はじまるかも、
しれない




きらきらとした陽射しが照らす。夢がどんどん遠ざかり、光に引っ張られる感覚がする。睫毛の音をたてて目をゆっくりと開ければ、今日という一日が始まるのだ。臨也は毎日、白い天井を見る。高く曇りないそれは、朝の陽射しに染まって金色に姿を変えるのだ。この色が好きだった。

「ん……」

臨也は視界にはらはらと額に流れる自身の黒い前髪をぐいと片手で持ち上げる。そのまま起き上がり、違和感に気がつく。右側に光る金色がもうひとつあるのだ。眩しいそれに片目を瞑る。そして意を決して再び開けた時、臨也は思わず目を見開いた。








「変なツラ」

目を覚ました彼の第一声はそれだった。臨也を見上げ、はっと鼻で笑うように。臨也はコンタクトがなくてぼんやりした視界の中でもその表情だけは読み取れた。

「……、夢か…まだ寝てるのか俺は」
「じゃあ二度寝して」

ぐいと腕を引かれ、臨也はベッドに倒れこんだ。訳がわからなくて、まだ寝起きで回転していない脳を必死でたたき起こそうとするが間に合わない。静雄はぐっと力をかけて臨也の手首をベッドに押し付けた。臨也の視界が静雄の金色でいっぱいになる。

「痛っ、…ね、折れるって…君、馬鹿力なんだから…」
「だいじょーぶ…加減してっから…」
「…寝ぼけてるでしょ、まだ」
「…どーだろうな」

手首の痛さに臨也は顔をしかめた。というかおかしい。何故静雄がここに、自分の家の寝室にいるのだろうか。昨日はどうしたんだったっけ。酒は飲んだっけ。

「、…いや、マジ、…折れるって」
「軟弱な奴」
「普通の一般人はこんなもんなの、」

朝から手首を折られたくはない。静雄は臨也の顔をじっと見つめ、そしてようやく手を離した。臨也の手首には赤く静雄の指の形が残る。静雄は臨也を見下ろして、その唇を動かす。

「…現実だ」
「…みたいだね、この痛さじゃあ、」
「残念だったな、現実で」

ふっと笑うと、静雄は臨也の上から退いた。臨也はまだいまいち信じられなかったが、じんじんと手首の痛みは続いている。静雄はふあ、と大きな欠伸を一度した。

「…ねえ、シズちゃん」
「ん?」
「…なんで、君がここにいるのかな?」

ベッドサイドに何故か置いてあった煙草を取ろうとした手を、静雄はぴたりと止めた。そして臨也の方を振り向く。その顔は一瞬驚いたようなものだったが、すぐに臨也が知っている顔に戻った。

「…おまえが泊まってけって言ったんじゃねえか」
「え、…俺が?」
「よく言うぜ」

そしてギシ、と再び臨也に迫り寄る。静雄の着ている白いワイシャツの襟元から覗く、同じように白い首筋。そこに真っ赤な傷痕があるのに気づいた。

「、…虫刺され?」
「…さあ?」

くす、と笑う静雄の表情はどこか挑戦的だ。臨也は静雄に再び手首を掴まれる前に、とベッドから素早く降りる。そのまま無言で寝室を出れば、天気の良い陽射しに照らされたリビング。

「……、コンタクト…」

思い出したように呟くと、臨也はそのまま洗面所に向かう。しっかりとコンタクトをつけて戻ると、自分の記憶のままのリビングだ。テーブルに酒の瓶が転がっているわけでもないし、散らかった後もなく綺麗だ。

「…だめだ、思い出せない」

昨日、己が何をしていたのか。何故静雄が自分の寝室で、しかも同じベッドで寝ているのか。一昨日は確か池袋で出会ってしまって、静雄の投げた自販機を間一髪交わした…のが臨也の中にある静雄の一番新しい記憶だ。

「……」

静かな部屋。静雄はまだ寝室だろうか。臨也は台所の冷蔵庫から水を取り出してコップ一杯だけ飲むと、再び階段を上がって寝室に向かった。これで静雄の姿がなかったら…随分長い夢を見ていたものだ。

「…シズ、ちゃん?」
「…あ?」

ドアを開けると、ふわっと風が通り抜けた。静雄が窓を開けたようだ。ああ、夢じゃなかった。風に混じって静雄の煙草の匂いがした。

「煙草…」
「窓開けてっから」
「そういう問題じゃ、…」

少し近寄って、臨也は足を止めた。先ほどはぼやけていた静雄の顔が、今ははっきりとよく見える。眩しいほどの陽射しのせいだろうか?…静雄がとても、綺麗に見えるだなんて。

「…臨也?どうした」
「え、…あ、あー…その、俺、どうしても思い出せないんだよね。昨日の夜…何してたか」
「……」

静雄の瞳が臨也を見る。臨也の瞳は静雄の乱れた髪や、くしゃくしゃのワイシャツ、そしてその襟元に行く。これで静雄が女の子ならもしかして、もあったかもしれないが、いやいや今この状況でそれはないだろう。というか静雄は自分を憎んでいるし、まあ自分だってそんな不自由しているわけではないし、

「…変なツラ」
「、…二度目だよ」
「大事なことだから」

二度言いました、って?臨也は眉間に皺を寄せた。静雄はまた口元を笑わせると、煙草を自分の携帯灰皿に押し付けて消した。そして「よ、」と声を出してベッドから立ち上がる。

「…まさか、だよね」
「何が」
「…いや…」

体格から見れば、まさか自分の方が…とも思ったが、身体の痛みはどこからも感じない。強いて言えば、先ほど静雄が掴んだ手首くらいだ。洗面所での鏡にも、自分の首筋に赤い痕なんかは見つからなかった。

「…ふっ…」
「、…」
「ふっ、はは、…っ」

臨也をじっと見つめたかと思うと、静雄は突然噴き出すように笑った。臨也が頭にはてなマークを浮かべていると、静雄はおかしいものを見たように更に笑うのだ。

「ちょ、」
「は、ははっ、だって、…だっておまえ、」

静雄が自分の前でこんなに笑ったことがあっただろうか。珍しいこともある。静雄は一頻り笑うと、ワイシャツの襟元をぺらりと捲る。そこには先ほども目にした、赤い傷痕があった。

「虫刺され、」
「え?」
「ただの虫刺されだ。…ばーか」

静雄は言いながら、ベッドサイドの煙草の箱を自分のズボンのポケットに閉まった。そしてベッドの近くに落ちていたベストも拾い上げる。いつも着ているバーテン服のものだ。

「ちょっとからかっただけだ、」
「…、なんだ、」
「…昨日、一昨日の腹いせにおまえのこと一発殴ってやろうと思ってここ来たらよ、マンションのエントラスのとこで倒れてるの見つけて」
「……あ、」

そうだ。そういえば、昨日は門田と久しぶりに会って、そのまま飲みに行ったんだったか。池袋から新宿まで戻ってきたのは憶えているが、まさかエントランスで力尽きていたとは。そんなに飲んだとは思ってなかったのだが。

「酔ってる奴殴っても仕方ねえし」
「…俺、命拾いしたなあ」
「放って帰ろうとしたら、手首掴まれて。………まあ、色々あって、家まで運んでやったわけだ。それでもおまえの手が離れなかったからだな、当のおまえはブツブツ泊まってけばいいって言うし、」

どうしようもなくてそのまま寝た。静雄はそう呟く。だんだんと埋まる消えた昨日の夜の記憶。駅からマンションまで辿り着けていたのは、無意識に足が動いていたのだろうか。

「…優しいじゃん、シズちゃん」
「……別に。今度飲む時は加減しろよな」

静雄はベストを肩にかけ、すっと臨也の隣を通り過ぎようとした。その時、臨也は静雄の手首にもう一つ赤い傷痕があるのを見つけた。ワイシャツの袖からちらりと見えたそれに臨也は口を開いた。

「あれ、そっちも虫刺され?」
「え?」

静雄の手首を指差すと、ばっと静雄はそれをもう片方の手で隠すようにした。慌てたその仕草に臨也もきょとんとする。静雄の頬は少し赤かった。

「これは、……べ、別に、なんでもないっ」
「、」
「なんでもねえから!」

急に変わった静雄の様子を不思議に思っている間に、静雄は走って部屋を出て行ってしまった。遠くで玄関のドアの音がした。臨也はふう、と息をつき、先ほどまで静雄のいたベッドにぼすんと腰かけた。

「…虫刺され、だよね?」

静雄の手首を思い出してぼそりと呟いた。ベッドからは臨也のものではない、ふわりと少し甘い香水の香りが漂った。甘く、暖かい、陽だまりのような香り。






エレベーターを降りると、エントランスに出てようやく静雄は息をつく。そっと隠した手首を開けば、臨也に指摘された赤い痕。首の虫刺されと同じようで、それは違う。

(……、くそ…、)

これだから酔っ払いは嫌だ。昨日の手首のキスは、やはり何かの間違いだったのだ。振りほどける手を振り払わなかった。蘇る昨日の記憶。臨也の傍に屈んで床についた静雄の手を引き、口付けた、甘い痛み。

「……、」

静雄に見せた、悪戯っぽい、けれどどこか真剣な笑み。思い出すと何故か顔が熱くなるようで、静雄はもう一度息を吐いてエントランスを出た。



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10000hitフリリク:のら様
「2人は付き合ってもいないのに、朝起きたら隣に静雄がいるのに昨夜の記憶がない臨也。」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

臨静臨で書かせていただきました…!
ここから二人の恋がはじまればいいなと思います…!
こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので!!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201106




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