マドンナは僕に微笑むか?





『臨也くん、素敵…』
『私、ずっと、折原先輩のこと』
『折原くん、好きな人って…いるの…?』

折原臨也は女には困らない。その整った顔立ちに惹かれ、言い寄ってくる女なんて吐いて捨てるほどいる。なかなか気難しい女でも、ほんの少し見つめて微笑んでやれば、大抵すぐおちる。年下も年上も同年代も、臨也は選び放題だった。…たった一人を除けば、ああ何故そのたった一人が、切なくも想い人なのだろう!!





「……完璧だ」

鏡の前でそう呟き、臨也は洗面所を出た。リビングに置いてあった鞄を掴むと、行ってくるからと家を出る。臨也は決心していた。今日こそ、今日こそは彼女に告白をする。実は臨也は生まれて一度も女性へ告白をしたことがなかった。その必要がなかったからだ。早足でバス停へと向かいながら、臨也は手に汗をかいているのを感じた。

「……、」

今まで自分に告白してきた女の子たちの気持ちを思い知る。こんなに勇気がいるなんて。だが、臨也はどうしても彼女を諦め切れなかった。平和島静雄。目立つ金髪に長身のモデルスタイル、長い睫毛、美しい顔立ち。高校でも知らない人間はいない彼女のことを、臨也はずっと好きだった。だが二人の関係は普通ではなかった。どこで間違ってしまったのか、彼女は自分のことが嫌いで、自分も彼女のことが嫌いということになっている。よく喧嘩を繰り返した。

(…なんて言おう…やっぱり、ずっと好きだった、かなぁ)

時間ぴったりに来たバスに臨也は乗り込む。窓際の席に座り、ぼうっと窓の外を見る。昨日の夜は告白の言葉を考えてなかなか眠れなかった。バスの後ろに座っていた女子生徒たちが、きゃあ、臨也さんだよ、と小声で話しているのが聞こえたが、臨也の耳にはいまいち入ってこなかった。バスは学校の方向へと向かう。いくつかのバス停を越した後の、三丁目のバス停。停まったバスに乗り込んできたのは、なんと平和島静雄だった。臨也ははっと顔を上げる。静雄が乗るバスはいつもこの1本後のもののはずだ。

「、」
「…ん?…臨也…」

臨也の顔を見つけると、静雄は眉間に皺を寄せたが、目はまだとろんとしている。起きてまだ時間がたっていないのだろうか。うわ、やばい、かわいい、と臨也はじっと静雄を見た。静雄はきょろきょろと辺りを見回し、通路を挟んだ臨也の向こう側に座った。というかそこしか空いてなかったようだ。

「……」
「…シズちゃん、寝癖ついてるよ。そのくらい直してきたら〜?」

ああああああれ?臨也ははっと口を閉じる。静雄がぎろりと臨也を睨んだ。臨也は小さく静雄に聞こえないくらいに舌打ちをする。またやってしまった。

「うるせえ、ノミ蟲。…ふん、悪かったなッ」

と言いながらも、静雄は鞄から鏡を取り出し、ちらちらと気にしていた。臨也は静雄のことを好きで仕方がなかったが、口から出てくるのは愛の言葉なんかではなかった。つい意地悪なことを言ってしまい、それで静雄が怒り、喧嘩になる。ということは全て自業自得なのである。臨也はこのことで何度頭を抱えたか知れない。

(寝癖もシズちゃんらしくて、かわいいねって……言おうとしてた俺はどこ行ったんだ…)

他の女の子には言えるのに、静雄には言えなかった。もう一人の自分がまるで違ったことを言ってしまう。するとバスが急停車し、強くブレーキがかかった。静雄の小さな手鏡がカシャン、と静雄と臨也の席の間の通路へ滑り落ちる。

「あ、」
「っ、」

静雄は慌てて拾おうとした。臨也も思わず手を伸ばそうとした。だが、鏡を拾ったのは静雄でも臨也でもなかった。後ろからスッと手が伸びてきたのだ。細くもしっかり筋肉のついたその腕。鏡を拾うと、静雄へ差し出した。

「平和島さん、どうぞ」
「え、あ……ありがとう…」

短髪の運動部系の男子生徒だった。静雄は礼を言ってにこりと笑う。男子生徒は嬉しそうに、いえ、と呟くと、自分の席へと戻った。あの顔は見たことがある、確か男子バレー部の部長だ。嬉しそうな顔を臨也も見て、すぐに感づいた。こいつも、そうか、静雄のことが好きなのだと。

「良かった、割れてねえ」

静雄はほっとしたように鏡を確認し、鞄へしまった。臨也は何も言わなかった。静雄は臨也の方をちらりと見たが、臨也はそれに気づくことがなかった。バスは学校前のバス停に停まる。二人はそれ以上何も喋ることなくバスを降りた。臨也は静雄の後ろを歩いていたが、こうして見るとよくわかる。周りの男子生徒の目が、ほとんど静雄に向けられているということを。臨也にはとにかく敵が多かった。





あっという間に時間は過ぎ去る。臨也は午前中の授業のほとんどに身が入らなかった。静雄に告白をすると決めても、彼女に何か約束をしたわけではないし、放課後上手く彼女と会えるかもわからない。ちょっと放課後に時間ちょうだいとでも言っておくか、と臨也は昼休みになるとまず席を立った。すると、どこからか平和島、という名前が聞こえてくる。

「平和島?1組の平和島静雄のこと?」
「そうだ。俺、今日…平和島さんに、告白すんだよ!」

臨也はぴたりと足を止める。振り返ると、窓際の方で男子生徒が数名集まっているのが見えた。中心にいるのは、あれは生徒会の書記あたりをやっている人間ではなかっただろうか。静雄は近づきにくい印象があるが、一度喋ってしまえば、その優しさ、笑顔の可愛さに皆惹かれてしまうのだ。臨也は聞こえていなかったフリをしながら、ゆっくりと自分の教室を出た。そして廊下に出た瞬間に早足になる。

「あっ、折原先輩!」
「きゃあ、臨也くうん」

すれ違う女子生徒たちが声をかけてくる。臨也はにっこりと微笑みながら、足の速さは落とさず、廊下の端の静雄のクラスへ向かった。ドアをガラリと開けると、やはりクラスにいた女子生徒たちが臨也を見る。臨也はぐるりと中を見渡して、「ごめん、なんでもなかった〜」と再びドアを閉めた。クラスに静雄の姿はなかった。購買部か、自販機か。臨也は階段を降り、1階の購買部へ向かう。静雄の明るい金髪を探した。しかしそこにも静雄はいない。でなければ屋上か。臨也ははあはあ言いながら階段を駆け上がり、屋上へ向かう。ドアを開けると、眩しい日差しが臨也を包む。

「…臨也?」

ふわりとその中に見つけたフェンスの傍の金髪。臨也はくたくたになりながらも静雄に寄り、ガシャンとフェンスに寄りかかりながら座り込んだ。静雄は不思議そうに臨也を見つめる。

「んだよ、既にくったくたじゃねえか?」
「…シズちゃん、放課後、ヒマ?」
「放課後?…いや、今日は母さんが夜遅くて、私が家族の飯作っから…すぐ帰るけど」
「そ、そっか…。……シズちゃんのご飯とか、…怖いね」
「はあ!?」

…またやってしまった。しかし静雄はぶつぶつ言いながらも臨也の横に座る。スカートから伸びる白い太股が眩しい。臨也はなるべくそちらを見ないようにした。静雄は紙パックのジュースに口をつける。臨也は何度目かもわからないため息をついた。

「…シズちゃん、…あのさぁ…」
「…何」
「……あのさぁ。…シズちゃん、…笑わない?きっと笑わないって、約束してくれる?」
「…なんだそれ」

飲み終わったらしい紙パックをぎゅっと握りつぶし、静雄は臨也の方を向いた。さらりと髪が揺れる。臨也はそっと静雄を見る。臨也の頭の中にいくつもの言葉が浮かんだ。その中に、先ほど聞いた男子生徒の言葉も入っている。臨也はここで黙っているわけにはいかなかったのだ。

「放課後がダメなら、俺は今言う。出遅れるのはゴメンだし」
「は…?」
「…はあ、…ちょっと待ってね、そんなに見つめないで」
「いや見つめてねえけど…何?臨也」

静雄は臨也の顔を覗き込む。臨也は深呼吸をして、真剣に静雄を見た。ずっとずっと好きだった。君は誰より素敵で、綺麗で、愛らしくて。他の男に取られるなんて考えたくもない。静雄の隣にいるのは、自分でなければ。

「…好きだ」
「……ん?…え?」
「シズちゃんが好きなんだ。…好きです、付き合ってください」
「ちょ、ちょっと待てよ臨也。だ…おかしいだろ、なんで私、」
「おかしくなんてない。俺はずっとシズちゃんが好きだった」

臨也は頭の中で何度もシュミレーションした言葉を静雄へ言った。静雄は慌てて顔の前で手を振る。その顔は真っ赤に染まっていた。静雄が立ち上がろうとしたので、臨也はその手をしっかりと握った。

「だって臨也、…そんな、…いつもおまえ、」
「…いつも悪かったよ、でも俺だって、言いたくて…シズちゃんに色々言ってたわけじゃない…」
「……ほ、本気か…」
「…俺が今日どんな思いで家を出てきたか知らないね?シズちゃん…」
「そ、そっか…本気か…」

照れながら俯きがちに髪に触れる静雄の姿は、女の子という感じがしてとても可愛らしかった。そのうちに昼休み終了5分前を告げるベルが鳴った。今日は暑かったためか、他に屋上に生徒は来なかった。幸いだった。

「…私、次、体育だから…行かないと」
「あ…そう」
「臨也、その……あ、ありがとう。…えっと、…きょ、今日、メールする!」
「メルアド知らないでしょ」
「え、あ、そっか…。…じゃあ、今日…放課後、…帰る前、おまえの教室、行くから」

それじゃ、と静雄は早足で屋上を去って行った。昼休みが終わるベルが鳴っても、臨也はフェンスに寄りかかったままだった。言ってしまった。言ってしまった。臨也はよろよろと立ち上がり、やっと屋上を後にした。やはり午前中と同じく、午後も授業に身が入りそうにない。





「平和島さん、だ」

あの生徒会の男子生徒の呟く声が聞こえ、臨也は机に突っ伏していた身体を起こす。ドアの傍に静雄が立っていた。その瞳は真っ直ぐ臨也の方を向いている。そういえばもうHRは終わったのか。臨也は立ち上がる。

「平和島さーん、誰を待ってるの?」

チャラチャラとした茶髪の男子生徒が静雄へ話しかける。静雄は一瞬男子生徒を見たが、すぐにまた臨也へ視線を戻した。目が合う。

「臨也を」

ざわ、とクラス内がざわつく。また喧嘩か、やばい、早くここから逃げよう、と皆が帰り支度を素早く始める。臨也は自分の鞄を持ち、静雄の近くへ寄った。臨也はどきどきと口から飛び出てしまいそうな心臓を押さえることに必死だったが。

「…やあシズちゃん。考えて、くれた?」
「ああ。…これ」

ぽい、と静雄は臨也に自分の鞄を投げた。臨也はそれを両手で受け取る。静雄はくるっと後ろを向くと、すたすたと廊下を歩いていってしまった。クラス中の視線が突き刺さる中、臨也ははっとして静雄を追う。

「し、シズちゃん、」
「遅せ臨也。早く来いよ」
「……これはどういうことなの?」
「…鞄って、…彼氏が持ってくれんだろ?」

臨也は思わず何もないところで蹴躓きそうになってなんとか踏みとどまった。静雄は顔を赤くしながら、早足で行ってしまう。臨也は慌てて後を追いかけ、静雄の腕をぐいと掴んだ。

「、なに」
「持つ。持つよ!持ってあげる!シズちゃんの彼氏が、なんでも持ってあげるよ!」
「わかった、わかったから、離、」
「家まで送るね。いいよね?」
「…ん、」

臨也は上機嫌で静雄の隣を歩いた。静雄も愛らしく微笑んだ。帰りのバスは隣同士で座った。




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10000hitフリリク:しほ様
「静雄に告白したいのに、つい憎まれ口をたたいてしまい、落ち込む臨也。密かに静雄がモテるので焦る。最後はハッピーエンド」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

とても楽しく書かせていただきました!
リクに上手く沿えているか不安ですが、こ、こんなものでよろしければ…!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201007

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