Puppy&Darling





「臨也っ…悪い、やっぱり、俺ッ…!」
「えっ、」

がばっと跳ね起きたかと思うと、静雄は乱れたシャツを直しながら急ぎ足で寝室を出て行った。今これから、そう、来る夜を有意義に過ごそうと思っていたところだったのに。静雄もその気だったはずじゃ、と臨也は慌てて上半身裸のまま静雄の後を追って寝室を出た。と同時に、バタンと他のドアの閉まる重い音。それは玄関のドアであるとすぐにわかった。

「シ、シズちゃん…!?」

臨也は泣き出したいくらいだった。わけもわからず飛び出していった静雄。ポツンと残された二人の家で、臨也はただ立ち尽くすしかできなかった。






30分ほどした後、再びドアの開く音がした。臨也ははっとしてソファに寝そべっていた身体を起こす。シャツを羽織って玄関へ出ると、そこには静雄が立っていた。顔は俯いている。臨也は腕を組んで問いかけた。

「…もう、ねえちょっとシズちゃん、どういうことなの?いきなり説明もなく飛び出」
「臨也、…動物、平気か?」
「え?…苦手ではないけど」
「よかった、」

ふわ、と笑いながら静雄が顔を上げた。その表情に愛らしさに臨也はどきりとする。そんな幸せな雰囲気に包まれたのも束の間、静雄の腕の中でもぞもぞと何かが動いた。

「、ワンッ」
「……は?」

胸元で組んでいた静雄の腕がそっと解かれる。そこにははっはっと息をしながら臨也を見上げる子犬がいた。臨也は思わずぽかんとしてしまう。静雄はにこにこ笑ったままだ。

「かあわいいだろ〜?あのな、今日実は仕事から帰ってくる前に段ボールに捨てられてるのを見て、…いやいやダメだ、俺たち二人とも家にいないこと多いし飼えない、と思って、それにマンションだし、無理だなって通り過ぎたんだけどよ…でも…、どうにも気になって…」
「……俺との愛の営みより…子犬をとったなんて…っ、ていうかシズちゃんずっとその犬のこと考えてたわけ!?ひどっ」
「ず、ずっとじゃねえけど、…でも、可哀想じゃねえか!」

なあ?と静雄は子犬を優しく撫でる。臨也は壁に寄りかかりながら、はあとため息をついた。子犬は静雄をきらきらとした眼差しで見つめている。まさか恋でもしたんじゃあるまいな。

「ちょっと風呂入れてくるから、臨也、悪いけど大きいタオル出しといてくれるか?」
「……わかったよ」
「さんきゅ。よーし、風呂入ったらすぐミルクやるからな〜」

静雄は機嫌よく子犬と共に風呂場へと向かった。臨也は心の中でぶつぶつ言いながら、クロゼットから大きめのタオルを探して引っ張り出す。犬は嫌いじゃないが、…気にくわない。静雄の笑顔は本当に愛らしかった。それを作り出しているのがあの犬だと思うと、かなり気にくわないが。

「……。…シズちゃーん、タオル、」
「おー、臨也」

脱衣所へ入り、コンコンと風呂場のドアをノックしてそっと開ける。そこで臨也は信じられないものを見た。臨也はてっきり、静雄は服を着て子犬を洗っているのだと思っていた。というかそれしか認めない。だが、静雄は全身裸だった。足元では子犬がぷるぷるとかかったシャワーの水を弾き飛ばしている。

「落ち着いてシズちゃん。よーしまずは落ち着こう」
「…おう、おまえがな」
「どうして脱いでるの?必要なくないかな?」
「濡れるだろ?服」

さも当然、といったように静雄は答える。臨也は眩暈がしそうだった。信じられない。ちなみに臨也は同棲する前もしてからも静雄と風呂に入ったことは三度しかない。しかもそのうちの二度は怪我を装ったりして上手く騙したくらいだ。つまり静雄と風呂というのはとてもレアなシチュエーションなのである。

「…深刻すぎる問題だ…」
「臨也、いい加減閉めろよ。おまえにまでシャワーかかるし」
「もうっ、泣いてやるんだからー!」
「、おい、やめろよ、くすぐってえし、」

はは、と笑う静雄の顔は臨也など見ておらず、足元の擦り寄ってくる子犬に夢中だった。臨也は静かにドアを閉めるしかなかった。大人しくリビングに戻り、ソファにダイブする。臨也は本当に泣きたい気分だった。苦労して掴み取ったこの静雄の隣の位置を、こうも簡単に奪われてしまうなんて。いじいじと臨也がソファの上で丸まっていると、暫くしてリビングのドアが開いた。

