私の敵の
旦那様





※「愛の障壁にサヨナラ!」続編です。



幽は藤色の振袖をふわりと揺らし、車から降りた。ざっとその周りを黒のスーツを着た大きな男たちが囲う。幽はそれを当たり前のように、式場へ入って行く。ロビーを抜け、綺麗に整えられた中庭がよく見える渡り廊下を歩いていく。すると、向こう側からも黒いスーツを着た男たちの集団が来るのに気がついた。

「これは幽お嬢さん」

相手側の男たちが深く頭を下げた。幽も「どうも」と呟いて少し頭を下げる。ちゃら、と髪飾りが音を立てた。幽が顔を上げても、男たちは頭を下げたままだ。

「…私は静雄の妹です、本人ではないので…そんなにしていただかなくても結構です」
「いいえ、臨也様から我々一同、妹の幽お嬢さんにも丁重にと」
「……」

幽はもう一度ぺこりと頭を下げると、男たちの傍を通り過ぎていく。義兄は姉の静雄だけではなく、幽のことも何かと気にかけてくれる人だった。以前何故かと聞けば、君の大事な姉を奪ってしまうのは俺だからとかよくわからないことを言っていた。幽は姉を奪われたとは一度も思ったことはない。姉が決めたことだ。姉が幸せになるのなら、幽は口出ししようとも思わないのだ。

(…姉さんの控え室、どこだっけな…)

絨毯を踏みしめながら、幽はきょろきょろと辺りを見回した。豪華な広い式場はまるで迷路だ。中庭を脇目に見ながら、幽は姉の控え室を探した。すると今度は姉の相手、義兄の姿を見つける。白いシャツに白いズボン、黒髪は既にバックへ流されていて、準備は整っているようだ。幽の姿を見つけると、にこりと笑った。前髪が後ろへ撫で付けられているためにないからか、どこか印象が違ってみえる。

「幽ちゃん」
「義兄さん、…この度は、おめでとうございます」

おめでとうございます!と幽の後ろにいた数名の男たちも頭を下げた。臨也は笑って「ありがとう」と答えた。

「すごく似合ってるね、着物」
「ありがとうございます」
「シズちゃんのとこに行くの?」
「はい。…義兄さんは……」
「…実は、その……なかなか部屋に入る勇気が、…なんて声かけたらいいかなと思って…」

人差し指で頬を掻きながら臨也は言った。幽はきょとんとした後、少しだけ笑ってしまう。何と言えばいいかだなんて。そんなの、義兄から紡がれる言葉であれば、何だって姉は嬉しいのに。

「じゃあ、まだ…姉さんのドレス姿は見てないんですか?」
「うん、…幽ちゃん、先にどうぞ。部屋はこの奥だから」
「…すぐに済ませますね」

自分の花嫁に会うのにそわそわしているこの男が、有名なあの折原家の次期当主だと10人いたら何人気づくだろう。ただ花嫁を愛し、この日を心から楽しみに喜んでいる…一人の花婿の姿だった。幽はそっと微笑んで、奥の部屋の扉を開ける。後ろについていた男たちは、「外でお待ちしています」と部屋の中には入ってこなかった。

「姉さん」
「、幽…?」

窓際に佇んでいた花嫁がゆっくりと振り返る。幽は思わず息を呑んだ。まるで何かの映画のようなワンシーンだった。白いウェディングドレスに身を包み、金色の髪はアップスタイルで毛先がふわりとカールし、白い花飾りがついている。その花よりもずっとずっと、姉の方が綺麗だった。

「早いな、もう着いたのか」
「、うん。ちょっと早めに来ちゃったんだ」
「一人で退屈してたとこなんだ、良かった」

静雄は笑って立ち上がった。ドレスを持ち上げて幽の方へ歩み寄る。ふわりと良い香りがした。静雄はじっと幽を見る。

「藤色、似合ってるな。その着物、いいと思うぞ」
「さっき…義兄さんにも同じことを言われたよ」
「…臨也、もう準備済んでるのか?」

静雄の美しい顔が少し曇った。幽はこくりと頷き、扉を指差す。

「その向こう側にいるの」
「…なんで入って来ないんだか」
「理由は本人に聞いたら良いと思うよ」
「あいつがドレスドレスって言うからドレスにしたのに」

真っ白なウェディングドレスは海外の有名ブランドから臨也が直接買い付けたものだ。臨也はドレスにこだわっており、このドレスを選ぶまでも相当の時間がかかった。静雄は着物でいいかと思っていたし、静雄や臨也の父母も着物でと言ったのだが、臨也は譲らなかった。結局お色直しで着物は着るものの、式場もこうして洋風のチャペルがあるホテルだ。

「ごめんね、私が先に見ちゃって」
「いや、構わねえよ」
「…姉さん、すごく綺麗だよ。よかった、本当に…」
「幽」

これから静雄がいない間は幽が平和島家を守らなくてはならない。臨也と静雄に男の子が産まれるのを父親は楽しみにしているらしいのだが…どちらにせよ折原組の跡継ぎもという話になりそうだ。まだ静雄のお腹に小さな命は宿っていないが、甥か姪の顔を見るのも幽も楽しみにしている。

「家のことは何も心配することないから。父さんもまだまだ元気だし」
「…悪いな、本当に…」
「姉さんが幸せになるならそれでいいよ。…それじゃ、私はそろそろ、挨拶も行かなきゃだし。義兄さんにも悪いしね。…本当におめでとう、姉さん、」

静雄は幽の髪にそうっと触れ、ありがとな、幽と優しく言った。幽は頷き、部屋を出る。静かに扉を閉めれば、すぐ傍にいた義理の兄と目が合った。

「、」
「義兄さん、どうぞ」
「…シズちゃん、何か言ってた?」
「早く入って来いって、言ってましたよ」

幽は少しだけ臨也に頭を下げると、挨拶に向かうために元来た道を戻って行った。臨也はふうと息を吐き、ネクタイが曲がっていないのを確認すると、コンコンと扉をノックした。中から、はいと声が聞こえる。臨也はそっと扉を押した。

「…シズちゃん」
「臨也か」

静雄は臨也と目が合うと、ふわりと微笑んだ。臨也はぼうっとしていたが、その笑顔にはっとする。とても綺麗だった。静雄は窓際に置いてあったイスに座る。テーブルに置かれたままのペットボトルをひょいと取った。

「式場の人、水置いてってくれたんだけど、臨也飲むか?」
「…うん、もらおうかな」

同じく用意されていた紙コップを2つ置き、静雄は水を注ぐ。水が入ったそれをコトンと臨也の方にやり、口紅がつかないように自分のものにはストローを刺した。

「ありがと」
「ん。…」

静雄は飲みながら再び窓の外を見る。空はよく晴れていて、丁寧に整えられた花の咲き乱される庭が美しかった。臨也も水を少し飲むと、静雄の隣へ寄った。ふわ、と優しい風が吹いた。

「…緊張してんのか?」
「…多分ね」
「似合わねえな、」

くす、と静雄は笑った。臨也はその微笑みを見てとても幸せな気分になる。自分と静雄は、本来ならばとても遠い存在だった。敵同士の第一子同士、睨みあい永遠に解り合えない仲だったかもしれない。それでも臨也は諦めなかった。静雄も臨也の想いに応えてくれた。その証拠に今、純白のドレスを着て、静雄は臨也の隣にいる。

「……臨也?」
「…うん、…シズちゃんさ、…あの、……本当、ありがと。俺のために、平和島を、」
「、別に、おまえのためじゃねえし。私が決めたことだから、……なんか臨也、変だな。今日は別人みてえ」

静雄は機嫌よさそうに笑った。臨也は窓に寄りかかりながら、改めて静雄の姿を目に焼き付ける。いつも美しいと、綺麗だと思っていたが、今日は特別だ。世界で静雄以上に綺麗な存在なんてないくらいに思える。

「シズちゃんが、…綺麗だから、」
「…、」
「…君が隣にいることが、…嬉しくて。もしかしたら、俺は見ず知らずの女と、無理やり結婚させられてたかもしれない。その未来の方が、可能性は高かった」
「……かもな。私だって、よくわかんねえ男と結婚させられてたかも。…臨也じゃなかったら、」

きっとこんなに笑えてないな、と静雄は言う。臨也はそっと屈み、座る静雄の手に触れた。整った両手をそっと優しく包み込む。

「…これからは、ずっと一緒だ」
「……ああ、そうだな」
「折原家の当主としても、君の夫としても、俺はもっと努力するつもりだ」

ちゅ、とその手に口付けた。静雄は何も言わず、ただ微笑みを浮かべていた。臨也はなんだか目に熱いものを感じて、思わず顔を伏せた。静雄の笑い声がする。

「、泣いてんのか?」
「…、式では、泣かないからさ、…だって、俺、幸せなんだ、」

かたんと静雄はイスから身体を降ろすと、そのまま臨也を抱き締めた。花の良い香りが臨也の鼻を掠める。目頭を臨也はそっと指で押さえた。

「はは、…臨也でも泣くんだな」
「悪い、?」
「ううん、…ありがとう臨也。私も良い妻でいれるように頑張るな」

静雄の瞳にも光るものを見つけて、臨也は静雄の背中にそうっと手を回し、優しく抱き締めた。未来に君がいる、君の傍にいれるということがこんなに幸福だなんて。明日からの生活がとても楽しみで、臨也はもう一度静雄の手に心をこめてキスをした。



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10000hitフリリク:まる様
「「愛の障壁にサヨナラ!」続編、結婚準備or結婚式当日の二人の様子、甘々」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

「愛の障壁にサヨナラ!」の続編を書かせていただきました!ありがとうございました…!
私も続編を書きたいなと思っておりましたので、こうして書かせていただけてとっても嬉しいです!!
こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので…っ
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201011
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