What's your temperature?





ああどうして俺のこの心はよりによってあいつを選んだのだろう。どうせ報われるはずもない。




「やあ、シズちゃん」
「臨也…!何しにきやがった!!」

さらりとした黒い髪、深くて赤い瞳、端正な顔立ち。細くて長い指はとても綺麗で、繊細だ。静雄は握っていた一時停止の標識をめりっと更に力を入れて握りしめた。相手を睨む視線はそのままに、決して、今日会えてうれしい、だなんて、そんなことは、顔に出さないように、出さないように。

「何ってー、シズちゃんに会いに?」
「ふざけんな!帰れっ」
「そんな怒んないでよ、冗談じゃない」

その男、臨也はくすくすと笑う。臨也から発された言葉に少しでも揺らいだ自分が恥ずかしい。高校生の時から仲が悪く、喧嘩を繰り返してきた間柄だ。もう今更、どうしようもない。修復するのなんて不可能なところまで来てしまった。自業自得の部分もあるから、もう静雄は何も言えない。

「絶対殺す!ぶっ殺す!」
「俺痛いのはやだなぁ、シズちゃ」
「おい静雄〜」

静雄ははっとする。振り向くと上司が時計とこちらをちらちらと見ていた。静雄は慌てて「すみませんトムさん、」と上司の元へ駆け出そうとする。するとその手首をがしりっと掴まれた。臨也の手だ。

「、おい」
「…せっかく池袋まで来たのに」
「はあ?ちょ、…離せよ!」

ぶんっと腕を振ると、案外簡単に臨也の手ははずれてしまった。あ、と静雄は心の奥底で少し残念に思う。臨也の手が自分に触れていた。手首が熱かった。たったそれだけのことなのに。

「静雄〜、ちょっと急ぐぞ〜」
「、はいトムさん!すみませんっ」

静雄は自分の気持ちを無理やり沈めこむと、今度こそ上司の元へ走った。後ろで臨也が小さく舌打ちをしたのは静雄には届かなかった。静雄はずっとずっと臨也が好きだった。高校の時からずっと、この想いは変わらなかった。喧嘩の後はいつも後悔ばかりした。臨也が女と歩いている度に心がずきずきと痛んだ。静雄はその気持ちに早くから気付いていたが、何もできなかった。このままの関係を続けていれば、臨也には会える。高校を卒業しても静雄の思ったとおり、二人は何度も顔を合わせた。静雄は臨也を追いかける。臨也は逃げる。捕まらないんだろうな、と静雄はわかっている。






臨也はぎり、と唇を噛んだ。あの上司、本当に苛苛させてくれる。あれは知っていてやっている、と臨也は感づいていた。だが静雄が傍にいて、しかもあの上司によく懐いているのでどうにも動き出せなかった。悔しいが、上司といる時の静雄の笑顔は本当に愛らしい。ふわりと微笑んで、まるで別人のように振舞って。静雄が臨也へ笑顔を向けたことなど一度もなかった。

「…くそっ……」

呟いて臨也は新宿のマンションへと戻った。波江は既に帰宅したらしく、部屋はしいんと静まり返っていた。といってもいつもそんなに騒がしいわけでもないが、この静寂が臨也の苛苛を募らせた。

「…シズちゃん、……」

ソファにどさりと倒れこむ。臨也は静雄へある感情を抱いていた。高校時代、彼を見た時からずっとずっと、その想いが途切れたことはない。適当に遊ぶ女も気付けば金髪の長身な美人ばかりで、臨也はこれは相当きてる、と悩んだものだった。静雄のきらきらした金髪に触れたい。あの細い腰に触れたい。あの桃色の唇に触れたい。夢の中で何度抱きしめたかわからない。

(……ああ、できることなら高校1年の春に戻りたいよ俺は!そうしたらもっと上手くやるのになあ、やったのになあ。どうでもいい女は本当どうとでもなるのに、なんであの子は思い通りにならないんだろう。俺は何か間違ってるのか?だけど相手はシズちゃんだ、下手にでたらもう……いやだそれだけは勘弁だ、)

飽きられたくない。ずっとずっと見ていて欲しい。こんな不安定な何色かもわからない糸で繋がっている。いつ切れるかもわからないそれに、臨也は不安も感じていた。静雄が好きだった。何もかも愛しく思える、からこそ、怖かった。

(あの上司にでも奪われてみろ、俺。…うっわ、想像しただけで泣きそうだよ…)

惚れ薬とかないかな、と新羅に聞こうと携帯に手を伸ばしかけた自分がいる。そんなものあったら苦労はしない。いつか静雄が愛をこめて自分のことを「臨也」と微笑んで呼んでくれる日がきたら、もう自分は死んでもいいかもしれない。いや、それはだめだ、そんな幸せな状況で死ぬなんて勿体なさすぎる。臨也はゆっくり立ち上がってパソコンの傍へ寄った。

「……明日のシズちゃんの仕事は…っと」

ウィンとパソコンの電源がつく。自分自身が情報屋で助かった。明日も静雄は今日と同じく昼から仕事らしい。また会いにいこうかな、と臨也はイスに深く座った。この膝に、シズちゃん乗ってくれないかな。臨也、…大好き、愛してる、なんて言って、腰を振………臨也はため息をついた。






「静雄、大丈夫かぁ?」
「へ…」

静雄は顔を上げる。最近あまり寝ていないためか、頭がぼおっとすることが多かった。高校時代からため込んでいたものが、だんだんと溢れだしてきていた。それにしてもやけに暑いが。静雄は振り払うようにふるふると首を振った。

「だ、大丈夫です。すみませんトムさん…心配かけちまって」
「気にすんなって。ま、最近暑いし、そのせいもあんだろ。シェイク飲むか〜?」

とん、と優しく上司が背中を叩いた。本当に優しくだったのだが、静雄はふらりとふらついた。上司は途端に眉を寄せる。

「おい、…静雄、」
「…暑いっすね、なんか今日…」
「いや、いつも暑いっつっただろ…やべーんじゃねえのか、」

上司は静雄の肩をぐっと掴むようにすると、近くの座れそうな場所を探した。運よく自動販売機の傍にベンチを見つけ、そこへ静雄を座らせる。ぐったりした静雄を見つつ、ポケットから小銭を取り出し、冷たいスポーツドリンクのボタンを押した。

「ほら、静雄」
「、ひゃっ…す、すみませ、」

出てきた缶を拾い上げ、そのまま静雄の額へ持っていく。いきなり感じた冷たさに静雄はびくんっと驚いた。上司は笑いながら静雄の隣へ座った。缶を今度はそうっと静雄の首筋へ当てる。

「だからいーって。熱中症かもなぁ、ちゃんと水分とらねーとだめだぞ。熱冷ますには首筋がいいんだ」
「、そう、なんすか…」
「…静雄」

す、と上司は静雄の腕を引いた。静雄はバランスを崩し、上司の肩にもたれかかる。わ、っと静雄は起き上がろうとしたが、ぽんぽんと優しく髪を撫でられ、それがとても気持ちよかったので、起き上がるタイミングを逃してしまった。

「、……トムさん」
「…なあ静雄。もうおまえ、あの情報屋に絡むの、やめたほうがいいんじゃねえか?」
「え、…」
「おまえが絡んでいかなけりゃ、あいつも自分から手出すことはしないんじゃねえ?」

静雄は上司を見上げた。確かに、上司の言う通りだった。臨也は自ら静雄へ突っかかってくることはないだろうと思える。だが、自分が臨也を追いかけることをやめれば、もうそれまでだ。だが…明らかに仕事に迷惑がかかっているのはわかっていた。

「…そう、っすね…仕事にも迷惑、かけてますし…」
「いや、そう意味でなくてだな。……まあつまり、俺は、」
「あっれえ?奇遇だなあシズちゃん、どうしちゃったの?」

ふわり、と視界に黒い影。それが臨也のコートだと認識できた時には、臨也はにっこりとした笑顔で静雄の前に立っていた。この夏場で暑いはずなのに、汗を少しもかいていない。いつもの赤い瞳が今日はやけに濃く見えた。

「い…臨也…!」
「弱ってるの?かわいそう〜」
「…、…くそっ、最近よく来やがる、な」
「来る理由があるからねえ」

臨也がちらりと静雄の上司へ目線を合わせる。上司はふう、とため息をついていた。臨也はどこからかナイフを取り出すと、素早くそれを静雄に向けた。気付くとはらり、と蝶ネクタイが落ちていく。これはスイッチが入る。入らずにはいられない!

「いっ…臨也ア!!てめ、幽からもらった服をっ」
「、おい静雄!」
「…そうだよシズちゃん、…こっちにおいで」
「な、」
「俺を殺すんだよねえ?ほらほら、逃げるよ〜」

待て臨也、と静雄は立ち上がり、走り出す臨也を追った。ゴトン、とスポーツドリンクの缶が落ち、上司が何か叫んだが、静雄の耳には入らなかった。臨也のことしか頭になかった。暫く臨也を追って走ると、路地裏に入った。すると確かに臨也のすぐ後に続いたはずなのに、そこに臨也の姿はなかった。

