エゴイスティック
なワルツ 
後編





美しい女なんてものは、世界中のどこにでもいる。臨也も何十、何百とそういった女に出会って来た。整った顔、すらりとしなやかな身体、煌びやかなメイク…皆同じだ。着ているドレスの色が少し違うだけ。

『臨也様!』
『きゃああ、臨也様っ』

うっとりとした眼差しで見つめてくる女たちに、臨也は飽き飽きしていた。臨也はその顔立ち故に、とにかくモテた。だが何故愛想を振りまき、優しく接しなければならないのか疑問に思ったことも何度もある。いっそ冷たくあしらえたら、なんて思うのだが、身分上そういう訳にもいかなかった。面倒臭い世の中だといつも感じる。

『お優しくて素敵ね、臨也様!』
『臨也様のために、もっと綺麗になりますわ!』
『臨也様がいらっしゃるパーティーは、本当に幸せ!』

女なんて皆そんなものだと思っていた。だから適当に相手を選んで、結婚して、俺の人生も終わるのだろうと臨也は考えていた。特に面白くも楽しくも何ともない。だが、臨也の中で、たった一人だけ、臨也の知っている女とは違うひとがいた。


『…そういえば、貴方のお名前をお聞きしていませんでしたわ』


初めて会った時に言われた言葉。臨也はそんな言葉を聞いたことがなかった。臨也の名前を知らない女などいなかったからだ。行く先々、どんなパーティでも、臨也は女に囲まれていた。皆が臨也様と口に出すのが当たり前だったのだ。臨也にとって、名を尋ねられるのは新鮮だった。

彼女はとても可愛い人だった。綺麗だが、どこか愛らしく臨也の目には映った。貴族の娘にしては言葉づかいが怪しいところがある。きっと普段はもっと崩した喋り方なのだろうなと思った。金色に輝く髪を持つ彼女はとても目立った。だがそれだけが理由ではない。臨也は気がつけば、自分から彼女の屋敷に出向いていた。女の元に自ら、それもヴァイオリンのレッスンを休んでなど、考えられないことだった。

『坊ちゃん、珍しいですなぁ』
『…なにが?』
『坊ちゃんがこうして女性の方にお会いに行かれるなどと。さぞ美しい方なのでしょうな』
『…そうだね、…美しいけど、それ以上に可愛い人だよ』

ふわりと微笑んで言えば、運転手も満足そうに笑っていた。ヴァイオリンのレッスンを無断で休んだことは後で両親に咎められたが、女性の元に行っていたと理由を言えば驚いた顔をしていた。だが一番驚いているのは、きっと自分自身だろうと臨也は感じている。何故だろう、彼女のことを考えると…胸がとても、温かくなるのだ。

『決して位の高い娘さんではないけれど』
『とても愛らしくて』
『使用人たちにも優しく、花がお好きでね』
『ダンスがすごくお上手で』
『…舞っている時は、一番彼女の近くにいれるだろう?俺は変になってしまったのかな、一曲のダンスに、こんなに…恋焦がれるなんて…』








実際のところ、臨也自身も誰かに嫉妬することは初めてだった。嫉妬されること、嫉妬の対象となることは数え切れないほどにあったのだが。静雄はぱちぱちと瞬きをする。長い睫毛が揺れた。

「…嫉妬、って…」
「……君があの男とどういう関係なのか、俺は」
「別に、そんな…ただ近くにいたっていうだけで、」
「わかってる、そんなことは…。…わかってるんだ、それでも、」

臨也はフェンスに寄りかかり、こめかみに指を当てた。静雄は不安そうな顔でこちらを見つめている。臨也もこの、得体の知れない感情が渦巻いているのを体中に感じていた。

「…怒って、らっしゃるの?」
「……違う」
「けど、…怒ってるように、見えるんだ…」

ぼそりと静雄は、自分の言葉で呟く。寂しそうな表情を前に、臨也は胸がズキンと痛む感覚を知る。そっとその細い腕を掴めば、びくりと静雄は一瞬身体を震わせた。

「、…静雄、」
「…貴方は、本気にならないと聞いたわ…」
「はは、…誰にかな?」
「それは…」

言えないけれど、と静雄は口を噤んだ。臨也は少しだけ笑う。自分はどの女にも本気にはならない、と噂がたっているのを臨也も勿論知っていた。静雄の耳に入っているまでとは思っていなかったが。

「…俺は気にしないよ、君の喋り方が何だろうとね」
「……周りが気にしますわ。どこで誰が聞いているか、わかりませんもの」
「意外とそういうの、考えてるんだ」
「意外、って…」

むっと静雄は表情を変える。臨也はまた笑ってしまいそうになった。こうして自然と笑みがこぼれてしまうだなんて、何年ぶりだろうか。臨也はそうっと静雄の髪に触れた。金色のそれは、夜でも光り輝いている。

「近づきたいんだ」
「…、」
「色々な意味で」
「……本気で、言って…」
「君に対しては、いつも本気だったよ」

運命というものを、臨也は静雄に会って初めて、信じてみたいと思った。あの時、静雄がパーティー会場に来たのは偶然だった。妹が体調を崩していなければ、静雄は臨也とダンスを踊っていなかったし、いや、まず自分が話しかけることをしなければ。今こうして向き合っていることも奇跡に近いのかもしれない。だからこそ臨也は、信じたかった。

「…わからない。だって今まで、…こんな、恋なんてしたこと、ないんだ…」
「…俺のこと、嫌い?」
「まさか、……嫌いなわけ、」
「充分だよ」

臨也はぐいと腕に力を入れ、静雄を抱き上げた。静雄は驚き、「ひっ!?」と裏返った声を出してしまった。慌てて臨也の肩にしがみ付く。

「い、臨也っ…」
「ほら、君の好きなチャイコフスキーが始まるよ」
「え、あ、」
「その前に、皆に報告するべきだね」

臨也は静雄を抱き上げたまま、ダンスホールへと歩き出す。ふわりとドレスがなびく。臨也と静雄を見た人々は、驚きで口をぽかんと開けた。女性たちは「臨也様…!?」と手で口を覆う。ダンスホールにいた幽も、思わず目を見開いた。

「臨也、お、おろし…っ」
「紳士淑女の皆様、お知らせしたいことがございます。僕、折原臨也と…平和島静雄嬢は、ここに婚約をご報告いたします!」
「、はあ!?」

静雄だけでなく、幽も他の貴族たちも声を上げた。管弦楽のヴァイオリンも一瞬止まったが、慌てて曲を続け始める。臨也は丁寧に、ゆっくりと静雄をおろした。そして肩膝をつき、その手の甲にキスをする。

「静雄嬢」
「…い、臨也…様」
「…踊っていただけますか?僕と貴女だけの…ワルツを」

臨也はふわりと微笑んだ。その微笑みに、静雄は顔が熱くなるのを感じ、小さくこくんと頷いた。優しいワルツが流れ始める。静雄はそっと、確かに、自分から臨也の手に自分の手を重ねた。


201102
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