フリルとレースは裏切らない





「可愛いね」

休日のショッピングモールには人が溢れている。静雄は臨也とデー…買い物に来ていた。新しいスニーカーを買いにきたのだが、それに臨也もついてきたのだ。臨也はグレーの七分袖のシャツに黒いベスト、細めのジーンズでとてもよく似合っていた。すれ違う女の子たちがひそひそと声を潜める。あの人かっこいい、と静雄の耳には届いた。

「…は?」
「だから、これ。可愛い」

新しいスニーカーも買うことができ、レディースの店が並ぶ一角を歩いていると、臨也が数メートル後ろで止まっていた。店の前に置かれた、愛らしいレースのついた桃色の花柄のスカート。マネキンもそれを着ていて、上のブラウスとよく似合って確かに可愛かった。

「シズちゃん、どう?買ってあげるし」
「あのな…。…ピンクは無理。ていうかそういうのはちょっと」
「なんで?可愛いと思うんだけどなぁ。シズちゃんはスタイルもいいんだし、顔もいいんだし、」
「いいから、ほら、行くぞ!」

えー、と言いながら臨也は渋々ついてくる。今日の静雄の格好は、膝下ほどまでのジーンズと、グリーンのTシャツだった。静雄はそこまでファッションにこだわらない。それに、こういったボーイッシュな服装の方が好きだった。だが臨也はあまりそれが気にいらないらしい。静雄に女の子らしい服装をしてほしいらしく、何度か無理やりワンピースなどを贈られたことがある。が、一度も静雄が着たことはなかった。

「…絶対いいと思ったのに」
「しつこい」

静雄は振り返らず歩く。自然にすれ違う自分と同じくらいの女の子たちの服装になんだか目がいく。皆、雑誌に載っているような可愛らしい格好をしていた。一度考え始めるとどうにも抜け切れなくて、静雄は小さくため息をついた。幸いにも臨也は違うように解釈したらしい。

「…シズちゃん、ねえ、ちょっと休憩しない?」
「いや…もう今日は帰る」
「ええ?スニーカーしか買ってないじゃない」
「そのために来たんだよ」

少し後ろを歩く臨也。人の視線が気になって仕方がなかった。臨也と静雄はこれでも恋人同士だ。喧嘩ばかりしているため事実を知っている人間は少ないが、臨也の好きだという告白に静雄は確かに頷いた。それから三ヶ月以上たつ。付き合ってからも臨也は相変わらずモテている。それも可愛い女の子ばかりにだ。不安じゃないと言えば嘘になる。いつまでもこのボーイッシュなままでいいのか、とも考えるが、なかなか踏み切れずにいた。

「あ、あのう…」
「え?」
「お一人ですかぁ?」

おいおい、と静雄は足を止めた。数メートル後ろにいた臨也に、なんと2人組の女の子が話しかけたのだ。おだんご頭の女の子とくるりとカールした髪の女の子で、めいっぱい化粧をして。ふわふわな可愛い服を着ていた。臨也はちらりと静雄を見た。そしてにっこりと笑う。

「ごめんねー、彼女と来てるからさ」
「ええーっ」

彼女だったのォ、と女の子たちの不満が聞こえる。臨也はじゃあねーと手を振ると、今度は静雄の傍について歩き出した。静雄は目線を下に落とす。

「……」
「…シズちゃん?どうしたの?…なんだか今日はご機嫌斜め?」
「…いや、その…悪い臨也、私先に帰るからっ」
「え、ええ!?」

いきなりのことに驚く臨也を置いて、静雄は思いっきりダッシュした。一刻も早くここから抜け出したかった。駅へ出て、来た電車に飛び乗った。胸のあたりが苦しかった。






ばたばたんっと玄関を抜け、2階の自室へ駆け上がる。キッチンでコーヒーを淹れていたらしい弟の幽が何事かと顔を出したが、静雄は振り向くことなく部屋へと駆け込んだ。クロゼットを全開にし、一番奥の箱を取り出す。中には今まで臨也からプレゼントされた服が入っていた。一番上のワンピースを引っ張りだして広げてみる。

「………、」

ピンクのリボンがついたそれはまだ札が着いていて新品同様だ。その他にもブラウスやスカートなどが次々と出てくる。着てくれ着てくれと臨也がしつこく言ってきた度に、静雄は今日のように無理だと返していた。

「…いや…これはねえよな、これはない…」

ベッドの上に広がった服を見て、静雄はため息をついた。やはりとてもじゃないが自分に似合うとは思えない。だが、他の女の子たちの格好が目に浮かぶ。臨也に話しかけていた女の子の服装が。静雄は目を瞑った。こうなったら仕方がない。どれも同じだ、目を瞑って掴んだやつを…着る!

「……っ、これだ!」

わしっと掴み、静雄は目を開けた。そして思わず再び目を閉じた。静雄の手にあったのは、フリルとレースのついた、ふわふわな白いスカートだった。よりによってこれか、と思ったが、決めたことは曲げない。このスカートに合いそうなブラウスを適当に選び、静雄は意を決して着ていたTシャツを脱いだ。今の静雄を動かしているのは、名も知らない女の子たちだった。

「、………うっげ」

出来上がった自分をクロゼットに着いている鏡で見て、静雄は目を覆った。これは…と絶望しそうになるが、その時コンコンとドアが叩かれた。はっとする。

「姉さん?あのさ…」
「か、かかか幽っ、だめ開けなっ……」

ガチャリと幽がドアを開ける。静雄はリボンのついたブラウスにフリルとレースのスカートだ。幽は静雄を見てぴたりと止まったし、静雄も幽を見てぴたりと止まる。静雄は泣きそうだった。何か言い訳をと思ったが、何も出てこなかった。

「…姉さん、それ…」
「あ…あう、えっと、その、これはだなっ…」
「…似合うと思うよ?新鮮だね」
「、いや、幽、…」

幽は持っていたコーヒーを静雄の机に置いた。既にミルクと砂糖がたっぷりと入っているようだった。机に置いていた静雄の必要最低限の化粧品を手に取る。

「幽、もう脱ぐから…悪い、変なもん見せて…」
「え?…そんなことないよ。そういえば今日、デートだったんじゃないの?早かったなと思ってさ」
「いや…ちょっと、…先に帰ってきちまって…」
「ふうん。…」

幽はアイライナーをくるくると回した。静雄の方を向いて、幽は言う。

「ちょっとびっくりさせてやりなよ」







臨也ははあー…とため息をついた。今日、彼女である静雄とショッピングモールへデートに、デートに。そう、デートに行った。だが何が引き金となったのか、途中で逃げるように静雄は帰ってしまった。あの後何度かナンパにあったがどれも受ける気はなく、寂しく一人で帰った。夜、静雄からごめんというメールと、臨也が暇ならもう一度会いたいんだけど、とメールがあった。臨也は勿論オッケーした。だが、結局何故帰ってしまったのか理由はわからないままだった。じゃあ夕飯一緒にどこか行こう、と待ち合わせの駅前で、臨也はぼうっと静雄を待っていた。すると、遠くの横断歩道に金髪が見えた。

(シズちゃんかな?)

だが、服装を見て、違うなと感じた。静雄は女の子っぽい服装を好まず、ボーイッシュな服を多く持っていた。別にそれは彼女の個性であったし、臨也も中身は静雄なのだが、臨也はどうにも諦め切れなかったのだ。今日も思わずスカートを彼女へ勧めてしまったが。横断歩道の信号の色が青に変わる。金髪の女の子も動き出す。臨也は自然と目で追っていた。彼女はだんだんとこちらに寄ってくる。臨也は何度か瞬きをした。すると彼女は臨也の目の前で止まる。

「いっ…臨也」
「……シズちゃ…」
「その…さっきは、ごめん…」
「……」
「あと、メール…さんきゅ…」

静雄はちらちらと長い睫毛を上下させながら臨也を見た。臨也は口元に手を当てた。静雄は不安そうに手を前で組んだ。細い腕、細い足が、愛らしい服から伸びている。顔は化粧がしてあり、美しい顔が更に美しい。薄い桃色のリボンのついたブラウスと白色のフリルとレースのスカートは、静雄の新しい魅力を引き出していた。スカートが風にふわりと揺れる。

「……」
「…臨也?…あの、やっぱ、」
「…かっ…かわいいと、思う…」

声が裏返ってしまった。静雄はその言葉に安心したように笑った。臨也は臨也で、静雄を上手く見ることができなかった。なんて、なんてなんて可愛らしいんだろう!顔が熱かった。

「…ほ、本当に…?」
「し、シズちゃんが着てればそりゃね。…そ、れにしても、いきなりさ、どうしたわけ?」
「やっぱ、ちょっと…着ようと、思って」

臨也は後ろの壁にもたれかかった。目元を押さえる。今すぐにでも抱きしめてキスしてどこかに連れ込みたいと思った。だがせっかく静雄が今まで着たことのなかった可愛らしい服に身を包んでいるのだ。勿体無い気もする。臨也は頭を抱えたくなった。静雄はそうっと口を開く。

「……なあ、臨也。私、…臨也の彼女、だよな?」
「…そうだよ?ていうかそうじゃないと困る…」
「…頑張る、から…」
「……、…うん。俺も…シズちゃんに似合う男でいないと、ね」

臨也は静雄をぐいと引き寄せて抱きしめた。とても良い香りがした。なんだか今日はもうどこにも行きたくないな。ずっと静雄を抱きしめていたい、と臨也は赤い顔を隠すように、静雄の首元に顔を埋めた。静雄は戸惑いながらもそっと臨也の背中に手を回した。

「夕食…作ってくれない?シズちゃん。俺の家で食べようよ」
「え?…いや、別にいいけど…」
「…やった」

ぎゅ、と抱きしめる力が強くなる。静雄は勇気を出してよかったと思った。送り出してくれた幽にも感謝した。これからは少し、こういう服を着てみてもいいかな、とも思ったのだった。



---------------
10000hitフリリク企画:ノア様
「可愛くてスタイル抜群なのに男の格好しかしかしない静雄に、臨也が女物の服を着るよう強請る。」

おまたせいたしました!
この度はリクエストありがとうございました!!

なんだかリク内容とちょっとずれてる気もしなくもないですがあああ
こっ…こんなものでよければ受け取ってやってくださいませ…!
これからもどうぞよろしくお願いします。

Like Lady Luck/花待りか
---------------

201007

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -