美しい彼女の想望
前編





その男は、嫌な奴だった。毎日違う女を連れ、読めない笑みを浮かべて、人を操り、高みの見物。その真っ赤な瞳の奥には何が潜んでいるのか。それでも言い寄る女は後をたたないようだったし、人気が落ちるようなこともなかった。クラスの女子生徒は口々に言う。折原臨也はかっこいい。折原臨也は素敵だ。折原臨也に、愛されたい。

『そう、その折原臨也です』

顔をあげると奴がいて、周りの女子生徒が騒いでいたなぁと思い出す。奴はにっこりと女を虜にする甘い笑みを静雄にも向けた。その笑みはずっと、10年たった今でも…変わらないのだ。

『平和島さんだよね』
『…それが?』
『折原臨也です』
『さっき…聞いた』

ぶっきら棒な静雄の言葉にも、臨也は笑みを崩さない。女子生徒たちがきゃあきゃあ騒ぎ立てる。次の授業は音楽だったのだ。教科書を持って静雄は立ち上がる。

『見てたでしょ』
『…何を?』

臨也は静雄の前に立ちふさがる。きっと睨むが、臨也は相変わらずにこにこと笑っている。だが不意にその笑みが変わった。明るいそれから、どこか含みのあるそれに。臨也から目線を逸らすことができなかった。

『金髪なんて、この学校で君くらいだよね』
『……、』
『君は確かに俺を見てた。…ねえ、その金髪、地毛?』
『…染めてるけど』
『ロングがいいよ。俺、ロング好きなんだ』

何故ここで好みの髪型を言うんだ、と思わず眉間にしわを寄せた。学生の頃の静雄の髪型は、今と違ってショートに近いものだった。ただでさえ痛んでいる髪の手入れは楽だったし、邪魔にもならない。化粧もせず、制服も着崩してジャージを羽織っていた。

『ロングにしてごらんよ』
『関係ねえだろ、何なんだよ』
『あともうちょいオシャレに気を配ったら?』
『余計なお世話だ!』
『そしたら考えてあげないこともないよ』
『だから何を、』

ずいっと臨也が近づき、静雄は慌てて一歩下がる。静雄には男と付き合った経験がなかった。臨也は元の優しそうな笑みに戻ると、静雄を見つめて言った。

『俺のカノジョに…してあげる』







一体世間は何を基準に、人を美しいと判断するのだろう。顔立ち、スタイル、性格…

「うわっ…今の人やべえ、見た?」
「すっげ綺麗っ、モデルかな」

世界に美人なんて溢れている。テレビや雑誌に出ている女なんて一握りなのだ。

「スタイル抜群〜…いいな…」
「背も高いし、すごい…かっこいい」

美しい、可愛い、綺麗。貰って嬉しくない言葉たちではない。だがそこに努力のひとつもないなんて思っていては大間違いである。生まれた瞬間から全て決まっているわけではないのだ。どう変えるも自分次第、努力次第なのである。

「あ、すみません。余所見してて、」
「……いえ。私も前を見ていなかったので。ぶつかってすみません」

ふっと微笑むこの笑顔も、最初からあったものではない。カツンカツンと高いヒールを鳴らし、街を歩いていく。ふわりとなびく長い金髪、香る花のフレグランス。誰もが振り返る美しい女がいた。東京、池袋ではちょっとした有名人である。

「静雄!」

名前を呼ばれ、その女は足を止めた。名前は平和島静雄。いつもは黒のバーテン服に身を包んでいるが、今日は紺色のショート丈のコートに細いスキニーのジーンズだ。

「…門田か」
「よお…今日は休みか?」
「まあな」

静雄の名を呼んだのは、高校時代の同級生の門田だった。たまに会うのだが、いつも静雄に声をかけてくれるのだ。

「買い物か?」
「…ん、ぶらぶらしてるだけだ。家にいても暇だし」
「そうか。…今日も相変わらず、って感じだな」
「何が?」

背が高い静雄は、ヒールを履けば更に高くなり、門田とも同じくらいの目線だった。門田はいや、と笑う。きょろきょろと辺りを見回し、小声で言った。

「街中さ、おまえに夢中じゃねえか」
「そんな…」
「俺、…視線が痛いぜ。おまえ、なんともないのか?」
「もう慣れたよ」

静雄はくす、と笑った。男から女から、静雄は視線を投げかけられる。それは静雄への憧れの視線だ。門田はふうと息を吐いた。

「そりゃあ毎日見つめられてちゃ、そうな…」
「し、し、静雄さんっ!」

突然目の前に男が飛び出てくる。静雄と門田は足を止め、目の前の男を見た。大学生くらいだろうか、なかなかの男前だ。真っ赤な顔で静雄を見ている。きっと俺は1ミリも見えてねえな、と門田は思った。

「…何か?」
「え、えっと、あの!こ、これ読んでくださいっ」

ずいっと静雄に白い封筒が差し出される。ふるふると震える男の手から、静雄はそっとその手紙を受け取った。ぱあっと男の顔が明るくなる。

「へ、返事は、あのっ…中に書いてあるアドレスにっ、」
「待って。…今言うから」

走り出そうとした男の腕を静雄はぐいと掴む。静雄の白い、細い手に触れられ、男はパニック状態だ。ざわざわと周りに人が集まってきた。静雄は手紙を片手に、申し訳なさそうに口を開いた。勿論、封筒の封は開けられてはいない。

「私、好きな奴いるんだ。…悪い」
「え、…あ、そ、そうっす、よね。す、すみませ…っ」
「でも、…さんきゅ」

静雄は優しく微笑む。男はフられたのに上機嫌で、何度も頭をぺこぺこと下げて逃げるように去っていった。門田は隣でぽかんとしていた。いや、するしかなかった。

「……門田?どうした」
「いや、…なんかすげえもん見たなって……」
「ああ…よくあるんだ」
「そうだろうな…。…つかお前、上手い断り方だな。嘘でもああ言えば大体の奴は、諦め…」
「嘘じゃない」

静雄はそっと歩き出す。門田はえ、と数秒遅れて静雄を追った。静雄は振り返らなかった。前だけ見据え、歩いている。

「…初耳、だな…」
「…言ったことなかったからな」
「い、いいのか?」
「お前は誰にも言わないだろ?」

そこでやっと静雄は門田を見る。はっとするくらいに美しかった。そう、静雄は美しい。誰よりも美しく、凛としていて強く、綺麗だ。そして微笑みからは愛らしさも覗かせる。

「言わないけどよ」
「…もうずっと片想いだけど」
「…おまえが?」

こんなに美しい静雄でも、恋に悩んでいるのか。門田は信じられないと思った。高校の時の静雄も顔立ちはよかったが、今とは違う。今の静雄は、本当に「美しい」のだ。

「その男は、随分と…我侭なんだな」
「はは、……じゃあ門田、悪いんだけど、ちょっと約束あるから。こっち行くな」
「おう、」
「またな」

曲がり角で静雄は立ち止まる。門田に手を軽く振ると、ヒールを鳴らして背筋を伸ばしたまま、静雄は歩いていった。門田はその背をじっと見つめる。静雄は暫く道なりに歩いて、道路に見覚えのある黒の高級車が停まっているのに気がつき、はっと顔を上げた。

「やあ…シズちゃん」

その車に寄りかかっていた、黒いコートの男がにこりと笑う。その腕には、鮮やかなピンクのワンピースを着た女が寄り添っていた。静雄は口元に力を入れ、無理やり笑ってみせた。






その男は10年たっても嫌な奴だった。けれど10年たっても好きだった。静雄の美しさの全ての理由だった。思うのだ。何度だって、諦めようと思うのに。あの時静雄の心を奪い、今もその手に握っている。

『俺のカノジョに…してあげる』

そんな言葉、鵜呑みにして。いつの間にか伸びた髪を見る度、泣きそうになるのだ。振り回されているだけだとわかっていても、縋るしかなかったのだ。何故こんなに好きなんだろう。何故こんなに哀しいのに、私はおまえが好きなんだろう。奴は答えない。いつだって、意地悪そうに笑うだけなのだ。




-------------
10000hitフリリク:アサ様
「静雄は臨也が好きだけど臨也の方はむしろ嫌いで「そんなに俺のことが好きならセフレくらいにならなってあげるよ」みたいな感じで、静雄は好きになってもらうために健気に頑張る切ない話」

お待たせいたしました〜!
ちょっと長くなってしまいまして…続きはもう少しお待ちくださればと思います…!
静か静♀ということでしたので、にょたのほうで書かせていただきました。
ハッピーエンドになれるよう、書いていきたいなと思っております!

リクエストありがとうございました!!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
-------------

201102
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -