こんなことを繰り返していれば嫌になってしまうのでは?と思っていたが、意外にも嫌にならない。
結局のところ、相性がいいのだろうと思っている。
「そうだ、名無し。来週のホグズミート、一緒に行こうよ」
「却下。目立つじゃない」
私は眉根を顰めて即答した。
といってもそういわれることはレギュラスも承知していたのか、そう簡単には食い下がらない。
「新しくカフェができたんだって。ベイクドチーズケーキが美味しいお店なんだよ」
「新しいところなんて混んでるでしょ」
「それが、大通りからちょっとはなれたところであんまり人はいないし雰囲気もいい感じなんだ」
レギュラスはもう下見済みようで、すらすらとその店の特徴や雰囲気を説明してくれた。
腹立たしいことに私の好みをしっかり掴んだ説明で、ちょっと行きたくなってしまう。
勉強するにも向いているような席取りで人も少ないなんて、行く価値はありそうだった。
しかしここで頷いてしまえば、負けてしまったような気がして私は頷けずにいた。
馬鹿らしい、勝ちも負けもないのに。
「文房具屋が近くにあるし…ほら、レポート提出が重なるから羊皮紙が足りなくなるんじゃない?」
「あー…、そういえばそうだ」
決め手はその一言だった。
確かに今はテストがない代わりにレポートが多く出される時期で、羊皮紙もインクも足りていない。
普段のノートに羊皮紙を使っていない分、買いに行くことが少ない。
予備などを買うこともそうないので、そろそろ買いに行かなければと思っていた。
したり顔のレギュラスに少々腹が立ったが、正直なところカフェも気になる。
たった1週間で好みを把握してしまっているという状態に私はため息をついた、情けない。
「わかった。行くわ。現地集合でいいでしょ?」
「ああ、いいよ。大通りから一本奥に入ったところの噴水分かる?」
「行けば分かると思う」
普段ホグズミートには行かないためよく分からなかったが、同僚の友人に聞いたりすれば分かるだろう。
レギュラスは少し心配そうにしていたが、私は特に気にはしていなかった。
「名無しって案外行き当たりばったりなところあるよね」
「何でもかんでも計画なんて面倒よ。休日ぐらい好きにさせて」
レギュラスはちょっと可笑しそうにそういってくすりと笑った。
なんだか子ども扱いをされたような気がして、椅子から立ち上がりレギュラスの傍から逃げ出す。
これ以上レギュラスの雰囲気に呑まれるのは癪だった。
ここは西塔の空き教室、レイブンクローの寮に近い場所だ。
ランは高いところが好きだったため、レイブンクローの寮は好きだった。
窓から見える空や森はいつまで見ていても飽きない。
「名無し、拗ねた?」
「…拗ねたとして、誰がそれを口にするの?あとべたべたしないで、邪魔」
「ん」
ぼんやりと森の木々から飛び出した梟を目で追っていると、後ろからレギュラスが抱きしめてくる。
そう、こういうことが多いのだ、少しでもレギュラスから離れると彼はすぐに後をついてきて後ろから抱きしめてくる。
最初のうちは吃驚して突き飛ばさん勢いで拒否していたのだが、もう疲れた。
何度拒否してもレギュラスはそれをやめる事は無かったし、それにも慣れてしまった。
…本音を言えば、少し心地よい。
寒い時期だと特になのかもしれないが、背中に温かみがあるというのはほっとする。
後ろ盾があるというのは少し意味が違うが、そんな感じだ。
部屋で毛布を被ってぼんやりするのよりも、安心を伴う。
人のぬくもりと言うものがこんなにもほっとするものなのだと、実感した。
やめてといえば返事はくれるものの、決してやめない。
まあ、それでもいいかと思ってしまう自分が憎い。
「名無し、寒くない?」
「別に?」
「手、凄く冷たい」
「冷え性だから仕方ないって。レギュラスの手まで冷たくなるからやめたら?」
窓に触れていた手に大きな手が重なる。
ぺったりと窓にくっ付いていた私の手を掬うように、レギュラスは自分の手の中に入れてしまった。
私は冷え性だから、指先はいつだって冷たい。
冬場は特にそれが顕著で、体温まで下がってしまうほどだ。
たんぱく質を摂ったり、温かい物を飲んだりと気をつけていないと体調を崩してしまう。
閑話休題、とにかく私は冷え切っている。
この教室には暖炉がないので魔法をかけて温めているものの、名無しの魔力ではそこまで温まらない。
レギュラスの手はとても温かかった。
子ども体温なのだろうかと思ってしまうほどに温かい。
そういえば昔、とても手の温かい子がいた。
そのときに私は、彼女は手の中にホットカーペットが組み込まれているのだと信じていた。
レギュラスも、何か手を温める魔法でもかかっているのではないかと思うくらいに温かい。
「…手を温める魔法なんてあった?」
「え?そんなの簡単だよ」
学校で習わない魔法も、魔法界にはたくさんある。
その中には日常生活で役に立つ魔法が多かったりもする、私は余り魔法に詳しくないからそう言う魔法もあるのかもしれない。
レギュラスに聞いてみると、彼は簡単といって笑う。
そんなに常識的な魔法なのだろうか。
「恋人を作って、手をつないでもらえばいいんだから」
レギュラスはしたり顔で笑う。
ぎゅっと握られた手が、レギュラスを見ていた顔が、熱を帯びる。
なんて恥ずかしい奴、と思うけれど、口にはできなかった。