スノーホワイトの奇跡
クリスマスは必要の部屋で2人きりで過ごした。
部屋はそこまで広くは無く、精々寮の部屋の3分の2くらいの広さ。
火の入った大きめな暖炉とクッションがたくさん敷かれたマット、床から天井まで伸びるアーチ上の大きな窓があった。
窓からは雪がちらちら降っているのが良く見えた。

「あの後、怪我は大丈夫でしたか?」
「え?ああ、うん。本当に魔法って便利よねぇ、跡も残らないらしいわ」

名無しはクッキーを食べながら、暢気に答えた。
あの後、医務室に運び込まれた名無しはマダムに不審げに思われながらも、治療をしてもらった。
怪我の殆どは打撲だったため痣が痛々しかったが、少しずつ消えていっていた。
薬では痣を傷と認知しないため消すことができないらしいが、自然に治っていくだろうと名無しは楽観的に考えていた。

レギュラスはそれでも心配そうな眼を向けていたが、気づかない振りをした。

「それにしても、本当によかったの?」
「何がですか?」
「家のほうのクリスマスパーティーに出なくて」

紅茶を飲んでいたレギュラスが怪訝そうな顔をした。
レギュラスは名無しに家の話を持ち出されるのがあまり好きではない。
またこの状況で言われると、帰れと言われているような気がして更に嫌だった。
無論、そんなことを口にするようなことはできないから、適当に話を逸らすだけだ。

「大丈夫ですよ。心配には及びません」

本当は家からの手紙が物凄かった。
流石にクリスマスパーティーに息子2人がいないのは大問題だ。

兄、シリウスはもう3年くらいから一切そういったパーティーに顔を出していないからいいものの、レギュラスは毎年きちんと顔を出していた。
そのレギュラスがこないとなると、親の面子としてはよろしくない。
だからといって5年のシリウスを呼び出そうにも、彼もホグワーツのパーティーにでると決めているし、そもそもそうでなくとも頷くわけがない。
だからレギュラスに考え直してくれという旨の手紙が大量に届いた。

レギュラスは申し訳ないと思いつつも、今日一日だけはと何とか断りきったのだ。
明日には家に戻り、ブラック家のパーティーに出ることになっているが、名無しには秘密だ。

「そっか。まあ親御さんを大切にね」
「もちろん」

名無しは大して気持ちもこめずに、暢気にそういった。
クッションを抱きしめて、またクッキーに手を伸ばす、どうやらクランベリーとマシュマロの入ったクッキーが気に入ったらしい。
ぽろぽろとクッキーのカスが零れるのも気にせず、無気力に本を読みながら食べている。
時々気になるのか、杖を振って綺麗にしていた。

完全に寛ぎモードの名無しをレギュラスは物珍しそうに見ていた。

「…私がだらだらしてるのそんなに珍しい?」
「え?あー…珍しいですよ。いつも図書室で姿勢良く勉強してる姿しか見てないんですから」
「まあ、そうだよね。家でもこんな寛ぎ方しないかなぁ…ここ、誰もこないって分かってるからできるって感じ。いや、ほんと便利だよねぇ、魔法って」

名無しとレギュラスはある意味で似ていて、ある意味で真逆だった。
家にいても行儀よくしていなければいけない、親の前ではいい子でなくてはいけない、そういった強迫観念に関しては同じだった。
ただ、家の主義が真逆なだけでお互い、物理的には広いけれど窮屈な家に住んでいる。

名無しの言葉を聞いて、足を投げ出して本を片手にマフィンを食べていられるのはここだけだろうなとレギュラスもしみじみ思った。

「パーティーに出なくて正解ですね」
「ん…?レギュラス、あんなに出たがってたじゃない」

確かにパーティーも捨てがたい。
名無しのドレス姿なんてお目にかかることは滅多にないのだから。
だが、それと同じくらい、これだけ無防備になっている名無しもお目にかかれない。

どっちに転んでも美味しい思いができたのなら喧嘩なんてするんじゃなかったとレギュラスは内心おもっていた。
でも、喧嘩したのも今となってはいい思い出になりかけているので(何しろ名無しのさまざまな姿を見えうことができた。泣いてる姿も恥ずかしがる姿もうれしそうにする姿も。かなり嬉しかった)後悔は一切無かった。

無論、名無しにそんなことが言えるわけがないので「ゆっくりできるから」と答えた。

「でしょ?やっぱりクリスマスは休日だもの、のんびりするほうがいいわ」
「そうですね。名無し先輩、意外にのんびりするの好きなんですね。もっと合理的な人だと思ってましたけど」

とても意外だった。
毎日予習や復習のために図書室に通い、休日でさえも毎週勉強は欠かさず図書館にいるような人だ。
今日だって食事を一緒にして少し話しておしまい、と言うことになるのではないかとレギュラスは危惧していたのだ。
だからレギュラスはどうにか名無しと一緒に居る時間を延ばさなければ、と話題を必死に考えたりしていたのだが、その心配は無かったようだ。

口数は普段と変わらないが、動きや口調がゆっくりで明らかにリラックスしている様子だった。
名無しは一瞬きょとんとして、その後すぐに可笑しそうに笑った。

「合理的、ねぇ…オンオフをしっかり区別するっていうのは合理的に含まれないの?」
「ああ、なるほど…合理的ですね」
「でしょ?やるときはやる、やらないときはやらないの」

