その名は
ジェラシー





「シズちゃん、今週の土曜日さ、」
「あ、悪い。午前中、幽と映画行くんだ」
「じゃあ日曜…」
「こないだ駅前に新しいケーキの店できただろ?幽がオフだから、誘おうと思って」
「月曜、」
「母さんの帰りが遅いから、幽の夕飯作らないと」

臨也はそのまま地面に倒れこんでしまいそうだったが、なんとか踏ん張って耐えた。静雄がストローを啜るズズ、とした音だけが響いていた。






臨也の彼女、平和島静雄の弟は俳優だ。学生でありながら、数々の雑誌に取り上げられ、モデルとしても活躍している。学校は違えど、その話は有名で、臨也と静雄の高校でも知らない人間はいないだろう。

「ねえねえ平和島さんっ、これ幽くんに渡してー!」
「あ、私も!お願い〜」

贈り物を渡してくれと頼まれるのも日常茶飯事だ。手紙だったり手作りのお菓子だったり、静雄は「わかった」と預かり、家に持ち帰り幽に渡す。今日もそれは紙袋いっぱいに集まった。

「…相変わらずすごいね」
「あ、臨也」

放課後、臨也は静雄のクラスまで迎えに来る。静雄の鞄をひょいと当たり前のように持つ。静雄はイスから立ち上がり、女友達にバイバイと手を振った。

「また明日」
「うん、じゃあね静雄ー」
「もーいいなぁ静雄ってば。こんなかっこいい彼氏がいてさ〜」

茶髪の女子生徒がにやりと笑う。…付き合って最初の頃こそ静雄は恥らっていたが、数ヶ月たった今では頬を赤らめることもない。笑って女子生徒に言葉を返す。

「そうか?かっこいいかなあ?」
「、シズちゃ…」
「もう、臨也くん人気あるんだからね〜!彼女だからってうかうかしてちゃダメよぉ」
「はは、気をつける!じゃ、また!」

臨也も女子生徒たちに「またね」と手を振る。女子生徒たちはきゃあと声をあげてぶんぶんと手を振り返してくれた。静雄は紙袋だけ持ち、臨也の一歩前を歩いていく。金色の髪は今日は左耳のあたりでふわりとまとめられており、ふわふわの空気感が愛らしく演出している。蝶々がモチーフのきらきらした髪飾りは、初めて見るものだった。

「そういや…どうしたの、それ?朝、してた?」
「ああ…これ?してたよ、気づかなかったのか?」

む、とした表情で静雄は臨也を振り返る。小さな髪飾りに気づけなかったのは悪いと思うが、なんだか臨也は嫌な予感がした。

「幽に貰ったんだ」

ああ、やっぱりな。臨也は「そう」と小さく呟いただけだった。静雄の表情は柔らかく、嬉しそうな笑顔を浮かべている。撮影で行った横浜で、可愛い雑貨店を見つけて買ってきてくれたのだと言う話を聞き流しながら、昇降口へと向かう。

「可愛いよな、気に入ってんだ」
「ふうん。それはよかったね」

臨也もにこりと笑い返す。静雄と幽はとても仲の良い姉弟だった。臨也と静雄はよく喧嘩することも多かったが、幽とはほとんどしないのだと言うし。学校を出て歩き出してからも、静雄の口からは幽の話題ばかりだ。いつものことだったが。

「それでな、こないだの幽の載ってた雑誌が…」
「そっか」
「すごいよなあ、幽は。私、たまに本当にあいつの姉貴なのかなって思う時ある」

幽の話をする時の静雄は、とても愛らしい。それが臨也にとってはとても複雑だった。自分と過ごし、自分といる時の静雄よりとても笑顔で。たまに臨也は不安になる。女々しいとは思うが…実際、今日も昼休みにデートに誘おうとしたら、既に幽との約束があるといくつも断られた。さすがの臨也でも、これは辛い。

「…臨也?聞いてるか?」
「ああ、勿論、聞いてるよ」
「…そう、ならいい」

だがぶつぶつ文句を言う小さい男だと思われたくないな、と臨也は何も言うことはなかった。静雄の家まで臨也はいつも一緒に歩く。最近は冬になって日が落ちるのが早くなった。学校から歩いて20分ほどの静雄の家は、住宅街の中にあった。人通りの少ない道を、二人歩いていく。

