意地っ張り二人の恋だから





「シズちゃん、もういい。もういいよ。一番いい解決策が浮かんだよ」
「奇遇だな臨也、俺もだ」
「別れよう」
「さよーなら」






新羅はため息をついた。目の前では臨也がいつもと変わらないような素振りを装いながら、先ほど購買で買ったパンを食べている。いつもは臨也の横にいる静雄は、今日はいない。昼休みが終わると同時に教室を出て行ったので、行き先すらわからない。

「…臨也、」
「何?」
「僕が言いたいこと、わかるだろう?」
「わからないね」

その口ぶりは明らかに不機嫌そのものだった。臨也は食べ終わったパンの袋をぐしゃりと潰し、ガシャンとフェンスに寄りかかった。また喧嘩したのか…と新羅は黙って弁当の中にあった卵焼きを一口で食べた。臨也と静雄はお互いに素直になれない面がどうしてもあって、今までにも何度かこうした場面を新羅は見てきた。だが時間がたてばその仲はいつの間にか修復されているのだが。

「……」
「…何さ、臨也…」
「…卵……いや、なんでもない」
「……」

臨也はちらりと新羅の方を向き、ぼそりと呟いた。卵。卵焼きか。数日前、まだ静雄も一緒に昼食をとっていた時、静雄の弁当の中の卵焼きを臨也が無理やり貰っていたのだった。静雄は自分の弁当を自分で作ってきている。ついでに弟の分も作っているのだと言っていた。その卵焼きを臨也はとても気に入り、気に入り、気に入り…

「…臨也、悪いこと言わないよ。このままだと静雄の卵焼きはずーっと食べられないよ」
「……」
「しかも君、静雄に弁当を作ってきてもらう約束までしていたんじゃなかった?…今回は何で喧嘩したの?さっさと謝っておいたほうが…」
「もう遅いよ」

臨也はぼうっと空を見上げていた。新羅は今度はから揚げを口に入れようとしたまま止まった。臨也はため息すら吐かずに言う。

「俺たち、別れたんだ」






「ただいま…」
「兄貴、おかえり」

家に帰ると既に弟の幽がいた。リビングに声をかけ、そのまま2階への階段を上がる。突き当たりの部屋に入り、制服を脱いだ。適当なシャツにジーンズを履く。携帯を机の充電器に置き、また下におりようとすると、カシャンと何かが落ちる音がした。静雄は振り向く。

「……チッ」

机からフローリングの床へ落ちたのは、静雄がチェーンを通してネックレスとしていたシンプルな指輪だった。臨也から去年のクリスマスに貰ったものだ。だが、先週チェーンが切れてしまって、しばらくそのままになっていたのだった。静雄は躊躇したが結局
拾い上げ、机の引き出しの奥に入れた。

「……」

机の横のゴミ箱に入れられない自分がいる。つい先日、臨也と喧嘩をした。いつもの言い合いから始まった。静雄はだんだん思い出してきて、腹がたってきて、でも泣きそうにもなって。だが自分から謝ることは絶対にしないと決めていた。自分は悪くない。臨也が悪いのだ。

「……畜生」

引き出しを乱暴に閉める。些細なことから始まった喧嘩が、こんなことになるなんて。先週の日曜日、臨也は静雄とのデートを前日になってキャンセルした。静雄は残念に思ったが、仕方ないかと諦め、日曜日は一人で駅前にでも行くことにした。そして日曜日、静雄は駅前で女と一緒の臨也を見る。その女はしかも臨也の元彼女だったのだ。静雄は唇を噛んだ。その傷は今も、どちらも癒えていない。

「…、あ、ねえ、兄貴。ちょっと…」

ゆっくり階段を下りてリビングへ入ると、ソファに座っていた幽が顔を上げた。静雄はきょとんとして、幽の隣へ座った。幽は読んでいた雑誌を閉じてテーブルへ乗せる。

「なんだ?幽」
「あのさ。今日もお弁当、ありがとう」
「お、おう」
「でも…兄貴、何かあったの?」
「え…」
「卵焼き、卵崩れてたし、味もいつもと違って塩味だったし。それに、別にいいんだけど、いつもより冷凍食品も多かったし」

