恋人たちと歌舞伎町





※「彼と私と歌舞伎町」続編です。


「ああもうシズちゃんはかわいいねえ!シズちゃんを見てるとなんだか天使が舞い降りたみたいだよ〜!!」
「そんな…、…ありがとうございます」
「シズちゃんのためにもう一本ボトルいっとこう!」

イライライライラ。臨也は隅のカウンターでちらちらと目当ての彼女のいるテーブルを見ていた。ライトに反射する金髪はきらきらと綺麗で、今日の白いAラインのドレスがよく似合っている。店に多くいる女性の中でも特に輝いているように見えるのは、彼女が臨也の恋人であるからだろうか。

「まあ折原様、ここにすっごく皺が寄ってますよ」

くす、とカウンターの向こう側で、自分の眉間を指差してママが笑った。臨也ははあ、とため息をついて彼女から意識をそらそうとした。だが、テーブルから聞こえてくる年配のサラリーマンとの会話が妙に耳について離れない。とても気になる。

「…無理だ…皺が寄る」
「あらあら。折原様、水割りはいかが…って、私よりシズちゃんのがいいわね。シズちゃーん」

ママがカウンターから呼びかけると、彼女ははっとして顔を上げた。上質なソファから立ち上がり、客であるサラリーマンたちに礼をして、カウンターに駆け寄ってくる。ママは臨也ににっこりと笑いかけた。臨也は小さく「悪いね」と呟いた。

「ママ、何か…」
「折原様がずうっとシズちゃんをお待ちよ」
「、…折原様、お待たせして申し訳ありません」

彼女は一瞬だけ臨也をむっとした表情で見ると、すぐにふわりといつものスマイルに変わった。それがとても可愛くて、臨也の嫉妬に溢れた心なんてどこかにいってしまう。彼女はなかなか臨也に笑いかけてくれなかったものだが、それも遠い昔のことのように思える。今では他の客と同じように、臨也にも笑いかけてくれる。

「それじゃ、ごゆっくり」
「ありがとねママ」

ママは上品な笑顔を見せると、カウンターを抜けてテーブル席へと向かっていった。彼女はふうと息をついて、臨也の隣のイスに座った。カウンターに肘をついて、臨也を見る。残念ながらもう笑顔ではなかったが。かしゃかしゃとグラスに氷を入れ、彼女は臨也の水割りを作り始めた。

「シズちゃん、笑ってよ。まだ仕事中でしょ?」
「…ママに迷惑かけた」
「俺がね。…ねえシズちゃん、今日もとっても可愛いね。すっごく可愛いよ」
「…折原様、」
「大丈夫、誰にも聞こえないよ…シズちゃん」

彼女、静雄はきょろ、と辺りを見回した。大きな観葉植物が置かれているせいでこの席は他の客からはよく見えないだろう。静雄はもう一度臨也の方に向き直る。

「……臨也」
「なあに?シズちゃん」
「…すごい目、だった。さっき…私を、見てただろ」
「ああ…気づいてた?だってシズちゃんは俺の彼女じゃ、もがっ」

静雄ははっとしたように臨也の口を手で押さえた。二人が恋人同士になってから二週間。静雄は誰にもこの事実を知られないようにと特に注意して過ごしていた。静雄はホステスで、誰のものにもならない。そのはずだったし、他の客もそう思っている。臨也と恋人同士だと知れたら、最悪仕事を辞めなければならないかもしれない。

「ばか!」
「ば、ばかって…ひどいなぁ」
「、と、とにかくっ…店では、臨也も他のお客さんも一緒だから」
「……」
「ここでは私はホステスで、お客さんをお迎えする立場だから、…」
「シズちゃーん!」

また他の客から静雄に声がかかる。静雄ははいと返事をして、出来上がっていた水割りを臨也の方へやり、立ち上がった。申し訳なさそうに笑う。

「じゃあ、また後で。失礼します、折原様」

ぺこりとお辞儀をすると、彼女は声のかかったテーブルへ向かっていった。その後ろ姿を見ながら、臨也はため息をつく。彼女は仕事をとても大事にしていて、臨也がいくら彼氏だろうと店では特別扱いをしない。それはとても彼女らしくて、何も間違ってはいないのだが、これでは付き合う前と変わらないではないかと臨也は思う。グラスを持ち、二口ほど水割りを飲んだ。すると横から声がかかる。

「こんばんは、折原様」
「……、君は」
「折原様、一人だなんて寂しくない?私でよかったらご一緒させてください」

ね?とにっこり笑う、ピンクのドレスを着たホステス。明るめの茶髪をくるんと巻いており、きらきらとしたヘアアクセサリをつけている。店に来るとよく見かけるホステスの一人だった。臨也が頷くと、彼女はそうっと先ほどまで静雄が座っていたイスへ座った。

「シズ、売れっ子だから、仕方ないよ」
「…やっぱりそうなんだね」
「折原様、知っててシズを指名してるんじゃないの?」
「シズちゃんが一番だろうと二番だろうと、関係ないよ」

ふうん、と彼女は呟いた。香水の匂いがふわりと香る。甘すぎずきつすぎず、花の良い香りだった。よく見るととてもかわいらしい顔立ちをしているホステスだった。

「…いいなあ、シズ。折原様みたいなかっこいい人にたくさん指名もらってて」
「そう?」
「そうだよ!折原様ね、ホステスの中でも人気があるのよ。かっこいいって皆言ってる」
「どこらへんが?」

臨也の問いに彼女はきょとんとして、そしてふふっと肩を震わせて笑った。じいっと臨也を見つめ、また笑う。

「眼。鼻。口…」
「顔?」
「首と、手と、そうね、雰囲気も。全部だね!」
「すごい褒め言葉だね」
「折原様、モデルや俳優じゃないよねえ?ってくらいかっこいいもの」

臨也はふっと笑った。その笑顔を見て、彼女は「そう、それ、笑顔もね!」と手を叩いて笑った。明るくてとても話しやすいホステスだ。このクラブでは臨也は静雄以外のホステスとあまり話すこともなかったので、なんだか新鮮だった。臨也はぐいと水割りを喉へ流し込んだ。

「シズもすごく綺麗だから、二人並んでるとすごく近寄りがたいよ」
「なんで?」
「私みたいな不細工が行ったら、目立っちゃうじゃない」
「君が不細工だって?充分綺麗だと思うよ」
「、……ありがとう折原様。折原様にそう言ってもらえたなんて、嬉しいな」

彼女はどこからか出した名刺入れをパチンと開き、一枚臨也へ差し出した。臨也はそれを受け取る。クラブの名前と、その女性の名前、出勤する曜日が書かれていた。彼女は苦笑する。

「シズが他のお客さんのとこ行ってて、暇な時にでもどおぞ」
「…ありがとう」
「私、お客さんの色々なお話を聞くのが好きなの。今度また折原様のお話も聞かせてね」

奥の方のテーブルから、今さっき渡された名刺に書かれていた名前が呼ばれた。彼女はそれに気付き、はあいと答える。

「行かなくっちゃ…またね、折原様」
「うん、ありがと」
「失礼します」

静雄と同じように臨也に頭を下げ、彼女もまた去っていった。臨也は貰った名刺をまじまじと見つめ、ポケットにしまった。ちらっと静雄のいるテーブルを見るが、静雄は臨也の視線に気づいていないのか、気づかぬふりをしているのか、客である男と何か喋っていた。結局閉店まで静雄の手が空くことはなく、臨也の水割りのおかわりを静雄が作ってくれることもなかった。






「シズちゃん」
「……、」

クラブの入っているビルの裏で、高級車に乗って臨也は静雄が出てくるのを待っていた。店に来た日は静雄の終業時間を待ち、家まで送ることにしていた。見知った金髪が通用口の扉から出てくると、臨也は窓を開けて静雄を呼んだ。

「待ってたよ。乗ってくでしょ?」
「…さんきゅ」

今日の静雄の私服は長めのチュニックにショート丈のデニムのパンツだった。可愛いな、と臨也は心の中で呟き、助手席のロックを解除する。静雄は辺りに誰も人がいないことを確認し、助手席に乗り込んだ。

「今日も遅くまでお疲れ様〜」
「…ん」
「シートベルトしてね。じゃ、シズちゃんの家までレッツゴー」

静雄がシートベルトをしたのを確認し、臨也は車のアクセルを踏んだ。車内は静かで、静雄から口を開くことはなく、ずっと窓の外の過ぎ去る街の景色を眺めていた。交差点の赤信号で車が停まる。臨也は静雄の方を向いた。

「シズちゃん、疲れてるの?」
「…まあ」
「…ふうん、そっか。寝てていいよ?シズちゃ、」
「………臨也、…窓開けたい」

静雄は臨也の方を向かずに言った。車内はクーラーがきいていて涼しいのに、窓を開けてしまうのか。不思議に思ったが、臨也は「いいよ?」と返す。助手席の窓が開けられ、ぶわっと夏の夜の空気が入ってきた。

「…何かあった?」
「花の、…」
「花の?」
「……花の香り、する。車の中、…」

信号が青になり、臨也は再びアクセルを踏んだ。花の香りなんてするだろうか。だが、言われてみれば…。臨也は片腕を顔に寄せ、息を吸ってみた。このコートだろうか。

「…俺かな?」
「……私、フローラル系の香水じゃないから」
「俺も違うんだけど…」
「……」

静雄はそこでやっと臨也の方を向いた。その表情は不機嫌そのもので、むすっとした表情のまま、臨也のコートを指差した。ああやっぱりそうか、と臨也は車を左側へ寄せ、停めた。コートをその場で脱ぐ。

「そんなにする?」
「…ポケット」
「え?」
「名刺!」

名刺、ああ…と臨也はコートのポケットに手を入れた。クラブで貰った、あのピンクのドレスの彼女の名刺だ。出した瞬間にふわっとまた花の香りが車内に広がった。

「、これか…名刺に香水が」
「……」
「…シズちゃん」
「…貸して」

静雄は右手を差し出した。臨也は罰が悪そうにしながらそれを静雄の手に乗せる。と同時に静雄の左手も伸びてきて、その名刺をびりりと半分から二つに破いてしまった。臨也はぽかんとそれを見ることしかできなかった。

「、」
「……馬鹿みたい、…だろ。……」
「…え」
「……臨也には、…皆お客さんとして、同じだとか言っておいて、……そう、臨也はあの空間ではお客さんなのに、」

破いた名刺をぐしゃりと静雄は握りつぶした。臨也はコートを後部座席へとやった。そっと静雄の手に触れる。静雄は俯いたままだった。

「…その、……臨也、が…他の女の子といるの見ると、どうしようもなく、…イライラして…」
「……」
「名刺、ごめん、でも…ちょっと、我慢、できなくて。ごめん…またあの子に貰っておくか、ら」
「いいよ、シズちゃん。もう貰わなくていい」

臨也は静雄の手をぎゅっと握りしめた。静雄の手の中にあったぼろぼろになった名刺を抜き出すと、それも後部座席へやる。もう片方の手で静雄の肩を抱き寄せた。

「シズちゃんは悪くないよ、ごめん、俺が、」
「いや、臨也は何も…」
「…ごめん。シズちゃんが人気のあることは俺にとっても嬉しいことのはずなのに、…自分勝手なんだよ、俺は。シズちゃんにいつも、俺だけを見ていてほしくて」
「………、…私のが、自分勝手、だ」

静雄は臨也の首に腕を回した。臨也は静雄の髪をそうっと撫で、顔を埋める。優しいオークモスの香りがした。

「臨也、…本当は、ずっと臨也の相手を、」
「うん、……けどお仕事だもんね。シズちゃ…静雄は優しくて偉くて、…仕事を大事にできるのは、いいことだよ」

シズちゃん、ではなく静雄、と臨也は呼んだ。ここは店の中でもなんでもなく、今はホステスとお客でもなく、ただの恋人同士だ。臨也は静雄の耳にそっとキスをした。

「静雄、心の狭い俺でごめんね」
「…私も、…ごめん、臨也。…でもありがとう」
「俺こそ」

もう花の香りはしない。額と額をくっつけて笑い合うと、二人は暗い車内で甘いキスをした。どんな香水より甘かった。




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10000hitフリリク:煌様
「「彼と私と歌舞伎町」続編、ラブラブな2人」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

続編のリクいただいてとても嬉しかったです…!ありがとうございました!
ラブラブ…最後のほうしかラブってなくてすみませ…!
こんなものでよければお持ち帰りも可ですので…!

これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201009
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