魔法使いと 居候な彼女 前編 ※「ハウル」パロです。臨也→魔法使い、静雄→城の居候 「やあ、帰ったよっ!」 チン、と扉の上の鐘が鳴り、静雄が視線を扉に向けたと同時にそれが思い切り開かれる。入ってきたのは上機嫌に笑う男だ。被っていた中折れハットを取ると、ふわっと黒髪に整った顔立ち。白いスーツにピンク色のシャツがよく似合っていた。 「…おかえり」 「久しぶりだね、シズちゃん!」 「いや、二日で久しぶりとは言わな…ッ、ひゃ!?」 ちらりと男を見ただけで特に表情を変えず、掃除を続ける静雄に後ろから男は抱きついた。ふわりと男の香水が香り、それに静雄は眉を寄せた。 「、違う…」 「ん?ああ、だって今日は『サイケ』だったから、」 「…、っ、ちょ、耳元で、」 わざと静雄の耳元に唇を寄せ、男は低く囁きかける。静雄がぎゅっと目を瞑ったところで、男はれろ、と熱く舌を耳に這わせた。静雄の身体がびくりと跳ねる。 「ッん、あ…や、やめ…」 「シズちゃん…寂しかったよ、」 「ちょ、…っ、んん…っ、どこ触ってんだ、この変態ぃ!!」 男の手がそっと静雄の胸元に触れた瞬間、静雄はかっと目を見開き、後ろ向きに足を振り上げた。鈍い音と共に、男の「うッ」といううめき声が聞こえる。バタンと男はそのまま床に倒れこんだ。 「ひっ…ひどいじゃん……もろ…直撃、なんですけど…」 「、急に胸触るからだろっこのセクハラ魔法使い!自業自得だッ」 「いや、シズちゃんを目の前にしたら、つい…」 股間を押さえながら涙目で静雄を見上げてくる男は、せっかくの整った顔が台無しだ。静雄ははあと大きくため息をつくと、綺麗にテーブルクロスが敷かれたテーブルを見て言った。 「…ほら、早く座れよ。腹、減ってんだろ…今用意するから、」 「…シズちゃん…っ!さすがは俺、世界最強の魔法使い・折原臨也の嫁だよね〜!」 「勝手に適当なこと言うな!」 静雄は少し赤く染まった顔で叫ぶと、ふんっと臨也に背を向けた。臨也はむくりと床から起き上がり、そっと指をパチンと鳴らした。瞬間、ふわっと静雄の着ていたベージュの動きやすそうな服がピンクの愛らしいワンピースに変わる。静雄ははっとして振り返った。臨也はにっこり笑ってみせる。 「プレゼント」 「、…レースとか、リボンとか、…似合わないって言ってるだろ。それに私は、ただの居候で…」 「とっても可愛いよ。俺の見立てに狂いはないね」 臨也はすっと自分の着ていた白いスーツを撫でる。すると、触れたところから服が変わり、あっという間に黒いシャツとズボンに着替えた。こっちのがやっぱり落ち着くな、と呟いて笑う。静雄は諦めたように息をつくと、そのワンピースのままキッチンへ向かった。 折原臨也といえば、その世界では有名な存在だった。とある偉大な魔法使いの一番弟子で、その師匠に引けをとらないほどの実力の持ち主だった。だが、とにかく臨也は自由奔放で悪戯も多く、好きなように魔法を使いたがった。誰のためでもない、自分のためだけに。 『折原は確かに素晴らしい魔力を持っている。だが…それ故に、野放しにはしておけん…』 魔法使いたちは、臨也の力を恐れていた。実際、臨也は街で「美女の心臓を食べる」とも噂されたほどだ。それならばいっそ支配下に、と臨也を捕えようと躍起になったのだが、その作戦はどれも失敗した。臨也はとてつもなく頭もよかったのだ。 『使っている偽名も多い。折原は逃げるのも上手いからな…』 臨也はいくつかの名と共に「設定」を持っている。臨也を捕えるのは並大抵のことではなかった。そんな臨也に手を焼いている日々が続いたが、ある日きっぱりと臨也は悪戯に魔法を使うのをやめたのだ。 『折原様に、壊れた車を直していただいたわ!』 『あの青年…サイケというのかい?ワシの荷物を全部運んでくれてのお…』 『子どもが迷子になってしまって困っていたのです。そしたら、日々也さんというお方が、居場所を探してくださった…!』 街中で臨也の評判は上々だった。魔法使いたちは何かの罠かと考えたが、そうではなさそうだった。臨也はある女性に出逢ったのだ。 「いっただきまーす!」 臨也は両手を合わせ、スプーンを手にとった。目の前には、静雄お手製のシチューが美味しそうに湯気をたたせている。静雄は臨也の向かい側に座った。 「どーぞ…」 言いながら、ぱこっと裁縫箱を開ける。針に器用に糸を通し、何かを縫い始めた。臨也はシチューを口に運ぶ。じんわりと暖かく、そして口の中に広がる風味。臨也は上機嫌だった。 「おいしい…!ああ、今日も生きて帰ってきてよかった、」 「何言ってんだか」 「…俺はいつも思ってるよ。シズちゃんのために、ここに帰ってくるんだから」 にこ、と臨也は笑う。静雄は手を止めて臨也を見た。臨也の真っ赤な瞳は、静雄だけを映していた。広い広い野原で倒れている静雄を見つけたあの瞬間から、臨也は静雄のために生きていた。 「シズちゃんを一人にはさせない」 「…お前が仕事に行ってる時は、いつも一人だが」 「心はいつだって、『臨也』はいつもシズちゃんの傍にいるよ」 静雄は自分の記憶を失っていた。どこの生まれかもわからず、憶えていたのは自分の名前だけ。美しい静雄に、臨也は一瞬で恋に落ちた。悪い悪戯もやめ、人々のために魔法を使うようになった。それも全て、静雄のため。臨也は自分が追われているのを知っていた。静雄に危険が及ぶことだけは避けたかったのだ。 「…ふん、」 「あ、信じてないねー。本当だよ…おかわり!」 いつの間に平らげたのか、臨也はずいっと静雄に空になった皿を差し出した。静雄は頷いて、立ち上がる。その顔はどこか嬉しそうで、臨也はこの静雄の表情が好きだった。静雄は臨也のこの城で居候することになり、主に家事全般をやってのけていた。臨也は城を空けることも多かったので、とにかく城は汚く、一緒に暮らし始めて半年もたつのにまだどこか部屋は埃っぽく感じる。しっかり掃除はしているのだが。 「なんたって、俺はシズちゃんに惚れてるからね」 「…いいのかよ」 「ん?」 「使いたいように魔法、使えなくて。女の心臓も、食えないままで…」 静雄はシチューを皿に入れ、ことんと臨也の前に置いた。臨也はそっとその手を掴み、静雄を見上げた。臨也は魔法使いだ。…知らぬ間に、こいつの魔法にかかってしまっているのだと静雄は思っている。何しろ、臨也は美しい女の心臓を食べてしまうと噂されていたのだから。その噂は静雄も知っていた。 「はは、あの噂、信じてたの?…俺は、もうシズちゃんがいれば、それでいいよ」 ちゅっと臨也は静雄の手の甲にキスをする。すると、どきどきどきっと静雄の心臓は更に高鳴った。臨也はそんな静雄の赤い顔を見て、にっこりと綺麗に笑った。 「…魔法みたいでしょ」 「、…ひ、卑怯だぞ、」 「はは、…魔力は使ってない、けどね」 臨也は静雄の手をそっと離すと、またシチューに夢中になった。おいしそうに食べる臨也を見ると、静雄も嬉しくなる。元々家事は得意だった。静雄も席に戻り、裁縫の続きをすることにした。 臨也の仕事内容はよく知らない。が、悪い噂は聞かない。臨也は静雄を大切にしてくれるのだ。今日の臨也は青いコートを着ていた。臨也の持つ名前のひとつ、『日々也』の時の服装だ。 「それじゃ、行ってくるね」 「ああ」 「いつも言ってるとおり…訪問者が来ても」 「扉を開けない」 臨也はにこりと微笑んだ。臨也のこの城は不思議な作りをしていて、様々な場所と一つの扉が繋がっている。繋がっているのはひとつの家で、臨也はこの家を「城」と呼んでいた。扉は港町に出ることもあれば、野原の時も。今日は城下町に出て行くようだ。 「いってきます」 静雄の頬にちゅっとキスをして、臨也は扉を開けて外へと出て行った。さてどうしようかと静雄は腕組みをする。そういえば、そろそろ買い物に行っておかなければ。 (パンと、ミルクと…もうあんまなかったよな、) あまり遠くまで行かないでという臨也の注意はあったが、静雄は自由に城を出入りすることができた。身につけていたエプロンを脱ぐと、少しのお金と籠を持って静雄は扉をぐっと押した。そこには賑やかな城下町が広がっている。 (えっと…まずは、) いつ来てもここは人が多く慣れない。波にのまれないよう気をつけていると、どんっと正面から誰かと激突した。静雄はふらりと後ろにふらつきそうになるが、ぐいっと腕を掴まれたのでなんとか倒れこまずにすんだ。 「いっ、た…!」 「、すみま……」 静雄にぶつかったのは、一人の青年だった。目を惹くような、美しいという言葉が似合うような男だ。静雄と目が合った瞬間だった。その薄い唇がふるふると震えて、そっと言葉を紡いだのだ。 「…ねえ、さん………?」 ------------- 10000hitフリリク:あらいし様 「ハウルパロ、変態で残念な思考回路の魔法使い折原氏×家事が得意で城に居候している理想的な嫁静雄、R15」 お待たせいたしました〜! リクエストありがとうございました!! とっても楽しく書かせていただきました〜!^^ ちょっと長くなってしまいましたので分けさせていただきました…! 更にお待たせしてしまい申し訳ありません><もう暫くお待ちいただければと思います…っ! これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします! Like Lady Luck/花待りか ------------- 201105 |