ファーストアフタースクール





※「フライデーアフタースクール」番外です。



新任として春から高校教師として働くことになった臨也は、始業式の前日、準備のため高校へ出向いていた。ロッカーに番号のシールを貼ったり名簿を作ったりといった作業を終え、臨也は広い校舎をぐるりと一周回っているところだった。別に目的はなかったが、まだ知らない場所も多くあったため、探索でもしようと思い立ったのだった。

「だめよ、曲とずれるところが多すぎるわ。もっとリズム感を持って。…次、平和島!」

たいした学校だと思う。体育館なんかはメインアリーナとサブアリーナが2つで合計3つもあるなんて。臨也はその1つ、東校舎2階にあるサブアリーナに差し掛かったところだった。天井も高く、3階部分が天井部分となっているようだった。ドアの部分だけガラス張りになっていて、中が見えた。

「はい」

臨也は好奇心から、そうっとドアから中を覗いてみた。そこには同じジャージを着た何十人もの女子生徒がおり、だが皆ぐるりと真ん中を囲むように座っていた。一人だけ、その中央に立っている。だぼっとしたシャツに、短いショートパンツをはいている。手には2本のクラブを持っていた。

(………新体操、かな?)

生徒たちの周りには見覚えのあるリボンやフラフープが置かれていたので、臨也はそう判断した。テレビでオリンピックなどの大会競技として見たことはあったが、実際に目にするのは初めてだった。そしてもう一つ気になったこと。今中央に立っている女子生徒は金髪である。臨也には後ろ姿しか見えなかったが。

(金髪、オッケーだったっけ?ここ…)

考えているうちに、微かにだが曲が聞こえてきた。そして臨也は目を見開く。くるりとこちらを向いたその女子生徒が、とてつもなく愛らしい顔立ちをしていた。よく見るとかなりの長身で、細い身体をしていることがわかる。ふっと彼女の手からクラブが消える。と思ったら回転しながらまた彼女の手元へ戻った。

(………すご…っ)

流れる旋律に上手くバランスを合わせ、曲と同じようにクラブが動く。リボンやフラフープではないのにとてもしなやかで、だが力強さも兼ね備えていて。素人の臨也でも彼女がかなりの腕前であることがわかった。演技に惹きこまれそうになっていると、突然遠くから声がした。

「あら、折原先生ー?」
「、っ」

びくっとして振り向くと、にこやかに笑う年配の女性がいた。確か隣のクラスの担任となっていた教師であったように思う。臨也は慌ててドアから離れ、その女性教師の元へ駆け寄った。

「もう15時ですよ。新任の先生は着任式の準備があるんじゃなかった?」
「あ…そうでした、すみません。ありがとうございます」
「メインアリーナ、そこの階段下りて右よ」
「はい」

臨也は慌てて階段を下り、メインアリーナへと向かう。頭の中は先ほどの金髪の女子生徒でいっぱいだったが。教師になったのなんて気まぐれで、たいした意味もなかった。これは退屈せずにすみそうだ、と臨也はそっと笑った。






「ああ、ごめん、ちょっといいかな。職員室ってどっち?」

これも別に狙ったわけではなかった。着任式の準備を終え、職員室に一度戻ることになった臨也は、東校舎の1階まで来たものの、どう行けば職員室へ辿りつけるのか困っていた。そんな所、女子生徒が一人階段を下りてきたのだ。それはあのサブアリーナにいた金髪の女子生徒だった。

「…ここを真っ直ぐ行って、突き当たりを右です」

女子生徒は臨也の来た方と反対側を指差して言った。間近で見ると本当に綺麗で、だが臨也にはどうも綺麗、より可愛いと映った。臨也は女の子に話しかけることになんの抵抗もなく、夜遊びしたことも多い。さらっと言葉が続いてしまった。

「そっか、ありがとう。…君に聞いて良かった、可愛いし」
「、」
「またね」

臨也はにこりと微笑んで踵を返した。言った後で生徒に対しては駄目だったかなと思ったが、本当のことなのでまあいいかと思いなおす。そう、ただ可愛い生徒で終わるはずだった。だが、臨也の頭から金髪の女子生徒が消えることはなかった。始業式が終わり、クラスの中に女子生徒の顔を見つけた時、臨也の心の中にぶわっと幸福感が漂った。臨也はこの気持ちを知っていたが、先生と生徒なんて、そんな、どこかの少女漫画じゃあるまいし!

「折原先生、かっこいい〜!」
「今日おはようって言われちゃった、ラッキー!」

顔の良い臨也はすぐに女子生徒たちの憧れの的となった。寄ってくる女子生徒の中には、金髪の…平和島静雄はいなかったが。平和島静雄。毎日教卓から彼女の名前を呼べるのは、この学校で自分だけ。そんなもの担任なので当たり前なのだが、臨也はそんな些細なことでさえ嬉しく感じてしまう。クラスの担任になって一ヶ月が過ぎたあたりのことだった。これはまずいと思ったが、彼女のことが気になって仕方がない。臨也は付き合っていた女性たち全員とこの頃別れた。






「…折原先生?」

サブアリーナはどうしてドアしかガラス張りじゃないのだろうと臨也は何度思ったことか知れない。そのうち静雄に見つかってしまう。6月下旬、金曜日の放課後のことだった。臨也は事務仕事を終え、さあ帰ろうと駐車場まで行ったのだが、サブアリーナにまだ電気がついていることに気がついた。確か新体操部の顧問は臨也より先に職員室を出て行ったはずだったが。臨也はサブアリーナへ向かった。

「、平和島さん。…一人なの?」
「はい、まあ…」

静雄は様子を窺おうとドアの近くにいた臨也に気付き、近寄ってきた。ドアが開けられる。中には静雄が一人いるだけだった。ラジカセから音楽が流れている。

「邪魔しちゃったかな、ごめんね。…でも、もう9時半近いよ。新体操部は終わったんじゃ…」
「…明日、大会なんで。……個人競技、出るんで」
「……」
「10時までには帰りますから」

静雄は苦笑すると、ドアを閉めようとした。それを臨也は気付くと止めていた。履いていたスリッパを廊下に残し、臨也は中に入る。静雄はきょとんとしていたが。

「先生」
「個人競技って、何やるの?リボン?」
「いえ、クラブです。…これ、」
「へえ」

そういえば始業式の前に静雄を初めて見た時も、このクラブを持っていた気がする。臨也は1本借りてみた。使い込んであることがよくわかった。くるくると回してみる。

「…でも、平和島さん、1年生から大会とか代表で出てたんでしょ?」
「え、…なんで知って」
「俺は担任だよ?知ってるよ〜。…上手いんだろうね。うちの学校の新体操部はたくさん部員がいるのに、1年生から選ばれるなんて」
「…まだまだなんですよ、本当。だからこうして、残り練習なんてしてるんです」

臨也は静雄にクラブを返した。静雄はそれをふわっと宙に向けて放る。身体をぐるんと後ろへ一回転し、クラブを手でなく足で取った。臨也はすごいね、と拍手をした。静雄は少し嬉しそうに笑った。

「残り練習をする人は、まだまだなんかじゃないよ」
「…え、」
「一日の貴重な時間、今日この日はもう何をしたって戻ってこない。そんな時間を練習にあててるんだ、…そんな人が、まだまだなわけない。君はもう充分上手だ、…でも自分では納得ができない。そうなんだよね?」
「…はい」
「満足したらそこで成長は終わりっていうけど…俺はそうは思わない。満足したっていいと思うんだ。満足して、自分に自信を持って、演技に挑めば良い。自信がなければ、もらえばいい」
「…誰に…?」
「お客さんに、だよ」

顧問が座っていたのだろうか、椅子が一脚出されていた。臨也はその椅子をがたがたと持ってくると、当たり前のように座った。静雄は目をぱちぱちと上下させて臨也を見ている。長い睫毛だなと思った。

「新体操ってのは芸術だろう?つまりお客さんがいる。大会でも拍手をもらうだろ」
「……」
「お客さんをカボチャなんかに例えるのは勿体ない。惹きこんでしまえばいいんだよ。平和島さんにはそれができるよ」
「…先生、」
「俺もその一人だ。…平和島さん、一曲、お願いできないかなあ?こんな近くで平和島さんの演技を見れるチャンス、そうないでしょ?」

静雄ははっとして顔を上げた。悩むような表情を見せたが、臨也がにこりと微笑んで見上げてくるので、最後にはこくんと頷いた。ラジカセを操作し、クラブだけ持って臨也の延長線上に立つ。その立ち姿に、臨也は笑みを潜めた。凛とした綺麗なそれに、鳥肌が立ちそうだった。

(……上手だなぁ、)

静雄はやはり上手かった。音楽にぴたりと合い、技術も申し分ない。1年生から代表なのも納得がいく。それでも彼女がまだまだだと思うのは、ある意味、良いことかもしれない。きっとこれからもどんどん上手くなるだろう。音楽が終わると、臨也は溢れんばかりの拍手を静雄へ贈った。静雄はふわりと愛らしく微笑んだ。土日の後の月曜日、彼女は個人競技で銀メダルを取ったと、一言だったが嬉しそうに話してくれた。






7月になるとテストがある。静雄は数学のテストの日に熱で欠席をしたため、臨也は補習を行うことにした。テストを休んだことで不安そうな静雄に補習で受けてもらえればいいよと伝えるとほっとした顔を見せた。この顔もかなり可愛かった。臨也はもうここのところ毎日静雄のことばかり考えていた。生徒だが可愛い。本当に可愛らしい。無事終わった補習の後に学級日誌を書く彼女を見つめる。

「可愛いよね」
「は、…え?」

臨也はしまったと思ったが、顔には出さないようにした。つい言葉に出してしまった。もうこのまま言ってしまおうか。だめだったらはぐらかすか。…はぐらかす、と考える自分が案外告白を怖がっているように見えて、臨也は信じられない気持ちだった。まさかこんなに好きになるなんて。きっと初めて会った時から、こうなる運命だったのだ。

「…半年考えてたんだよね。初めて会ってから、ずっと」
「、何、を…」
「どうしたら君を、………」

俺のものにできるかどうかをね。そう、頭の中にはきっとそのことがいつも浮かんでた。臨也はそっと微笑む。ああ、どうかその小さな桃色の唇から、俺を喜ばせるための愛の言葉が紡ぎ出てきますように。



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10000hitフリリク:となみ様
「「フライデーアフタースクール」臨也の告白までの葛藤」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

か…葛藤してますかねこれ…す、すみませ…!
「フライデーアフタースクール」と所々リンクしています。シズちゃんの部活は新体操にしてみました…趣味にぶっとんでてすみません…!
こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので…!

これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201008
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