ヴァニラ






馬鹿みたいに君しか見えていなかった。他のどんな女を見ても、最後には君に行き着いた。君は酷く美しかった。立っていても座っていても、喧嘩をしていたって美しかった。俺の視界にはいつも君がいた。それくらい近くにいたはずだった。…それなのに俺は後悔ばかりだ。君に何も言えやしない。君を傷つけることばかり上手くなって、だけども君の切なげな表情が嫌いで、でも俺は君を微笑ませる術など持たず、一人で苛々して終わる。

「シズちゃんなんてさ…、早く死んじゃえばいいのに」
「こっちの台詞だ」
(どうしようもなく、かき乱される…)





それは無謀な恋だった。恋だったのかも謎だった。私は皆に美しいと持て囃されたけれど、その言葉に意味なんてものはなかった。おまえに会う時の私は決して美しくはなかったから。ふわりとなびくはずだった髪も喧嘩で埃まみれ、整えた制服のリボンも乱れ、化粧を直す暇もなく。そんな時にいつもおまえは現れる。タイミングの悪さに何度泣きそうになったか知れない。

「臨也ッ…もういっそ殺してやる、」
「可愛くないなぁ」
(ああ…ズキズキする、…)







初めて出会ってから随分長い年月がたった。だが二人の間柄に何も変わったことはない。

「よう臨也…」
「げっ、シズちゃん……」

池袋の路地裏で、黒いコートの男とバーテン服の女が顔を合わせる。こうなると周りにいた人々は早足で逃げていくのだ。折原臨也と平和島静雄、二人が揃うとまずすることは、皆己の身を守ること。あっという間に二人の周りから人が消えた。

「もう…なんでいるのかなぁ」
「おまえこそなんで来るんだよ。暇人だな」
「逆でしょ。…っと」

静雄は傍にあった標識を引き抜くと、それを臨也に向けた。臨也はひょいと後ろに下がって避ける。

「見逃して」
「いーや、おまえは今ここで殺しとく」

風が吹き、静雄の髪がふわりとなびいた。高校時代には短かった髪も長くなり、顔つきも大人っぽくなった静雄。すらりとしたスタイルも魅力的で、何度かモデルにスカウトされたこともあるほどだった。

「……」
「…んだよ」
「いや、」

池袋に来れば、静雄に会えた。今日だってそうだ。特に用事なんてないが、池袋に降り立った。静雄に会えればいいと願いながら。静雄はどんどん美しくなって、臨也は内心不安で仕方がない。今度会う時に静雄の左手薬指に指輪があったら…きっと自分は暫く塞ぎこんでしまうだろうと思うくらいに。

「まだ大丈夫、って思っただけ」
「何が、」
「…別に。こっちの話だよ」

誤魔化すように笑うと静雄は顔をしかめた。どうやら静雄はこの臨也の表情が苦手らしかった。静雄の瞳には今、臨也が映っている。それだけで臨也は幸せな気持ちになれた。もう何年も好きだった。長く長く、静雄のことだけを想っていた。

「ふん…まあいいけどよ、死んでくれればそれで、っ」
「わ、っ!…もー、いきなり投げないでよ」

ぶんっと静雄の手から標識が放たれる。臨也はそれを避け、駆けながら静雄の傍へ寄る。甘めの香りが漂った。静雄とすれ違う瞬間、一番静雄との距離が近くなる。

「臨、っ…」
「…すごく…いーにおいするね、シズちゃん」

はっと静雄の動きが驚いたように止まるが、臨也は足を止めなかった。「またね」とだけ言葉を残し、走り去る。途中振り返ったが、静雄は追いかけてはこなかった。静雄は臨也の黒い背中をじっと見つめていた。ぐっと拳を握り締めて。

(…香水、変えて……よかった)

いつも使っているものが店に置いていなかったので、新しいものを購入したのだ。静雄は臨也を追いかける気はなく、はあ…と息をついた。臨也が池袋に来ると、純粋に嬉しかった。自分からは新宿には行けない。臨也が来るのを待つだけだった。勇気が出ないというのもあるが、新宿まで出て、臨也と誰か知らない女性が歩いていたらショックで立ち直れない。

「おーい静雄〜」
「あ、…トムさん」

無事か?終わったか?と上司がひょこりと路地から顔を出した。静雄はすみませんと少し頭を下げ、仕事の途中だったことを思い出した。どうにも臨也が来てしまうといけない。静雄の心の奥底に抑えてある気持ちが、あふれ出てしまいそうで。







「君たちは見ててすごく…こう、もどかしいっていうのかな…」

新羅はそっと口にした。臨也は出されたコーヒーを一口だけ飲む。…甘すぎだ。新羅め、勝手に砂糖とミルクを入れたな。

「言ってしまえば楽なのに」
「は、…どうだか。…俺は今のままでもいいんだよ」
「恐いのかい」
「当たり前だろ?……新羅、俺たちは難しいんだよ。俺たちは、…」

今日も臨也は池袋へ来ていた。だが今日はまだ静雄には会っていない。仕事が休みという情報は聞いていないので、てっきり街中にいると思ったのだが。どうしようかと思っていたところ、新羅から久々に来ないかと電話をもらった。どうせ暇だったので了承したわけだ。

「でも君は静雄以外考えられないんじゃないの」
「……」
「どうしようもないじゃないか」
「…何、新羅、説教をするために呼んだの?」
「そういうわけじゃないよ」

新羅は笑いながらコーヒーを飲む。臨也はテーブルに肘をつきながら、ぼうっとついたままのテレビを見つめていた。今日のニュースが流れているが、どれも臨也の既に知っているものだった。

「…本当は君のこと、好きだなんて言って…今更どうなる、…」
「……」
「シズちゃんはとっても綺麗だよ。シズちゃんは可愛いよ。シズちゃんは美しいよ。…って俺が言って、シズちゃんは本気で信じると思う?……俺が馬鹿馬鹿しく積み上げてきたものは、そう簡単には崩せないんだよ。いくら想いをこめて言ったって…嘘としか思われない」

建前だけでつくられた壁がある。この壁がある限り、自分の想いは静雄には伝わらない。臨也はそう思っている。自分が紡ぎだす言葉は、静雄を幸せにできるものではないのだと。

「君たちの立っている場所は、遠いようで実はとても近いのかもしれないよ」
「…え?」
「ねえ、静雄」

かたんっと音がし、臨也はそちらを向く。リビングのドアが開けられ、そこには見慣れた金色の髪。静雄は臨也と目が合うと、罰が悪そうに下へ目線を逸らした。着ているのはバーテン服ではなく、ふわりとしたチュニックにキャメル色のショートパンツという初めて見る私服だった。

「臨也……そ、その。聞くつもりは……」
「…新羅…嵌めたな?」
「君たちがいつまでもうだうだやってるのがいけないのさ。あ、臨也、そのコーヒー君のじゃないから。静雄のだから」

早く言えよと臨也は舌打ちした。だからあんなに甘かったのか。新羅はにやにやしながら「僕は隣の部屋にいるよー」とさっさと逃げていってしまった。静雄はリビングのドアのところに立ったままだ。

「……シズちゃん、仕事は?」
「今日は…一件だけで、早くに終わって…」
「ふうん。……」
「……」

臨也は頭を抱えたくなった。ああ、だから嫌だったのに。君は気まずいだろうな。これでもう一生拗れたらどうするんだ。ただでさえ拗れてるのに、新羅の奴、そうなったら末代まで呪ってやるしかない…

「あの、…臨也」
「…ん?」
「……その、さっきの、話……」

静雄の顔がだんだん赤く染まっていく。美しさを更に際立たせるメイクのせいではないだろう。思い違いでなければいいと臨也は思っていた。イスから立ち上がると、静雄の傍へ近寄った。

「…どう思う?」
「…え、」
「本当だと、思う?…俺がシズちゃんを…想っていること、」

臨也はそっと問いかける。少しだけ微笑んでみたが、静雄は笑みを見せなかった。甘い香りがする。先日静雄と池袋で会った時と同じだ。ヴァニラが強い、上品な中に女の子らしさを感じさせる、甘い香り。

「…おまえそんな、泣きそうな顔…するなよな、」
「え、…そんな顔してる?」
「……さっきの言葉が本当なら、それで…いい。……嬉しかった」

ぼそりと静雄は呟いた。臨也は何度か瞬きをする。…新羅を呪うのはやめておこうと思った。いや、それよりむしろ、

「……感謝しないと」
「…何に?」
「いや、……ねえシズちゃん、…後で、やっぱり無理とか、言わないでね」
「………言うかよ。だって、…」

静雄は臨也の手をそっと取った。優しい暖かさを感じる。「私もずっと前から、臨也のことが……」ヴァニラに混じって流れてきた愛は、嘘じゃない。



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10000hitフリリク:黒澤様
「両片想いの切甘で両想いエンド。年齢は大人、比率は臨→→→←静くらい。臨也が静緒を好き過ぎる描写。」

大変お待たせいたしました…!
リクエストありがとうございました!!

もっとシズちゃんラブを出したかったんですけどっ…あれ…!><
シズちゃんも結構臨也が好きな感じになってしまいましたが…
こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので…!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いいたします。


Like Lady Luck/花待りか
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201101
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