「…、どこいきやがった…」

はあ、はあ、と息使いが荒くなる。ズキズキと鼻と目の辺りや後頭部が痛んだ。仕方なく壁にもたれてそのままずるずると座りこむ。服のこともまた幽に謝らなくてはならない。はあ…と空を見上げたと思えば、また黒い影。静雄が目を見開いている間に、すたんっとそれは静雄のすぐ傍に着地する。やはり黒いそれは臨也のコートだった。

「はい、シズちゃん」

振り向いた臨也はすっと右手を差し出した。そこにはコンビニの袋いっぱいに、500mlのペットボトルが詰め込まれていた。全てスポーツドリンクである。静雄はぱちぱちと瞬きをした。

「…なんだ、これ、」
「プレゼントだよ。首に当てて、冷やすのは首が」
「知ってる。さっきトムさんに…きいた」

トムさん、と口に出すと臨也の顔がむっとなったのがわかった。臨也はがさっとペットボトルを一本取り出すと、それをいきなり静雄の首へぐいっと当てた。静雄はあまりの冷たさにまたしても跳ね上がる。

「、ふわっ!?」
「俺が買ってあげるから。このくらい」
「…え?」
「足りないならもっと買ってくるけど」

どさっと静雄の横にビニール袋を置き、臨也は静雄の目の前にしゃがみこんだ。折り曲げた膝に肘をついて静雄をじっと見ている。その距離がなんだかとても近くて、静雄は目をそらした。どきどきと心臓の音が速くなる。

「…い、いい。…さんきゅ…」
「…なんだ、お礼も言えるんじゃない」
「……でも、なんで」
「…さあ、なんでだろうね?」

臨也はほんの少しだけ苦しそうに笑った。静雄は首に当たるペットボトルが冷たくて気持ちがよくて、ゆっくり目を瞑った。そして再び開ける時、臨也の顔がこれまでにないくらい近く、それはもう近すぎて、

「、いざっ…」

何か言う前に唇を塞がれてしまう。臨也は目を閉じていて、静雄も思わずぎゅっとまた目を閉じた。まさか。心臓の音は高まって高まって、静雄は頭がくらくらした。あんなに冷たかったはずのペットボトルの温度が感じられない。なんていったって、唇が、口の中が熱くて熱くて。

「ん、ふっ…ん、んっ」
「…、は…、」
「、…っ、臨也…」

つ、と唇を離す二人の間に透明の糸が引いた。静雄は薄く眼を開けて臨也を見た。臨也も息を乱し、静雄を見つめていた。その表情はやはり苦しそうだった。

「……冗談っつっても、もう遅いよねえ」
「……、」
「あは、我慢できなかったや。だってシズちゃんはこんなにも……」

可愛いんだもん、と臨也は消え入りそうな声で呟き、ぺたんと地面に座り込んだ。臨也は汗をかいていた。静雄は傍にあったビニール袋から一本ペットボトルを取り出すと、臨也へぐいと差し出した。

「おまえが、買ってきた、やつだけどっ」
「…シズちゃん、顔真っ赤だよ…」
「お、おまえだって、汗、」
「……あーあ、なんでだろ。想像して思い描いてたのはもっと違う、…ああでも、いいか、もう、……ねえシズちゃん、」
「……」
「…これは冗談じゃない。俺は君が」

臨也が言いきる前に静雄はばっと行動に出た。臨也のコートを引っ張って、思い切りその唇に口づけた。臨也は目を見開いていたが、唇が合わさったことに気付くと、ぐいっと静雄を引き寄せ、抱きしめた。暑いけれど、なんだかとてもふわふわする気分で、静雄は泣きそうだった。夢でもなんでもない、現実で、今、臨也の腕の中にいる。

「、臨也…」
「……シズちゃん、都合よく考えても、」
「…いい。……」
「……っ好きだよ、好き、俺、高校の時から好きだったんだよ!…夢みたいだよ…」

こうしてシズちゃんを抱きしめることができるなんて。静雄はそっと臨也の頬に手を寄せた。「俺も……こ、高校の、時から、好きで、」と小さく呟くと、臨也はとても幸せそうに、苦しさなんてどこかに飛んで行ってしまったように笑った。その笑顔を見て、静雄はまた体温が上昇した気がした。ふにゃりと静雄も笑ってみせると、臨也の頬が急に熱くなった気もした。




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10000hitフリリク:おがた様
「お互いに両想いなのに、自信がなくて片思いだと信じきっている静雄と、どうにかして手に入れようと画策する臨也で、それに感づいたトムさんとの臨静←トム」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

トムさん…こ、こんな感じでよろしかったでしょうか…!
静雄がかなり乙女ですみません!でもとても楽しく書かせていただけました…!
こんなものでよろしければど、どうぞ…っ!!

これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201009

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