Please marry me!




「臨也〜」

リビングで雑誌を読んでいた臨也は呼ばれて顔を上げた。ぺたぺたとスリッパの音がして、すぐ隣に静雄が現れる。先ほどまでのシャツにジャージではなく、膝下丈ほどのワンピースを着ていた。手には財布と折り畳まれた小さな袋を持っている。

「あ、どっか行くの?」
「冷蔵庫、たいしたものなかったから。スーパーまで行ってくる」
「じゃあ俺も行くよ」
「別にいいぞ、おまえさっき来たばっかだし」

休日の昼下がり、臨也は静雄の家へ来ていた。静雄の言ったように先ほど来たばかりだったが、臨也は雑誌を置いて立ち上がる。机の上へ置いていた財布と携帯をジーンズの後ろポケットにねじ込み、玄関へ向かって歩き出す。スーパーへは歩いて10分ほどだったので、臨也はコートは着ずにシャツのまま外へ出た。静雄も臨也の後に外へと出て、鍵を回す。

「いいのか、本当に」
「シズちゃんがいないのに、家にいてもねぇ」
「…そっか。臨也、夕飯何食べたい」
「何がいいかなぁ」

アパートの階段を降り、スーパーまで歩く。静雄は機嫌が良いようで、よく笑った。晴れた太陽の下、静雄の金髪は目だって光る。とても綺麗だった。大きな通りまで出ても、臨也はそっと自然に車道側を歩いた。

「こないだは酢豚にしたよな。うーん、じゃ中華はやめるか〜」
「俺はなんだっていいけどね」
「じゃあ、麺かご飯かパンならどれ?」
「ご飯かな〜」

静雄はふんふんと頷き、夕飯のメニューを考え始める。こうして静雄の作る夕飯を食べるのが臨也にとっては最高の楽しみだった。静雄は料理が上手い。臨也は静雄の作るものならなんだって好きだった。二人は付き合い始めて長い年月になる。勿論喧嘩や衝突も多かったが、なんだかんだ関係は途切れることなく続いていた。出会ってからを考えるとかなりの時間一緒にいる。静雄も臨也の好みを知り尽くしていたし、臨也も静雄のことをよく理解していた。

「天ぷらとかは?それともハンバーグとかのがいい?」
「どっちでもいいよ」
「…そういうのが一番困るんだって言ってるだろ」
「だってシズちゃんの作るものは美味しいって決まってるんだもん」

にこりと笑って言うと、静雄は照れながらも「なんだそれ」と笑った。スーパーに着くと、静雄は慣れた手つきでカートにカゴを乗せる。真っ先に向かった野菜コーナーに、思わず臨也は顔をしかめた。

「シズちゃ〜ん…俺野菜はさぁ」
「ちょっとは食えよな」

静雄は真剣に野菜を選び、カゴへ入れていく。戻してやろうかと思ったが殴られそうなのでやめておいた。精肉コーナーに移り、またしても静雄は真剣な顔つきをする。こういう表情も好きだな、と臨也は心の中で呟いた。

「あ、ちょっと安いな。臨也、ハンバーグでもいい?」
「いいよ。楽しみだなぁ」
「じゃあそうする」

静雄は手に取りながら肉を選ぶ。臨也はぶらぶらとその周辺を歩き、いいものを見つけてそれを手に静雄のところへ戻った。静雄に持ってきたものを見せると、目の色が変わったような気がした。

「みてみてシズちゃん、シズちゃんの好きなお菓子の期間限定味だよ!!」
「、…い、いや…でも、こないだもお菓子買ったし、」
「いいじゃん、だって期間限定だしさ、ほら、別に急いで食べなくてもいいんだし」
「……」
「迷うなら食べて後悔したほうが幸せだよ」

臨也はカゴにそのお菓子を放り込んだ。静雄は口をもごもごさせながら、でもそのお菓子を元の場所へ戻そうとはしなかった。静雄は甘いものが大好きだ。だが食べ過ぎては大変と気をつけてはいるのだが、なかなか欲望に打ち勝つことができない。また負けたな、と静雄は小さくため息をついた。だが、かなり美味しそうだ。ちょっとずつ食べるようにしよう。

