「、うおっ」
「静雄!!ああまたおまえはそんな格好をしてっ…!だが今そんなことを言っている暇はないんだ!」
「何だよ、」
「静雄、おまえ、…折原家の長男、臨也様に何か心当たりはないか!?」
「え…」

静雄ははっとした。折原、臨也。二週間ほど前の、幽の代わりに出向いたパーティーでダンスを踊った。黒い髪に赤い瞳の、優しい笑顔が印象的な。静雄は唇に手を当てた。頬にキスをされたことを思い出して、顔が赤くなってしまいそうだった。

「…あるんだな!?」
「…あ、あるといえば…ある、けど。何かあったのか?」
「来てるんだ、今!静雄、おまえに会いにだ!」
「…は!?」

静雄は慌てて花を抱えたまま走り出した。父親も後ろから追ってくる。「1階のガーデンホールだ!」と後ろから言われ、静雄はガーデンホールへと向かった。ガラス張りで庭がよく見渡せる部屋で、お客様を通すことが多い。静雄はガーデンホールの扉の前まで来て、呼吸を整えてからゆっくり扉を開けた。原家は有名な由緒正しい昔からの上級貴族の家だ。父親も緊張しているようだった。部屋の中にいた、見覚えのある男が静雄を見る。

「…やあ、こんにちは静雄嬢。突然押しかけて申し訳ありません、近くまで寄ったものですから」
「い…臨也、様」

チャコール色のコートはきらきらと輝いていて、臨也にとても似合っていた。上から下まで上質なものに身を包んだ臨也は、椅子から立ち上がって静雄に近寄る。挨拶代わりに静雄の手を取り、口付けた。静雄は慌ててその手をばっと臨也から離した。先ほど土に触っていたのを思い出したのだ。

「臨也様!ご、ごめんなさい、ちょっと今、手が汚くて、」
「構いませんよ。…綺麗な花をお持ちですね?」
「え、ええ。先ほどまで庭で、…」
「見てましたよ、ここからは庭がよく…見えますから。金髪の女性がいて、静雄嬢じゃないかなと思っていたんです」

にこりと臨也は微笑む。静雄はなんとか笑顔を作ったが、心臓はばくばくと大きく波打っていた。静雄だってこんな格好だが、正式なこの屋敷の貴族の長女だ。そんな長女ともあろうお嬢様が庭にいたことを、こんな、王子様のような人に知られるなんて。静雄も一応世間体は気にしていた。自分のせいで親や幽に迷惑をかけたくなかったからだ。

「、…は、花が好きですの。思わず外に出てしまって、…でもさっきまでは、ダンスレッスンをしていましたのよ」
「庭に出ることは悪いことではありませんよ。むしろ僕は、素敵だと思うな」
「……でも、常識的に考えたら、」
「静雄嬢、常識ばかりが正しいことではありません。…庭にいる貴女の笑顔は、とても愛らしいものでした。……悪いけど、席をはずしてくれるかな」

臨也は後ろにいた付き人二人にそう告げた。付き人たちは「はっ」と答え、臨也に礼をすると部屋を出て行った。静雄の父親も静雄に小さく「粗相しないようにな…」と不安そうに告げると、同じく部屋を後にする。しいん、と部屋が静かになった。二人だけの空間だ。

「さて、と…遅くなってすみませんでした。本当はすぐにでも会いにきたかったんですが」
「、いえ…」
「なかなか忙しくて。今日も実は家の者には内緒なんですよ。…それでも、静雄に会いたくて、ヴァイオリンのレッスンをサボってしまった」
「……臨也」

一度部屋に戻って着替えてから来ればよかった、と静雄は心底後悔した。化粧も薄くしかしてないし、髪の毛も一つにまとめているだけだ。ついこの前、母親が買ってきてくれた優しいパープル色のドレスがクロゼットに入っていることを思い出した。

「…あの、お時間を、いただけません?」
「え?」
「一度、部屋に戻って来ますわ。こんな格好では、恥ずか…」
「…本当は、ドレスなんて嫌いなんじゃないのかい?」

突然臨也の声の質が変わり、静雄は顔を上げた。臨也はいつもの優しいふわりとした笑顔ではなく、不敵な、唇の端をにっと上げたような笑みをしていた。静雄は目を丸くしてしまう。これは誰だろう。これは…。

「そ、そんなことは…」
「君の父上は俺が静雄に会いたいと言ったらそれは驚いた顔をしていたよ。…こんな美人な君が、今だ手付かずなんて、何かあるとは思ってたけど」
「臨也、」
「ま、それは俺も同じだけど。…久々に、本気になりそうだよ」

気づくとすぐ傍に臨也の顔。静雄が後ずさろうとするが、すぐに壁に追いやられてしまった。バン、と静雄の顔の傍に臨也の手がつかれる。臨也の言った通り、静雄はまだ誰とも恋人関係になったことなどないし、キスだってしたことがない。周りにいる男といえば父親や執事だけ、という環境で暮らしている。勿論、こんなに間近で見つめられたことなどない。

「、」
「静雄」
「ッ……やめ、…やめろっ!!」

臨也の瞳が閉じられ、唇が近づく。静雄は我慢できなくなって思いっきり臨也の身体を跳ね飛ばしてしまった。臨也の身体がガシャンとテーブルと椅子へと追突する。静雄ははっと我に返る。と、と、とんでもないことをしてしまった!

「、い、…臨也…ご、ごめんなさい!わ、私、ちょっとびっくりして、つい」
「つい、で…これ?ふっ…はは、…あはははっ…ははは…!」

乱れた髪をかきあげながら、尻餅をついたままの臨也の傍に静雄は慌てて近寄る。いきなり笑い出したので、頭でも打ったかと心配になったが。臨也はひーひー言いながら静雄の方を向いた。

「あー、笑った笑った…ふふっ、静雄は俺の期待を裏切らないよねえ」
「え…」
「来て正解」
「、…ンっ!?」

ぐいと引き寄せられたと思ったら、臨也の唇が自分のそれを塞いでいた。静雄はもうなんだかよくわからなくて、目が見開いたまま暫くそのままだった。臨也の唇は実際には少しの間しか触れてなかったが、静雄にはとてつもなく長い時間だったように思えた。

「………」
「静雄嬢、唇もお花の味がしますね?」

臨也の表情は静雄の知っている優しい笑顔に戻っていた。するとコンコンと扉をノックする音がする。臨也が「はい」と言うと、先ほど出て行った臨也の付き人が顔を出した。

「臨也様。お時間です」
「ああ、わかった。…それじゃあ静雄嬢、今日はこの辺で、ごきげんよう。…今度会う時は、もっと素の君に出会えますように」

にっこり微笑んで立ち上がると、臨也は挨拶のキスを静雄の手の甲にして部屋を出て行った。静雄はぺたんとその場に座り込む。あれは、確かに、キスだった。どうしよう、キスなんて、付き合ってもいないのに!静雄は頬に手を当ててその熱さに驚いた。前に臨也に頬にキスをされた時よりずっと熱かった。この熱はしばらく引きそうにもない。



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10000hitフリリク:ヨウ様
「ロマンティックにワルツ 続編」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!
続編を書かせていただけてとても嬉しいです!

臨也と出会ってから二週間後を書かせていただきました。
臨也も猫かぶっていたんだよ、という感じで…長くなってしまったので2つに分けさせていただきました。
後編しか臨也が出てきてなくてすみません…!

こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので…!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201009
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