「臨也ー」
「……」
「悪いけどちょっとこいつ見てて。俺ミルク温めるから」

ひょい、とソファの向こう側から臨也に向けて差し出された、タオルにくるまった子犬。臨也は無言で子犬を受け取り、がしがしと濡れた体を拭いてやった。静雄はそれを見て満足そうに笑った。

「ありがとう」
「……」

この笑顔で全て許せてしまえそうだった。静雄はタオルを肩にかけたままキッチンへと向かい、ミルクを温め始める。臨也は子犬を腕に抱えたまま立ち上がり、ぼうっとそれを見ていた。子犬はとても大人しく、臨也を見つめている。

「…シズちゃん。この子犬、飼うの?」
「…んー、…でも、また置き去りにするのは、」
「じゃあ誰か貰ってくれる人、探す?」
「そうだな。幽とかにも聞いてみるか…見つかるといいけど」

静雄はキッチンから顔を出し、臨也と子犬を見て言った。その顔はやはり機嫌の良さそうなものだった。底の浅い皿にミルクを流し込み、それを持ってキッチンから出てくる。

「……なんかシズちゃん、すごく機嫌いいよね」
「え?…まあ、犬、好きだしな。それに…」
「…それに?」
「いや、…別に、」

静雄はそこまで言うと、コトンと皿を床に置いた。その顔はどこか赤かった。臨也が子犬を抱く姿がとても印象的に見えたのだった。まるで子犬が子どものように見えて、もしも自分が女で、二人の間に子どもができたなら…というところまで考えて、静雄はぶんぶんと首を振った。いつから自分はこういったことまで想像してしまうようになったのだろうか。

「…シズちゃん?」
「、あ…いや、なんでもない。…ほら、ミルクだぞ」
「ワン、」

臨也はそっと子犬を床へおろす。子犬は待ってましたというようにミルクにすぐに顔をつけた。ぴちゃぴちゃとミルクを飲むその姿を二人は見守る。静雄はその場に座り、子犬をそうっと撫でた。まだ少し濡れている。ドライヤーが必要だろうか。

「飼いたいなら、いいけどね?」
「…でも、やっぱ、家にいないことも多いし。…一人にしとくのは可哀想だろ。…拾ってきた俺が、こういうのも…無責任だけど」
「シズちゃんが拾わなきゃ、この犬は風呂にもミルクにもありつけなかったよ。シズちゃんはこの犬の恩人だ、…まあ、あのタイミングで出て行くのは如何なものかと思うけど」
「根に持つよなおまえ…」

静雄はくすくすと笑った。臨也はそんな静雄の髪を撫でる。指に絡みつく金色。そのまま引き寄せられるように口付けた。

「シズちゃんに関係してることなら、俺は何だって」
「…でも俺を甘やかす」
「甘やかすことはいけないことかな?俺はそうは思わない。…シズちゃんの笑顔が好きだから」
「心が狭いくせに、よく言うよなぁ…」

子犬はミルクから顔を離し、静雄の元へと寄ってくる。静雄と臨也の間に入ったと思えば、ひょいと静雄の膝に乗り、一度静雄を見上げ、べたりと膝の上に寝そべった。臨也はぐっと眉を寄せる。

「、この犬…っ」

思わず口に出してしまって、すると静雄がかみ殺すように笑い出す。臨也ははっとして口を抑えるが遅かった。今まで言った言葉たちが台無しである。

「くっ…く、はは、…せっかく格好つけてたのにな!」
「……」
「……ごめんな、ちょっと移動」

静雄は子犬に向かってそう呟くと、そっとその軽い体を持ち上げた。きょろきょろと辺りを見回し、クッションを手に取る。その上に子犬を優しく乗せ、体を撫でた。子犬は既にうとうとと目を閉じたり薄く開けたりしている。大人しい子犬で助かった。

「臨也」
「…何」
「…ほら」

ぽんぽんと静雄は自分の膝を叩いた。臨也はちらりとそれを見る。はあとわざとらしくため息をつきながら、静雄の傍に寄った。

「…俺、犬じゃないけどね」
「せっかく空けてやったのに」
「誰も無駄にするとは言ってないから」

臨也はぎゅう、と静雄の腰に抱きついた。誰にも、子犬であろうとも、渡したくはない。大事な大事な

「俺のシズちゃん…」
「…手のかかる恋人」



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10000hitフリリク:左利様
「同棲シチュで、犬を拾ってくる静雄。臨也が静雄を好きすぎて子犬に嫉妬」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

リク通りに書けているかとても不安ですが…っ!臨也が弱くてすみませ…!
リクに詳しく書いていただいた乙女な静雄(笑)や心の狭い臨也も書かせていただきました…!
こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので…!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201008


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