静雄の作る卵焼きは甘い味のものが多かった。卵もいつも完璧に巻かれているし、他のおかずも味気ないからといってあまり冷凍食品を好まない。幽は昼時に弁当箱の蓋を開けた時から、何か変だと感じていた。

「あ…わ、悪い。ちょっと寝坊しちまって、」
「…兄貴、いつもと同じ時間に起きてたじゃん。兄貴の部屋のドア開く音したし」
「、……明日からは、ちゃんと作るよ」
「兄貴、…いつもありがとう。でも、もし疲れてるなら、俺、昼食くらいどうだってなるし…」

仕事で忙しい母親に代わり、静雄は幽の分の弁当も作り続けてきた。幽はそれにとても感謝していたし、こんなに自分のことを考えてくれる兄を持って幸せだとも思った。だが、静雄に無理をしてほしくはなかった。

「違うんだ、幽。料理は好きだし、いいんだ。……ちょっと、考え事があっただけで」
「……」

静雄は苦笑してソファから立ち上がり、何か飲み物を飲もうとキッチンに向かう。冷蔵庫を開けると、牛乳もジュースもなく、麦茶だけしかなかった。ふと振り返ると、ダイニングに置かれている食パンも残り2切れしかない。

「なあ幽、今日母さんと父さん、遅いんだっけか?」
「うん、だと思うよ」
「そうか……じゃあスーパーとか寄ってこねえよな。幽、明日の牛乳もパンもねえや。ちょっと買ってくる」

静雄は再び2階の自室へ行き、財布と携帯だけ掴んで玄関へ向かった。幽がリビングから出てくる。静雄は愛用のサンダルを履き、ドアノブに手をかけた。

「兄貴」
「ん?何かいるもんあったか?」
「ううん。…気をつけてね」
「…おう。ありがとな」

幽がひらひらと手を振ったので、静雄も笑って振り返した。外に出ると夕方のオレンジ色の陽射しが静雄を包んだ。だが庭に咲いている花たちの元気がなかったので、静雄はもう一度玄関を開け、リビングへ戻ろうとしていた幽に庭へ水を撒くよう頼んだ。幽は「本当に優しいね」と呟き、頷いた。






近所のスーパーまでは自転車で5分程度だったが、静雄は歩いていくことにした。今日はやけに涼しい。すると向こう側から人影が見えた。見覚えのある制服、近づくにつれはっきりしてくる輪郭。静雄はぴたりと立ち止まる。やはり自転車で来るべきだった。

「、」
「…あ」

向こう側からやってきたのは臨也だった。静雄はどうしようか必死で脳を回転させていたが、いい方法は見つからない。踵を返して走っても不自然だし、かといってこのまま何も言わず通り過ぎるのも。

「……」
「……」

臨也も足を止めた。沈黙が続いた。なんだか別々の世界の端に立っているようだった。静雄は臨也の顔を見ないようにした。見れなかった。自分たちは別れたのだ。もう恋人同士でもなんでもない。

「…じゃ、じゃあな…」

静雄はなんとかそれだけ言い、足を一歩踏み出そうとした。だが臨也がいつの間にか目の前におり、それ以上先へ進むことができず、足を戻す。

「…どけ、よ。臨也」
「……」
「……どけって」
「ねえ、シズちゃん」

シズちゃん、と呼ばれるとダメだった。とたんに自分が弱くなる。臨也だけが呼ぶ自分の名前。静雄はそれを聞くとどうしようもなくなってしまう。名前を呼ばれ、優しく手で触れられて、それがどんなに暖かかったか。でももう臨也の手は自分のものではない。

「……臨也、」
「…俺が謝れば、いいの?」
「……そういう問題じゃない」
「……」
「臨也が、…別れようって、言ったんだろ」

静雄は今度こそ臨也を避けて歩き出した。後ろから臨也がついてくる気配がしたが、何も言わなかった。静雄は少しこの自分の性格に嫌気がさす。本当はこんなことを言いたいのではないのに。

「……実は、シズちゃん家まで行く途中だったんだ」
「……」
「……あれは誤解だった。何度も言ったけど」
「誤解?…何がどう誤解なんだよ?…おまえはいつもそうだ」

だんだんと静雄は早足になる。臨也も立ち止まろうとはしなかった。横断歩道に差し掛かって、やっと赤信号で静雄は止まった。肩が小刻みに震えていた。

「…なんなんだよ。おまえ、…俺をどうしたいんだよ」
「……」
「…別れるなら、もうそれでいいじゃねえ、かっ…」
「シズちゃんだって、たいして俺の話も聞かずに決め付けて!」

ぐいっと腕を引かれ、後ろを向かされる。静雄は唇をぎゅっと結んで涙をこらえた。臨也は鋭い目つきで静雄を見ていた。信号が青に変わっても、二人は歩き出せなかった。人通りはなく、車が数台通り過ぎていくだけだった。

「大体ね、自分のことばかり棚に上げてるんじゃない!?俺がさ、どんな気持ちでいつもシズちゃんを見てるか!俺以外の奴に笑うのだって気にくわないんだ、本当は…けど押し黙ってる、君のことを考えて!」
「なんだそれ…、俺はおまえとの約束破ってまで、他の奴といたことなんてない!」
「だから誤解だって言ってるじゃん!たまたま会っただけで、…、……くそ、ほらこれっ」

臨也は鞄から小さな袋を取り出すと、静雄の手に握らせた。静雄はそれと臨也の顔を交互に見て、そっとテープを剥がす。シャラ、と中から出てきたのは、シンプルなシルバーのチェーンだった。

「……」
「先週、切れたって言ってたでしょ、指輪のチェーン。…同じのは見つかんなかったけど、似たようなの…こないだはこれを買ってたんだ」
「…、…え、」
「、…泣かせるために出したんじゃないんだけど」

急にぼろぼろと涙を流し始めた静雄に、臨也はぼそりと言った。指輪のチェーンが切れたのは、臨也のせいじゃない。それなのに、それなのに。これを探して買うために?そこで本当に偶然に元彼女と会って?静雄は今までの自分の態度を思い出して、どうしようもなく、涙が止まらなかった。

「、…い、臨也、」
「……俺も、…一緒に行けばよかったのに、かっこつけたかったんだ。ごめん…意地張って、余計なことまで言って」
「…、ううん、……ごめ、…臨也」
「…あのさ、シズちゃ」
「臨也、…ほ、んとうはっ…わ、……別れるの、いやだ、…」

静雄は絞り出すように声を出した。臨也は開いていた口を一度閉じ、そして静雄をそっと抱きしめた。静雄もすぐに臨也の背に腕を回した。静雄の涙が臨也のTシャツに吸い込まれ、滲んでいく。

「…それ、今、俺が言おうとしてた」
「、」
「別れないで、シズちゃん。俺は君が好きだ、…別れないで」
「臨也」

自分だって誤解をしていて悪いのに、臨也は決して責めなかった。静雄はぎゅうっと臨也を抱きしめた。臨也も抱き返す。もっと素直になれたらいいのに。心の奥では、やっぱり臨也が好きで堪らないのに。静雄は小さく小さく、「俺も、好き、」と臨也の耳に向かって言った。臨也にはしっかり聞こえたようで、抱きしめる力が強くなった。別れないで。臨也はもう一度呟いた。静雄は優しく臨也の頬にキスをした。臨也はふっと笑って、静雄のキスよりもっと優しく、静雄の唇に自分のそれを重ねた。



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10000hitフリリク:チョコ様
「喧嘩してお互い意地になってなかなか謝れず、もどかしい2人。最後はキスして仲直り」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

とても楽しく書かせていただきました!
上手くリクに沿えているか不安ですが、こ、こんなものでよろしければっ…!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201008
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