それも
計算のうち





「平和島さん、ちょっと顔かしてよ」

もう今更驚いたりなんてしない。静雄はふうと小さくため息をつくと、くるりと後ろを向き、昇降口とは反対の方向に歩きだした。静雄の前で揺れる、3名の女子の髪。それは静雄と同じ金色だったり、茶色だったり。だがどの髪も毛先はパサパサだ。艶やかでない。静雄はもう一度息を吐いた。






思った通りだった。体育館裏ではなく、今日は倉庫に押し込まれた。既にそこには数名の女子生徒が待機していた。…皆暇である。部活にでも励めば良いのに。

「遅かったじゃん」
「ごめん、コイツ捜すのに苦労してさ。図書室にいたんだもん」

そう、放課後、静雄は図書室にいた。新しい本が入ったとの情報を聞き、それがしかも静雄の好きなシリーズ物の最新作であったため、放課後すぐに図書室に向かって貸出手続きをしていたのだ。手続きが終わり、鞄に本を入れ、さあ帰って読もうと図書室を出た時に呼び止められた。

「ねえー平和島さん、あなた何も懲りてないのね」

金髪の女子生徒が静雄へ近づいてくる。薄暗い倉庫は独特のにおいがした。女子生徒は静雄の前に、腰に手を当てて立っていた。

「この間言ったわよね、…もう折原くんには近寄らないでって」
「……別に、必要以上に近づいて、ッ」

パシン!と音がし、静雄の頬に痛みが走る。女子生徒の唇の片方がにいと上がる。この瞬間の彼女の顔はとても歪んでいて、見れたものじゃないということを果たして本人は知っているのだろうか。

「言い訳なんてしないでよ」
「昨日も一緒に帰ったの、見たわ。ご丁寧に学校の門を出てから待ち合わせ?」
「調子に乗ってんじゃないわよ」

静雄は頬を押さえることもせず、ただ女子生徒たちを見つめていた。それが余計に癇に障るのか、彼女たちはまた手を出してくる。静雄は蹴られ、殴られ、倉庫の地面に倒れこんだ。幸いにも人より強い体を持っているため、ダメージは少ないが、それでも痕はつく。血も流れる。唇の端から鉄の味がした。

「折原くんがっ、あんたなんか本気で相手するはずないんだから!」
「幼馴染だからって…ッ生意気よ!」
「遊ばれてるのよ、さっさと気付いたら!?」

浴びせられる言葉の数々を、静雄はぼうっと聞き流していた。視界の端にある自分の鞄の中身、図書室で借りた本が無事であればいいなとか、そういうことを考えていた。女子生徒たちは静雄を一頻り痛めつけると満足したのか、さっさと倉庫から出て行ってしまう。後には静雄だけが残された。

(……ばかばかしい…)








折原臨也はこの高校の王子様だ。顔良し、頭良し、運動神経良しの彼は全ての女子生徒の憧れだった。そんな臨也と静雄は小学生時代からの幼馴染だ。家が近かったこともあり、彼とはよく遊んだ。中学は別だったが、高校でまた再会した。

「…シズ、ちゃん?」

倉庫からよろよろと歩き、保健室の前で蹲っていると、聞き覚えのある声がした。静雄が顔を上げれば、そこには臨也が立っていた。制服に黒のカーディガンを着ている。静雄と目が合うと、臨也は目を見開き慌てて静雄に駆け寄り、床に膝をついた。

「、どうしたの!また、…喧嘩…!?」
「あ、…いや、別に。転んだ…」
「わけないでしょ!立てる?おいで、」

臨也は何故か持っていた保健室の鍵を鍵穴に差し込む。ドアノブには【職員会議中】とプレートがかかっていて、静雄は手当てしてもらおうと保健室まで来たのだが、会議が終わるまで待っているより仕方がないと蹲っていたのだった。かちゃりとドアが開き、臨也はそっと静雄に手を差し出す。

「…さんきゅ」

静雄は少しだけ笑ってその手を迷いなく取った。保健室に入ると、臨也にイスに座るように言われる。大人しく座ると、臨也は戸棚から色々と手当てのための薬や包帯を取り出し始めた。

「どうして保健室の鍵、貰いにいかなかったの」
「え…」
「職員会議中でも、用務員室に行けば開けてくれるんだよ。緊急なら先生も来てくれるし」
「…知らなかった。…ていうか臨也も、なんで鍵…」

これ、と臨也は自分の人差し指を静雄に見せた。そこにはピッと何かで切ったような傷がある。臨也は苦笑した。

「さっきまで委員会の仕事手伝わされてたんだけど、カッターでちょっとね、」
「…大丈夫なのか?」
「絆創膏貰いにこようと思ったら、先生たち職員会議だったなと気づいて。先に用務員室に行ってたんだよ…シズちゃん、ちょっと沁みるかもだけど」

臨也は脱脂綿に消毒液を滲み込ませると、それを優しく静雄の顔の傷口へ当てた。びくんと静雄は刺激に驚くが、ぎゅっと手でスカートを掴んで耐える。

「…手も、足も…制服ぐちゃぐちゃだし」
「…臨也が気にすること、ない」
「気にするよ、…」

臨也はぼそりと呟き、手当てを続ける。これまでも何度か、こうして臨也に手当てをしてもらったことがある。一番最初は小学生の時。女の子だというのに喧嘩が絶えなかった静雄を、臨也はいつも気にかけていた。その気持ちは、今、高校生になっても変わらない。

「…それに最近、…前より傷が多くなったよね、シズちゃん」
「……」
「前は、もっと、掠り傷とかがほとんどだったけど…あと、この辺でシズちゃんが暴れてるって話も、聞かないし。…本当に、喧嘩…」
「臨也」

静雄は目線の先にいる臨也を見つめた。夕陽の橙色が保健室を包んでいる。臨也は目を細める。静雄の表情が酷く美しく、凛としているものだったから。同時に静雄も思うのだ、ああ、臨也はとても、

「…絆創膏、貸せ」
「…え?」
「その傷、…気になるんだ」

臨也の怪我した人差し指に視線を移し、静雄は言う。後でいいよと言う臨也に、静雄は首を振った。奪い取るように絆創膏を取ると、ぺりぺりと封を剥がしていく。ぐいと臨也の手を引き寄せ、丁寧に巻きつけた。

「…ありがとう、シズちゃん」
「……臨也はいつも、私に優しいな」
「……そう、かな?」
「……」

静雄はふっと笑った。臨也は静雄が巻いてくれた絆創膏をそっと一撫ですると、静雄の手当てに再度戻る。静雄の白い肌に絆創膏を貼るのは躊躇われたが、仕方がない。

「…私が心配か?臨也」
「心配しないわけ、…ないよ」
「そうか、…じゃあここ最近、あの女たちを仕向けてるのは、計算か?」

ぴた、と一瞬臨也の手が止まる。静雄は笑みを深めた。確信した。これでも静雄は柔道部の大男とひょいと投げたりしたことも噂になった、この高校では名の知れた『強い女』である。そんな静雄が本気を出せば…いや出さなくとも、一般の女子生徒を数名片付けることなど訳ないし、女子生徒たちも普通なら自ら静雄に向かっていこうとは思わないだろう。

「…シズちゃ」
「騙されやすそうな女たちだったな、…ご苦労なことじゃねえか、臨也。どうやって言葉かけて使ったんだよ?」
「……まさか、気づかれてるとは思わなかったな」
「別におまえのために大人しく傷ついてやったわけじゃない。…愉快な暇つぶしになったか?臨也…おまえは本当に優しいな、」

後始末まできちんとするなんて。静雄はすっと立ち上がろうとする。それを臨也ははっとして止める。静雄の肩に臨也の手が乗った。その細さに臨也はまた少し驚く。

「、…ここまでするとは、思ってなかったんだ」
「……」
「シズちゃんも、…何も抵抗しないし、」
「別に、…私が手ぇ出したら、大問題になるしな。…」
「……君を、甘やかしたくて」
「難儀な奴だな、おまえ。昔っから」

臨也の手から消毒液を奪い、静雄は自分で手当てを始める。絆創膏も適当に貼り付けようとしたので、臨也は慌ててそれを取り上げた。

「何すんだ」
「…悪かったよ、…顔にまで傷、」
「今更だろ臨也、」
「責任は、とる」
「………ひゃっ、!?」

きょとんとしている間に、臨也の顔が近づく。ちゅうと唇の端の傷を吸われ、ツキンと痺れるような痛みがした。唇が離れてもジンジンとまだ、細く残っている。

「な、……おま、…」
「本当はこれが言いたかっただけで、…シズちゃん」
「…え、あ……ん!?」
「勿論、深読みしてね」

憎らしいほどの笑顔で臨也はそう言った。これはなんだか、臨也が手を回さなくても明日から女子生徒に囲まれるかもしれないな…と静雄は感じた。まあ、存外、そうなったとしても…

「…ざまあみろだな」
「え?」
「こっちの話だ、…臨也、男なら一度言ったこと、守れよな?」

ふっと笑うと、臨也は頷き、もう一度静雄にキスをした。すると保健室のドアの向こう側で、がたんという音と共に何人かの息を呑む音がした。顔の傷くらいで臨也が手に入るなら、なんて容易い代償か。静雄の手入れの施された髪を臨也が優しく撫でた。静雄はキスしたままに横目でドアを見、見えた人影たちに勝ち誇った表情を向けたのだった。



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10000hitフリリク:×罰様
「学生時代、二人とも生徒で、いじめられて怪我した静を臨が手当てする」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

リク内容とあっているか不安ですが、こんな感じでいかがでしょうか…!><
お持ち帰りも可ですので〜!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201101
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