「…あっ、」
「え?」
「幽!」

突然静雄が声をあげ、走り出した。向こう側から人影が見え、それが弟の幽であると気づいたのだ。幽はにこりと微笑むと、臨也に向かって少し頭を下げた。臨也もなんとか笑顔を作る。引きつったかもしれないが。

「姉さん」
「今日、早かったんだな」
「うん。…夕飯の買い物、行った?母さん、遅いんだよね」
「ん、着替えてから行こうと思って」
「…俺も行こうかな。荷物持ちくらいにはなれると思うし」

少し離れたところで、臨也は二人の会話を暫く聞いていた。静雄の表情は相変わらず、幽を前にすると愛らしく優しい。臨也は静雄に近寄り、鞄を差し出す。

「はい、シズちゃん」
「あ、…ありがと。臨也、えっと、明日の昼から…」
「じゃあ、また月曜日ね」

臨也はできるだけ優しく微笑み、静雄に手を振った。静雄は何か言おうとしていたようだったが、臨也の頭にはあまり内容が入ってこなかった。そのまま踵を返し、臨也は駅に向かって歩き始める。臨也の家は静雄の家とは反対の、駅から電車に乗って二つ行ったところにあるのだ。今日は金曜なので、二日会えないことは寂しいが仕方がない。臨也は振り返らずに、寒さに顔をしかめながら歩くしかなかった。







土曜日曜と、臨也は結局家にいた。元々静雄のために空けておいたので、その予定がつぶれてしまったのなら他には何もなかった。今頃幽と仲良く遊びに出かけてるんだろうな…と考える度にため息が出た。そんな気分で、電話やメールはできなかった。

(そりゃ、幽くんと俺じゃあスタート地点が違うしさ、…そんなのわかってるけど、)

月曜日、朝起きて制服のシャツを着ながら臨也は思う。寝癖を直すために鏡を見ながら、自分の顔を幽と比べてみる。高校の女子生徒も言っていたとおり、臨也は女子生徒にはかなりの人気があった。幽には敵わないにしろ、悪くはないと思うのだが。

「臨也くーんッ」

するとダイニングから母親の声がした。くん付けはそろそろやめてほしい、と一応返事をして、部屋を出て階段を降りる。すると玄関のところに母親が立っていた。

「何…?」
「ああ、来た来た…静雄ちゃん、待たせてごめんなさいね」

母親がこちらを振り返れば、もう一人立っているのが見えた。臨也と同じ高校の制服を身につけているのは、静雄だった。臨也は目を見開く。静雄が臨也の家へ朝迎えに来たのは初めてだったのだ。

「え、…シズちゃ、」
「…おはよう」
「お、おはよ。ちょ、ちょっと待ってて、」

臨也は慌ててかけていた眼鏡をはずし、洗面台に駆け込む。コンタクトを入れてから一度自室に戻り、鞄と上着を掴んで玄関へ向かう。バタンバタンと遽しく動くので、妹たちが何事かとリビングのドアから廊下を覗き込んで見ていた。

「、ごめん。待たせて、」
「いや…。…ご飯、いいのか?」
「あ、うんうん、どうとでもなるから。行こっか、」

上着を着ながら靴を履き、玄関のドアを開ける。空はどんよりとした曇り空だった。下校するまでに雨が降らなければいいなと思いながら、臨也と静雄は家の門を出る。静雄の顔もどこか曇っていることに臨也は気がつく。

「…どうしたの、急に。時間も…いつもより早いよね、何か用事あった?メールとかくれれば、俺も時間合わせて迎えに…」
「臨也、」
「ん?」

少し先を歩いていた静雄が振り返る。今日の静雄は髪の毛をおろし、前髪を小さなピンで止めていた。小さなきらきらした石がついたそのピンは、とても静雄に似合っていた。また幽からの贈り物だろうか。臨也は胸が痛かった。

「…えっと、その…。…迷惑、だったかと」
「いや、迷惑とかじゃないけど…電車乗ってわざわざ来てくれたんだよね?悪いなって思って」
「お前も、いつも私の家まで…学校逆方向なのに、来てくれてるだろ」
「俺はいいんだよ。あのくらい大したことないし…」

鞄持とうか、と手を伸ばしたが、静雄は鞄を手放さなかった。ふるふると首を振る。臨也は自分が何かしたかなと考えたが、行動を遡ってみてもどうもわからなかった。静雄はぴたりと足を止めて臨也を見る。その目には涙が溜まっていて、臨也は焦る。

「え、ちょっ…し、シズちゃん?」
「……、」
「俺…何かした?ごめん、」
「…なにが…わるい?」

ぐす、と静雄は指で目元を拭った。絞り出した声は震えていて、臨也はどうしたらいいかわからなくなる。静雄が目の前で泣いてみせたのは初めてだった。

「な、何が、って…?」
「私の、なにが…臨也、い、言えよ。言ってくんないと、わかんないし、……」
「いや、わかんないのは俺だよ、…どうしたのシズちゃん、泣かないでよ、」

臨也は周りに人がいないことを確認し、そっと静雄を抱き寄せた。ふわりと優しく髪を撫でれば、静雄は少し安心したように臨也の胸に顔を埋める。花のようないい香りがした。静雄のシャンプーだろうか。

「…臨也、飽きたんだろ、」
「…何に?」
「わ、私に、」
「ええ?そ、そんな訳ないじゃん…!」
「だって、…な、何も気づかないし。休みも、私が、幽と遊ぶって言ったら何も言わねえし、…っ」

じわりと静雄の目にまた涙が溢れてくる。臨也は戸惑いながらも、今度は自分の指でその涙を掬ってやった。静雄の瞳が臨也を見る。とても美しいそれに、臨也は一瞬見とれてしまう。

「…それはシズちゃんが、…幽くんと遊ぶの好きみたいだからさ、その…無理に俺に付き合ってもらうのも、」
「……、」
「髪の毛のアクセサリーとかも、幽くんに貰ったのばっかだし、」
「お、おまえからもらったやつ、ないもん」
「そう…だっけ」

そういえば、ヘアアクセサリーばかりあっても仕方がないか、とそういったものは贈ったことがなかった気がする。静雄はすん、と小さく鼻を啜った。

「幽がくれるのは、どれも可愛いから…で、でもおまえ、気づかねえし、褒めたって棒読みだし、」
「いや、それは、幽くんからのだから、俺もちょっといじけてたというか…」
「ば、ばか臨也」
「…ごめん」

静雄のヘアピンに触れる。何もつけていなくてもとても可愛いが、このヘアピンがあることで更に静雄の魅力を惹きたてていた。赤い石が輝いている。臨也は心をこめて言った。

「…よく似合ってる、可愛いよ」
「…幽と選んだ。アドバイスもらって、…おまえの目の色と、一緒だから……」
「……ありがとう」
「幽は大事な弟で、…でも、…私の彼氏はおまえなんだから、」

ぎゅ、と静雄が臨也の上着を掴んだ。臨也は我慢できなくなって、静雄を思い切り抱き締める。幽くんに嫉妬していたんだと耳元で呟けば、静雄はふっと笑った。

「今度、…シズちゃんに似合いそうなアクセサリー、プレゼントするよ」
「…私も一緒に行く。土曜日…日曜日でもいい。あいてるか」
「どっちもあいてるよ。シズちゃんのためなら、何日だってあけるよ」

静雄も臨也の身体に手を回す。静雄の金髪が、曇り空から開けた晴れ間に反射した。静雄は優しく微笑んだ。臨也も笑って、もう一度静雄を強く抱き締めた。



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10000hitフリリク:芥米様
「幽となかよしな♀静を独り占めしたいヤキモチ焼きな臨也。」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

とても楽しく書かせていただきました^^ありがとうございました〜!
独り占め、と…あまりリク内容にそえてないかもしれませ…!す、すみません><
こんなものでよければ、お持ち帰りも可ですので…!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします!


Like Lady Luck/花待りか
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201102
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