エゴイスティック
なワルツ 
前編





「御機嫌よう、静雄嬢」

にっこりと微笑む男は静雄の前に跪き、ちゅっと手の甲にキスを落とした。長身で顔の整った男。名前はなんと言ったか…忘れてしまったが、静雄はドレスを持ち上げて微笑んだ。

「…御機嫌よう、お会いできて嬉しいですわ」
「私もです。心待ちにしておりました」

パールゴールドのドレス、時間をかけて徹底的にされたヘアメイク。静雄は今日も注目を集めていた。とある貴族の家のパーティにお呼ばれしているのだが、今日は一人ではない。妹の幽も一緒で、これも原因のひとつだろうなと静雄は感じていた。

「幽嬢も。いや、二人並ぶと更にお美しい」
「…まあ、お上手ですこと」

幽は慣れた様子でにこりと微笑み、手の甲にキスを受ける。いつも大人しい幽は社交界では別人のようだった。だが誰一人としてその演技に気づく者はいない。友人や知り合いも多い幽はすぐにたくさんの人に囲まれた。静雄はそうっとその輪からはずれ、いつものように壁にもたれかかり花となる。

(幽、本当に上手いよなあ、)

妹の幽は器用だった。喋りも笑顔も、男たちに期待を持たせるのも、女たちに憧れを抱かせるのも。よくできた妹だと思う。何か飲み物でも貰いに行こうかと歩き出そうとすると、すっと横から数種類のグラスが乗ったトレイを差し出された。

「静雄嬢は、どちらがよろしいかな」
「あ、…そうね、…それじゃあ、こちらをいただくわ」

一番端のシャンパンを受け取り、ありがとうと礼を言う。それは一番初めに話しかけてきた男だった。さっきまで幽のところにいたと思ったのだが。静雄はそっとグラスに口をつける。

「今日もダンスは踊られないのですか?」
「…私がこういった場で踊らないと、よくご存知ね」
「よくお見かけしておりますから。…幽嬢は、貴女のダンスは素晴らしいと言っておいででしたよ?」
「そんな、幽が大袈裟に言っているだけだわ。それに、幽とのダンスは別ですもの」

静雄は笑って切り抜けようとする。一人にしてくれないだろうか、と心の中で思ってみるが、男は立ち去る様子は見せなかった。今日のパーティだってやはり静雄は来る気がなかったのだが、母親が新しいドレスを着てくれ着てくれとうるさかったのだ。母親は静雄や幽にドレスを買い、着せるのが昔から好きだった。おかげで静雄のクロゼットはドレスでいつもパンパンだ。

(してやられたぜ…)

しぶしぶこのパールゴールドのドレスを着てみせれば、すぐにメイドがわらわらと入ってきて髪まで盛られてしまった。そして半ば無理やり車に乗せられ、連れてこられてしまったのだ。静雄は知っている、両親が静雄の将来を心配しているのを。そろそろパーティでいい人でも見つけてこいという意味なのだろう。

(大きなお世話だっての、)
「きゃあっ、折原様のご到着よお!」

女性たちが声を上げる。静雄もその言葉の中のあるワードに反応した。「折原様!」「臨也様あ〜!」とドレスを持ち上げて女性たちがホールの入り口へと群がる。静雄もグラスから口を離しそちらを見た。

「折原…臨也様のご到着みたいですね、静雄嬢」
「……」
「…静雄嬢?」
「、あ、ええ、そうですわね、」

話しかけられてはっとする。視線をグラスの方へ戻して暫くすると、きゃああっと再び高い声があがった。女性たちの間を通って、男が一人ホールへ入ってくる。高級そうな燕尾服を纏い、空気が違う。静雄がちらりともう一度そちらを見れば、男とぱちっと目が合ってしまった。

「…静雄嬢!」

臨也、と静雄は心の中で呟いた。颯爽と臨也は静雄の前まで歩いてくる。ホール中の視線が自分に集まっているような気がして、静雄は固まってしまった。

「御機嫌よう」
「…あ、ご、御機嫌よう。臨也様」
「君に逢えると思い、昨日は眠れなかった。今日もとても美しいですね」

臨也の後ろにいた女性たちが目を見開いている。言うならもっと小声で言ってくれ…!と静雄は慌てる。臨也ははっきりと、皆に聞き取れるくらいの音量で言ってのけたのだ。わざとだろうが。

「お、お上手ね、」
「世辞などではございませんよ、静雄嬢。挨拶を済ませてまいります、また是非後ほど、僕とダンスを」

ちゅっと頬に柔らかいものが触れる。それが臨也の唇だと気づくと、臨也は既に静雄の前から去った後だった。隣の男もぽかんとしている。いや、それよりも、周りの女性たちの視線が突き刺さって痛かった。

「、姉さん、こっち」
「か、幽…」

ぐいと手を引かれ、耳元で囁かれる。誰かと思えば妹の幽だった。そのままバルコニーへ連れていかれる。ホールからはやはりまだ女性たちが静雄を見ている。静雄は幽に心底感謝した。

「…びっくりした、いつの間にそういう関係になったの?」
「な、なってね…ッ、なってないわよ、」

バルコニーには数人他の貴族たちもいた。静雄は素の自分で叫びそうになり、慌てて言葉を修正する。隅に移動し、こそこそと話す。

「臨也様が姉さんのこと気に入ってるって、こないだお父様から聞いたけど…」
「、…好奇心じゃないか?」
「好奇心じゃ行き過ぎてない?…けど気をつけないと、あの人女性に人気あるけど、有名だよ」
「何が…」
「彼は本気にならないって」

幽は顔を上げてホールの方向を向く。さらさらとした少しの癖もない幽の黒髪がふわりと浮く。顎のあたりで揃えられたそれは、何の飾りがなくとも美しい。

「…本気、」
「甘い言葉を吐くけど、どこまでが本当なのかは分からないってこと…」
「……」

ホールでは依然、臨也が女性たちに囲まれていた。優しい笑顔、動く唇。幽の言ったとおりの甘い言葉がどんどんと吐き出されているのだろう、女性たちの顔が赤く染まっている。

「…似たようなものかもしれねぇ、私も」
「え、」
「……本気で考えたことないし、結婚とか、家のこととか。なのにドレス着てこんなとこにいて、…」
「無理やりだったじゃん、姉さんは。あの人…臨也様は、自ら計算してやってるのかもしれないよ」

臨也を見る幽の目はどこか真剣なもので、静雄はフェンスに寄りかかってはあと息をついた。そんな幽の視線に気づいたのか、臨也がこちらを向く。女性たちに何か言うと、一人だけバルコニーに出て二人の元へ近づいてきた。静雄は慌てて寄りかかっていた背を正す。

「失礼、幽嬢…先ほどからそんなに熱い視線を投げかけられては、僕は困ってしまいます」
「まあ、気づいてらしたの?臨也様…お恥ずかしいわ」
「貴女のような美しい方に見つめていただけるなんて、光栄です」

幽はにっこりと笑ってみせた。間近で見てもそれは狂いのない花のような笑顔だ。臨也もふっと笑う。そして静雄へ視線を移した。

「…静雄」
「、あ…臨也様、ダンスの件でしたらご心配なさらないで。私でよければ、喜んで…」
「聞いておこうと思って。さっきの男は、君の知り合い?」

え、と静雄は臨也を見る。臨也は口元は笑っているが、目はそうではなかった。静雄は「さっきの男」の顔を思い出す。先ほどシャンパンを勧めてきた男のことだろうか。

「あ、えっと…顔は知って…」
「それで?」
「、…どうしてそんなことを、お聞きになるの?」

ホールから管弦楽の音楽が流れ出す。ダンスが始まったようだった。隣にいる幽は臨也と静雄の顔を交互に見て、そっと切り出した。

「ダンスが始まったみたいですわ、…では臨也様、お姉様、失礼」

ぺこりとお辞儀をし、静雄に少しだけ不安そうな目を向けると、ドレスを持ち上げてホールへと戻っていった。途端、臨也の顔から笑みが消える。静雄はぎゅ、と自分自身を抱き締めた。

「空気の読める妹さんだねー」
「…質問したのは私ですわ、臨也さ…」
「不愉快だからだよ」

顔を上げれば、すぐそこに臨也の顔があって驚く。またキスされるのかとこの間の出来事を思い出し、ぎゅっと静雄は目を瞑った。だがその唇には何も触れない。臨也はくっと笑う。

「…キス魔じゃないから、俺」
「っ、」
「君は美しい。だが愛らしい…言ったはずだ、俺は本気になりそうだ、って」
「…本気……」

『彼は本気にならない』…幽の言葉が浮かぶ。臨也を信じればいいのか、幽を信じればいいのか。いや、そういうことじゃあない、どうすれば。静雄は困ったように下を向く。恋愛経験なんてないのだ、わからない。

「わからないかな?」
「……」
「嫉妬してるんだよ、俺は」

嫉妬。もう臨也の表情のどこにも余裕はなかった。ホールから聞こえるはずの音楽が、何故かとてもゆっくりに、スローテンポに静雄の耳に届いた。



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10000hitフリリク:桜様
「「ロマンティックにワルツ」続編、臨也の嫉妬→告白→皆が呆れるほどバカップル。臨也視点。」

お待たせいたしました〜!そして後半、もう暫くお待ちいただければと思います><
リクエストありがとうございました!!

臨也視点になってない…ですが、後半は!臨也視点で…!
「ワルツ」のお話たちは私も書いていてすごく楽しいので、リク頂いてとっても嬉しかったです!ありがとうございました…!!

これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201102


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