これが
恋ですか?






「落としましたよ」

桜の花弁が舞う中、金色の髪をなびかせた天使を見た。その細く長い指が俺のボールペンを持ち、差し出している。長い睫毛、瞳は真っ直ぐ俺へと向けられていて、しばらく動くことができなかった。数秒の後、かちかちに緊張したまま無言で受け取れば、彼女はふっと笑った。俺はこの時の彼女の微笑みを忘れたことはない。






「シズちゃんおはよう!」
「…はよ」

折原臨也の朝はまず麗しの天使への挨拶から。三ヶ月前の入学式で出逢った時から、臨也は恋に落ちていた。まったく、天使というのは無意識に愛を振りまくものなのだから。いやはや、見事その魔法にかかってしまった。

「今日も好きだ!!付き合ってください!」
「、あのな…」
「あーもうシズちゃん本当に可愛い、この世の何よりも可愛い!」

朝から臨也はベタ褒めだ。ついでに告白も忘れない。入学式の日から毎日毎日繰り返してきたことだ。さすがの天使もげんなりとした表情を見せる。

「そうだよね、天使だもんね…可愛いのは当たり前かあ」
「納得すんな、そこで。ていうか私天使じゃねーし」
「またまた」
「折原、頭大丈夫か」

臨也の言う天使…名前を平和島静雄、は腕組みをして呆れたように言った。最初の方は静雄もいきなりの臨也のアタックに頬を赤く染めたりしていたものの、もう慣れてしまった。臨也はこれでも女子生徒にはかなりの人気があるのだ。顔良し、頭良し、運動神経も良し。黙ってれば普通に男前なのに、と静雄は心の奥深くで呟いておいた。

「おまえもよく飽きねえな」
「飽きる?なんで飽きなきゃなんないの?」
「…HR遅れるぞ」
「うん、一緒に教室まで行こ!」

臨也はにっこりと笑って勝手に静雄の横を歩く。静雄はその金髪と容姿で学校中の憧れの的だったし、臨也も臨也で目立つので、昇降口から廊下を歩く二人は他の生徒たちの目をひいた。

「、平和島さん!おはよう」
「臨也くーん、おはよう〜!」
「おはよう」
「おっはよー」

生徒たちからかけられる挨拶にお互い答えながら、教室へと向かう。階段に差し掛かった時、あ、と臨也が声をあげた。

「どうした?」
「シズちゃん、鞄」
「え?」
「今日持ってあげるの忘れてたね、ごめん」

臨也は申し訳なさそうに笑うと、ひょいと静雄の持っていた通学鞄を奪う。いつも臨也は毎朝、昇降口から静雄の鞄を持っていた。静雄が頼んだとかそういうわけではなく、臨也が勝手にやっていることだ。静雄は気がつくと手ぶらになってしまった。

「……」
「さ、シズちゃん、どーぞ階段上がって」
「…ああ」

静雄は一歩踏み出し、階段を上がる。臨也はそのすぐ後ろをついてきた。これも以前、何故階段はいつも後ろについてくるのかと聞けば、『シズちゃんがもし足を踏み外した時にさ、俺が助けてあげれるように』なんて返してきたのだ。静雄はそれを思い出す。そっと臨也を振り返った。

「……、」
「…ん?何?」
「いや、…なんでもねえ」
「今日もすっごくいい匂いするね、シズちゃん」

臨也は悪びれる様子もなく明るい声で言う。静雄ははあとわざと聞こえるようにため息をつき、残りの階段を上がった。







静雄は昔から強い女の子だった。力もあり、男の子でも持ち上げられないようなものをひょいと担ぎ上げたりすることも何度もあった。小さい頃から男の子と遊ぶことが多かったためか、言葉づかいも女の子のように柔らかではない。静雄は綺麗で美しく成長したが、変わっていったのは見た目だけだった。

『平和島さんってすっごくかっこいいね』
『守られたいなぁ』
『強いものね』

周りから言われる言葉に、静雄もその通りだと思っていた。そうして中学までずっと過ごしてきた。頼りになる、かっこいい平和島静雄。だから、今まで守られることなどなかった。勿論恋愛ごとも、静雄はさっぱりだったのだ。

『あ、あの!俺、…折原臨也っていうんだけど!』
『……』
『、ごめん。その…き、君が可愛くて!よかったら名前、』

三ヶ月前の入学式のあの日、静雄は臨也の落としたボールペンを拾った。顔を上げてみればかなりの整った顔の男で、静雄は少し緊張したが、それよりも臨也は目を見開いていて。ボールペンを手渡し、立ち去ろうとした静雄の手を慌てて臨也は掴んだのだ。

(…変わった奴)

私のことをカワイイだなんて言う。そんな言葉、言われたことがなかった。静雄は家に帰って鏡を見てみたが、どうにも自分が可愛いだなどと思えなかった。綺麗や美人といった言葉はよく言われたが。静雄は特に気にせず次の日も登校した。すると昇降口に、黒髪の男が立っている。女の子たちの視線をいっぱいに浴びて。

『シズちゃん、おはよう』






「シズちゃん、おはよーっ」

静雄ははっとする。ぼうっとしていた。臨也は今日も変わらず昇降口で静雄を待っていた。静雄より先に来て、教室で待てばいいのに昇降口で。行き交う生徒たちの視線を気にする素振りは一切見せない。

「…おはよ」
「…今日ちょっと疲れてる?」
「…毎朝おまえがいるからな」
「えー」

あはは、と臨也は笑う。その笑みがちょっとだけ苦しそうなものだということに、静雄は気づいてしまった。そして胸に圧し掛かるこの思い。何なのだろう。靴箱で靴を穿き替える。臨也も同じようにしていると、同じクラスの岸谷新羅が現れた。

「やあ、おはよう」
「おはよ、新羅」
「今日も仲いいね、君たち〜」

にっと新羅は笑ってみせる。静雄はふい、とそっぽを向いた。臨也がぼそりと「まあね」と答えていた。新羅は自分の靴箱を開けながら言う。

「臨也、君の彼女たちが寂しがっていたよ。最近臨也が会ってくれないーって」
「ああ…中学の時の」

静雄はまたツキンと何かの痛みを感じる。何も言わず斜め下の何の変哲もない廊下を眺めていた。彼女、という言葉に反応した自分がいる。わけがわからなくて、静雄はきゅっと唇を噛み締めた。彼女、いたのか。まあそうだろうな。

「会ったんだ?元気してた?」
「うん。…言っておいてあげたよ、臨也は高校で、ある女の子にぞっこんなんだってね」
「そうその通り」

ふっと静雄の手から鞄の重みが消える。今日も臨也が取っていくのだ。静雄は顔を上げてようやく臨也の顔を見た。臨也はそんな静雄の様子に不思議そうにしながらも、しっかり静雄を見つめていた。

「あ、…彼女たちとはもう入学前に別れてるからさ、」
「……」
「って、あはは、そんなのどうでもいい?………どしたの?…なんだか最近、」
「…臨也」

臨也の目が見開かれる。臨也の後ろにいた新羅も驚いたような顔をしていた。臨也。そう呼んだのは初めてだったか。静雄は言った後で気づくが、もう戻れない。

「あ、…えっと、……」
「……」
「その、……鞄、…いつも、さんきゅ…」

何を言ってるんだ、私は、今更そんな、と静雄は急に恥ずかしくなってきた。臨也が何か言えばいいのに、と思って臨也を再び見るが、臨也は瞬きすらしない。口をぽかんと開けたまま静雄を見ていた。新羅がはっと気がついて、「僕先に行ってるね〜!」と二人の横をサーッと通り過ぎていった。

「…どう、いたしまして」
「……」
「でも、俺が好きでやってることだから、」
「…なんでそこまでする?…私以外の女の子にも、そうしてきたからか?」

雨の日、傘がないと困れば臨也が自分のものを差し出した。静雄が風邪で寝込んだ次の日学校に来れば、臨也はほっとしたような、安心したような笑顔を見せた。部活で帰りが遅いのだと言えば、静雄の部活が終わるまで臨也が待っていたことだってある。

「こんなことしてるのは、シズちゃんが初めてだよ。…だからわからないんだ、鞄を持つことも正解なのか、本当はわからないんだよ」
「…、」
「それでも理由はいつも言ってる。…君が好きだからだ」

臨也は少しだけ笑った。行こうか、と歩き出そうとするその手を、半年前とは逆に、静雄が引き止める。

「…今日は、その先は言わないのか」
「…え?」
「……付き合ってくれとは、…言わないのか?」


聞き間違いじゃなければいい。彼女の頬があの日の桜のように染まっているのが、嘘でなければいい。本当に、天使は何を仕出かすか分からない。臨也はどっどっと激しく鳴り始める心臓を押さえつけるように静かに呼吸をした。静雄の瞳を見つめて、今までのどんな表情より真剣にその言葉を紡いだ。




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10000hitフリリク:刹那様
「来神時代・臨也が♀静雄に一目惚れして毎日猛アタック。鬱陶しく思いつつも徐々に惹かれていく♀静」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

臨也があんまりアタックというか…引っ付き虫みたいになっててすみませ…
もっとシズちゃんラブ!!を出したかったんですが…ふおおおおお

こんなものでよろしければお持ち帰りも可ですので…!
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201011
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