「あとは?シズちゃん」
「玉ねぎとかはあるから、あとパン粉と…牛乳もなかったっけな」
「牛乳持ってきてあげるよ。いつも冷蔵庫にあるやつでいい?」
「ああ」

臨也は飲み物のコーナーへと足を運び、並んでいる牛乳の中から迷わずに青いパッケージのものを手に取る。静雄の家の冷蔵庫にいつもあるもので、静雄はこのメーカーのものが一番好きらしい。あまり違いなどはわからないが、静雄はこだわっている。牛乳を片手に臨也は静雄を探す。パン粉や何やらをカゴに入れた静雄と途中で合流した。

「はい、シズちゃん」
「ありがとう」
「もう平気?」
「ん、大丈夫」

レジへと向かい、空いてそうな場所に並ぶ。臨也は後ろに手を伸ばし、ポケットから財布を抜き取るとそれを静雄へ渡した。静雄はそれを見て首を振る。

「シズちゃん、これで」
「、私が払う。前も出してくれただろ、臨也」
「前は前、今は今。そのハンバーグは俺も食べるんだから」
「でも、ハンバーグとは関係ないものも買ったし」
「いいから、これで払って」
「、あ」

臨也はひょいと静雄の財布を奪い取る。静雄は奪い返そうとしたが、レジの自分の番が来てしまって、どうしようもなくなってしまった。臨也はカゴをレジへ置き、自分は先にレジを通り抜けた。いらっしゃいませと店員が挨拶し、ピッピッと素早くレジを済ませていく。静雄は臨也の黒い長財布を握り締めた。臨也にいつも出させてしまって申し訳ない気がする。その分ハンバーグで返さなければ、と静雄は料理に気合を入れることにした。値段を告げる店員に、静雄は臨也の財布から代金を出す。

「丁度お預かりします」
「はい」
「、あ、奥さん!」

臨也がレジを通した品物が入ったカゴを持ち上げ、静雄もそれに続いてレジを通過しようとすると、店員に呼び止められた。びくりと驚いて立ち止まる。臨也も同じく立ち止まり、店員と静雄を交互に見た。

「レシート、どうなさいますか?」
「あ…も、もらいます。すみません」
「はい、どうぞ」

40代くらいの女性店員は、にこりと微笑みながら静雄に丁寧にレシートを渡した。静雄はそれを受け取り、慌てて臨也の傍に寄る。静雄から受け取った持参した袋を広げながら、臨也はくす、と笑った。

「奥さん、だってね」
「……」
「…夫婦に見えたのかな?」
「さあな、」

静雄は臨也から袋を奪うと、てきぱきと物を詰めていく。それを持ってさっさと店の外に出ようとすると、臨也が袋を持っていた静雄の手に触れた。静雄はどき、として臨也を見つめた。

「持つよ」
「、このくらい持てる」
「持たして。せっかくついてきたんだから」

臨也は笑いながら袋を持つと、そのまま店の外へ向かう。臨也の背中を見ながら歩いた。さっきの店員の言った「奥さん」という言葉が、どうにも心の中に残ってしまって仕方がなかった。






「シズちゃん、ぐるっと回って帰らない?」
「え?」
「ちょっとだけ…歩きたいんだ」

スーパーの前に信号でそう言った臨也に、静雄は別にもう家に帰れば夕食に取り掛かるだけだったので、いいけどと答えた。来た道とは別の、遠回りをして家へと向かう。そういえばこっち側の道にはあまり来たことがなかったな、と静雄は思う。

「……」
「、」

臨也は珍しく何も喋らなかった。静雄も話題が見つからなかったので、そのまま臨也の隣を歩く。やはり臨也は車道側を歩いていた。しばらく歩いて住宅街に入ると、小さな公園があった。

「へえ…こんなところに公園なんてあったんだな」
「あんまり来ないんだ?」
「こっちにはな。…あ、」

静雄は通り過ぎようとした公園に入って行く。臨也も何かと思って静雄の後に続いた。静雄はブランコの近くでしゃがみ込む。ワンピースが地面についていてしまっていたが、静雄は気にしていないようだ。そして立ち上がり臨也の方を振り向いたその手には、小さな花が握られていた。

「臨也、見て、もうタンポポが咲いてる」
「ああ…春だもんね」
「暖かいしな」

静雄はそれを両手で弄りながら、そのままブランコに座った。臨也もその隣に座り、袋を傍に置く。きい、と鎖の錆びた音がした。公園には子どもは一人もおらず、静かだった。

「…あれ。どうだったかな…」
「…何が?」
「子どもの頃、母さんに教えてもらったんだけど。知ってるか?指輪の作り方」
「貸してみて」

臨也は静雄からタンポポを受け取ると、器用に指輪を作り上げていった。細い指が茎を編んでいく。静雄は出来上がった指輪を見て、すごい、と呟いた。

「器用だな、臨也…」
「俺も作ったことあるからね。…シズちゃん、」

臨也は静雄の左手をぐいと引く。静雄はバランスを崩しそうになるが、右手でブランコの鎖をなんとかぎゅっと握った。臨也は丁寧に、その指輪を左手の薬指に嵌めた。その薬指の意味を、静雄は知っていた。

「、臨…」
「…綺麗だね。……」
「……、そ、そうだな。可愛いしな、」
「タンポポもだけど、…シズちゃんが、だよ」

はっとすると、臨也の赤い瞳が静雄を真っ直ぐに見つめていた。真剣なその表情に、静雄は思わず視線を逸らしてしまう。

「臨也…」
「…もっと綺麗なの、あげるよ。…あげるからさ…俺の傍にいてよ」
「…今だって、いるだろ…」
「そうじゃない。ずっと、…朝も昼も夜も、ずっと。俺の傍で、俺の…俺だけの、シズちゃんでいてほしいんだ」
「……そ、んなの…」

静雄は臨也を見ることができなかった。これは、いわゆる、そう、プロポーズというものなのだろうか。ドラマでしか見たことがなかった。静雄はぎゅっと目を瞑る。それでも臨也の視線は感じていた。

「嫌?」
「嫌じゃ、…ないけど……そ、その、心の準備が、っつーか」
「考えたことなかった?」
「て、わけじゃ、ないけど」
「俺はいつも思ってたよ。シズちゃんが俺のお嫁さんに…なってくれないか、って」

ちゅ、と臨也はタンポポの指輪にキスをした。静雄はかあっと顔を赤く染める。臨也は静雄の手を両手でぎゅっと握った。静雄の手に唇を寄せたまま、臨也は言う。

「シズちゃんしか考えられない」
「……」
「愛してる。これからもずっと。…結婚してください!」

静雄は臨也の手が少し震えているのに気がついた。右手でそっと臨也の手に触れる。臨也が顔を上げた。静雄は赤い顔のまま笑ってみせた。

「…、……ありがとう、臨也」
「……」
「…私でよかった、ら…」

臨也はその瞬間ブランコから降り、思いっきり隣の静雄を抱きしめた。静雄もそっと抱きしめ返す。もう奥さんって言われても驚かないな、と言うと、臨也は笑っていた。帰りは手を繋いで家まで帰った。静雄の左手薬指のタンポポの指輪は、ダイヤより何より、きらきらと輝いていた。



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10000hitフリリク企画:草菜様より
「幸せなプロポーズ話。恥ずかしがって静雄がちょっと素直じゃない、ほのぼの系」

お待たせいたしました!
この度はリクエストありがとうございました!!

こんなんでいいんでしょうかどきどき…ほのぼのになってますでしょうか…!
もしよければ受け取ってくださいませ!
これからもどうぞよろしくお願いします。

Like Lady Luck/花待りか
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201007
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