スイーツアフタースクール





※「フライデーアフタースクール」の続編になります。



静雄のクラスの今日の家庭科は、調理実習だった。クッキーやケーキなど、班で好きなお菓子を作ることになっていた。静雄の班はマドレーヌを作る。静雄はお菓子作りが密かに得意だった。家では頻繁に作り、幽や両親の午後のおやつとなることもよくあった。

「わあ、静雄ちゃん、上手〜!」

カシャカシャカシャっと泡だて器を操る静雄に、班の女の子たちがきゃあっと声をあげた。家庭科の教師もその声を聞き、静雄の班へと近寄ってくる。感心するように頷いていた。

「静雄はお菓子作り好きだもんね」
「へえ、そうなの?すっごおい、今度作ってきてよー!」
「いや…そんな、たいしたものは、作れないし…」

静雄は少し笑いながら、ボールの中身を型へと入れていく。静雄はお菓子作りが好きであるということをあまり周囲の人間に言わなかった。自分はそんなに女の子らしい感じではないし、言葉づかいも。それなのにお菓子作りが好きだなんて、とてもじゃないが言えなかったのだ。

「あーっ、静雄ちゃんの班でよかったぁ!」
「、そうか…?」
「うん!焼けるの楽しみだね!」

マドレーヌはなかなかの出来で、とても美味しいわと家庭科の教師も褒めてくれた。静雄はそのマドレーヌをいくつか、自分の持ち帰る分とは別に包んだ。とはいっても、可愛い袋などは用意していなかったので、家庭科室にあったアルミホイルに包んだだけだったが。静雄はそれを鞄に入れ、教室へと戻った。同じ班の友人がそれを見て、

「なあに静雄、彼氏にでもあげるの?」

と悪戯な笑みを浮かべながら言った。しかし彼女はこれを本気で言ったわけではなかった。静雄はモテる存在だったが、彼氏がいるといった噂を聞いたことがなかったのだ。だが、静雄は真っ赤になってしまった。彼女は「へ、」と目を丸くする。

「そ、そんなんじゃねえよっ」

静雄は慌てて家庭科室を出て行った。友人である彼女は暫くその場で固まっていた。静雄に彼氏がいたなんて。初耳だ。







昼休み、静雄はそうっと教室を抜け、職員室を覗いた。しかし、そこに目的の人物はいなかった。折原臨也。静雄のクラスの担任の教師である。静雄と臨也は密かな恋人同士だった。静雄の手には、小さなランチバッグが握られていた。中は弁当箱ではなく、午前中の家庭科の授業で作ったマドレーヌが入っている。

(…あれ、いないのか。いつも昼休みは職員室にいるのに…)

静雄は諦めて職員室を後にした。だが臨也の机の上には携帯が乗っていたし鞄もあったので、校内にいることは確実だろう。昼休みにすることもないし、静雄はぶらぶらと歩き回ってみることにした。運良く見つかったら、そっと渡せばいい。静雄は臨也にもお菓子作りが好きだと言ってはいなかった。驚くだろうか。静雄は体育館への渡り廊下の傍を通り過ぎようとして、すぐにさっと身体を扉の影に滑り込ませた。臨也がそこにいた。渡り廊下の先に、いつもの黒髪を見つけたのだ。

「あの…、折原、先生、」

臨也は一人ではなかった。静雄はほんの少しだけ顔を出してみる。臨也と一緒にいるのは、同じクラスの女子生徒だった。長いロングヘアが特徴の女子生徒で、いつもおとなしい印象がある子だ。静雄はほとんど喋ったことがなかった気がする。

「これ、今日の調理実習で…クッキー、作ったんです、先生」
「へえ。そうなんだ。上手だね」
「あ…ありがとうございます…」

かあ…と頬を染める彼女はとても女の子らしくて愛らしかった。静雄は扉の影から出て行くことができなかった。彼女の手元にあるクッキーは、桃色の袋に赤いリボンでラッピングされているようだった。きっと最初から臨也に渡すことを考え、ラッピング用に持ってきていたのだろう。

「俺に?」
「は、はいっ。…先生に、食べてほしくって。…平和島さんみたいに、上手くはいかなかったけど…」
「、……平和島さん?」
「はい。平和島さん、お菓子作りすごく上手で。平和島さんの班が作ってたマドレーヌ、とても美味しそうでした…。…わたし、お料理はあまり得意じゃないんですけど、先生のために、頑張って…」

静雄は彼女の言葉を最後まで聞くことはなかった。気づけば廊下を走り、階段を駆け上がっていた。教室に戻ると、午後からの授業の始まる5分前だった。静雄は無言で窓側の自分の席に着いた。持っていたランチバッグからアルミホイルに包まれた自分のマドレーヌを見る。ラッピングも何もしていないそれ。すると後ろの席から男子生徒が覗き込んできた。

「なんかいい匂いするんだけど…」
「…やるよ」
「何?…あっ、すげえ、これなんだっけ、あの」

静雄は振り返り、アルミホイルごと手に取って男子生徒の前に差し出した。急に目の前に出てきたマドレーヌに、男子生徒はきらきらと目を輝かせた。「すっげ、やべえ、おいしそう!」と男子生徒は嬉しそうに笑って言った。静雄もふっと笑う。

「マドレーヌ、だろ?ほら、やるから」
「、でもよ、いいのか?」
「いい。全部やる」

静雄は笑ったまま男子生徒の机へそれを置き、前を向いた。後ろで何度も男子生徒が「うめえ…!」と言っていたが、静雄はもう一度振り返って「ありがとう」と言うこともできなかった。両手で顔を覆った。泣きそうだった。誰かに美味しいと言ってもらえることは嬉しい。それは本当に嬉しかった。だが、せっかく上手にできたのに、食べて欲しい人に食べてもらえないことは、こんなに悲しいことだったなんて。






授業が終わってHRの時間になり、臨也が教室に入ってきた。臨也はちらりと静雄を見たが、静雄はぼうっと窓の外を眺めていた。いい天気だな、とか、そういうことを考えるようにしていた。

「…連絡事項は特になし。みんなは?」
「ありませーん」
「じゃ、おしまい。起立」

がたがた、とクラス全員が立ち上がる。臨也の「礼」という言葉で皆が頭を下げ、クラス中がざわざわと騒がしくなる。臨也はすぐに教室を出て行った。何か出張でもあるのだろうか。静雄はがたんと立ち上がり、鞄を肩にかけた。今日は特に用事もないし、ゆっくり家に帰ろう。静雄は教室のドアを開け、廊下の奥にある階段へ向かう。他のクラスはまだHRが終わっていないようだった。階段を1階まで降りると、聞き覚えのある声がした。

「…シーズちゃん」

階段を降りたところの死角に臨也がいた。にっこりと微笑んでこちらを見ている。静雄は臨也を見て、立ち止まった。本当は走って行ってしまおうかと思ったが、それでは明らかに不自然だ。静雄はあの休み時間をなかったことにしなくてはならなかった。

「…先生」
「調子でも悪いの?ぼーっとしてたね」
「そうですか?…今日ちょっと暑いから。先生こそ、こんなところでどうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあったから」

臨也は笑みを崩さないまま静雄をぐいと引っ張り、階段の近くの相談室へ連れ込んだ。静雄はしまったと思ったが遅かった。臨也は後ろ手で相談室の鍵を閉めた。静雄ははあとため息をつき、相談室の中央にあるソファへ座った。何もなかったように装う。

「なんですか?進路の相談とか…?」
「違うよシズちゃん。…調理実習のこと」
「……それがどうかしましたか?」
「作ったんでしょ?俺には何もないのかな?」

にっこりと微笑む臨也の顔を静雄は見ることができなかった。臨也は静雄の隣に座る。静雄はゆっくり首を振った。

「すみません、…私あんまり上手くできなかったから、」
「そうなの?クラスの子は、シズちゃんのことを褒めてたけどね?」
「……。…すみません。また今度作った時はきっと、」

どんっと身体を押され、静雄は横にそのまま臨也に押し倒された。ぎり、と掴まれた手首が痛い。臨也はもう笑ってはいなかった。静雄は急に恐怖を感じた。自分を見下ろしてくる臨也の顔がこんなに冷たいのは初めてだった。

「……聞いたよ」
「え、…」
「シズちゃんの後ろの席の男子に。平和島のマドレーヌはすっごく美味しかったらしい」

廊下で話してるのを偶然ね、と臨也は静雄の耳元で言った。静雄は力を入れて臨也の身体を押しのけることができなかった。静雄の心の中は、自分だって生徒に貰っていたくせに、二人きりでいたくせに、という思いの方が強かった。身体が少し震えていた。

「…シズちゃん、俺ショックだったなぁ。シズちゃんはてっきり俺にいくつか用意してくれていると思ったんだけど、俺は自惚れてたのかな?シズちゃんは俺より他の、」
「………、っ…」

臨也は言葉を止めた。静雄の眼から涙がぽろっと零れたのを見た。静雄は唇をぎゅっと結んだまま、はらはらと泣き出した。臨也は手の力を弱め、静雄の手首を解放した。

「…、シズちゃん…?」
「……、ふっ…、…」
「……ああ、もう、悪かったよ、ごめん。どくからさ…」
「、先生、……ちが、……わ、わたし、見、たから、」
「…何を?」

臨也は静雄の身体の上からどき、そっと腕を引いて静雄を抱き起こした。静雄はソファに寄りかかりながら、必死で涙を拭っていた。臨也は自分の膝に頬杖をつき、静雄を見ていた。

「…同じ、クラスのっ…子に、…クッキー、もらってた、」
「え?…ああ、…昼休み?…あそこにいたの?」

はあ、と臨也は手を額にやる。静雄はソファの上で体育座りをし、自分の膝を抱き寄せた。

「だか、ら…わたしの、は、……いらないと思って…っ」
「……あの子のは結局受け取らなかった。先生は生徒の贈り物を受け取れないって、立場を利用して。俺と君は違うね、恋人だ」
「…、……そ、それに、…わたし、ラッピングとか、してなかったし、」
「そんなのいらないよ。…シズちゃんが作ってくれたものなら、なんだってよかったんだ」

臨也は静雄を片手で抱き寄せ、優しく髪を撫でた。静雄は臨也の肩にこてんと頭を預ける。撫でてくれる手がとても優しく、静雄はまた泣きそうだった。臨也は同じように優しい声で言う。

「恋人が作ったものを、欲しいと思うのは当然だ。……それを他の奴にはあげたのに俺にはないって知って、ちょっと機嫌が悪くなったんだ。ごめん」
「、先生が、…謝ることじゃ、…」
「シズちゃんに誤解させたのも俺だし、一方的にここに連れ込んだのも俺だし、怖がらせたのも俺だよ」
「……、」

静雄は臨也にぎゅうと抱きついた。自分がしたことを後悔する。臨也がどんな気持ちだったか考えると、静雄は胸が痛かった。自分も苦しかったが、自分が臨也の立場ならどうだっただろう。想像するだけでも寂しく泣いてしまいそうだった。

「…先生…ごめんなさい。…ごめんなさ、…っ」
「……シズちゃん、お菓子作りが得意なんだってね。俺は知らなかった。…驚いたよ」
「、…言ってなかった、から…ごめんなさい」
「もう謝らないで。謝る言葉は俺が言ったでしょ。…今度また作ってくれる?」

静雄は何度も頷く。臨也は静雄を膝の上へ乗せ、ぎゅっと抱き締めた。そしてそっと身体を少し離し、深くキスをした。キスは限りなく甘かった。



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10000hitフリリク:五十嵐様
「「フライデーアフタースクール」続編、もしくは臨也視点」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

フライデーアフタースクールの続編を書かせていただきました!ありがとうございました!
ぐ…ぐだぐだです…すみません…!!
こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので!!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201008
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