そういってシニカルに笑う名無しを見て、レギュラスは顔が熱くなるのを感じた。
普段とは違うフランクで子どもっぽい姿にドキッとしたのかもしれない。
名無しは顔を赤くするレギュラスを不思議そうに見て、一言、

「暑い?暖炉の火、弱くしようか」

なんていうものだから脱力するが。
レギュラスが大丈夫だというと、名無しはそう?と不思議そうに首をかしげて、手に持っていた杖をしまった。

「ねえねえ、ケーキ食べていい?」
「え?ああ、どうぞ…」

名無しはテーブルの上のケーキを見つめながら、レギュラスに確認を取った。
レギュラスはわざわざそんなことを聞く必要性なんて無いのにと思いつつも、さまざまな種類のプチケーキを適当に取り分けた。
名無しの前にその皿を置いて、自分は紅茶を入れ飲み始める。

「…?名無し先輩、食べないんですか?」
「え?レギュラスは食べないの?」
「ああ…頂きます」
「うん、そうして。1人でケーキ食べるんじゃあ1人でクリスマス過ごしてるのと変わらないじゃない」

目の前に置かれたケーキに一瞥もくれずにこちらを見ている名無しにレギュラスが食べるように促す。
すると名無しはさも当たり前と言わん限りにレギュラスにケーキを差し出し、そういった。
レギュラスがフォークを持つと満足気に笑った。
子どものような我侭にレギュラスも自然と笑みがこぼれる。

甘いものが好きな名無しはミルフィーユやらタルトやらショートケーキやらを美味しそうに食べる。
先ほどまでクッキーを食べていたとは思えない食べっぷりだ。

2人分の食事を終え、プレゼントも交換した。
レギュラスからのプレゼントはヘアアクセサリーだった。
前に綺麗な髪なのだから結ばないでおいたらどうかと提案したところ、名無しが「勉強するのに邪魔」と一蹴したため、せめて可愛い髪飾りで結んだらいいのではないかと考えたためだった。
名無しからのプレゼントは懐中時計だ。
無難であるという考えだが、今まで異性にプレゼントなどしたことがないので考えに困ったというのが本音だった。

「大切にしますね…!」
「そんなにいいものじゃないから普段使いに…というか、これ高そう…」
「ちゃんと毎日使ってくださいね」
「あー…うん」

嬉しそうにするレギュラスとは逆に戸惑いを隠せない名無し。
手の中でその存在感を放っているリボンのヘアゴムは、生成りの生地にレースが品良くあしらわれている。
そこまで派手なものではないので、普段から使えるだろうが気が引けた。

ただ、レギュラスが念を押すので明日からつけることになるだろう。
他のバレッタやヘアピンもシンプルだが装飾がしっかりと施されていて綺麗だった。

「…レギュラス、この髪留めってどうやって使うの?」
「ああ、これですか?ちょっとじっとしててください、いまやってあげますから」

名無しはクリップのような形状の髪留めをコロコロと掌の上で転がしていた。
プレゼントした当人はそれの使い方をきちんと把握しているらしく、名無しの後ろに回って髪を軽くとかしてアップにする。

まさか今から髪を結ばれるとは思っていなかった名無しは驚きつつも、止める必要も無いのでそのままじっとしていた。
長い名無しの髪からは揺らすたびにシャンプーの香りがした。

「名無し先輩、お願いがあるんですけど」
「ん…何?」

柔らかい黒髪を纏めつつ、レギュラスは話し始めた。
髪をいじられるのが嫌じゃないのか、名無しはレギュラスに凭れ掛って小さく答える。

「あと2年だけ、僕と付き合ってくれませんか」

お互いに、お互いの顔は見えなかった。
ただレギュラスの声音ははっきりしていたし、ああ本気なんだなと分かった。
レギュラスは髪を整えていた手を止めていた。
髪の無くなった首元がすっと冷えたような気がする。

「…ん、いいよ。分かった、私が卒業するまでね」

名無しは淡々とそう答えた。
学校の中だけであれば、お互いに好きなのだから問題ない。
それを外に出さなければ、問題にはならない。

「ただし、他の人にはばれないようにすること。遊びだって思わせておくこと。人のいるところでは今までどおりにすること。それが守れないなら、別れる」
「…分かりました」

まるで契約のようだった。
でも、こうでもしないと一緒になれない。

レギュラスは、名無しの髪を結び終えた。
長い髪を左側にまとめて結んだヘアスタイルだ。

レギュラスは名無しの後ろから前に戻った。
名無しは髪がどうなっているのか気になっているらしく、しきりにその髪留めを触っていた。

「気になります?」
「ん、平気。すっきりするね」

ふいに、その髪型が気に入ったのか無邪気に笑った名無しの額にキスが落とされた。
驚いてレギュラスを見上げた瞬間、そのまま唇を奪われる。
ふにゃっとした感触に、一気に恥ずかしさがこみ上げた。
顔を引こうにも結ったばかりの髪を崩さないように、そっとレギュラスの手が頭に添えられていて逃げられない。
ぬるりと口の端から侵入してきた舌に、かぁっと顔が熱を帯びた。

「んっ…う」
「名無し、好き」
「…はぁ、うん、好き…?」

耐え切れず声が漏れたところで、ようやくレギュラスは唇を離した。
離したかと思えば、ぎゅっと抱きしめて耳元でそう言うものだから、名無しは耳まで真っ赤になってしまった。
わけも分からずレギュラスのいったことを復唱するように好きと言うと、彼はさらに抱く腕に力をこめた。
prev next bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -