アンド
アイラブユー





視界が霞む。最後に見た景色は、星の見えない池袋の夜空だった。

(……シズちゃん)

痛いよりも、苦しいよりも…君のことだけが気がかりだ。会いたいな。会いたかったな。この赤の瞳に、君を刻み付けて、脳に焼き付けて、それから……





「もう両目共…見えることはないでしょう」

医者は淡々と告げた。静雄はそれを黙って聞いていた。話をし終わり、出て行く医者に少しだけ頭を下げて。臨也の瞳は包帯で覆われたままだった。静雄は何も喋らない。病室はとても静かだった。臨也がもぞ、とベッドの上で身体を動かす。

「…起きてたのか?」
「…シズちゃん?」

静雄は頷いたが、臨也には見えていないことに気づき、小さく「ああ」と呟いた。臨也はそっと口の端を持ち上げた。

「そこにいるんだね」
「…ああ」
「傍に?」
「…すぐ傍」

静雄はそっと臨也の手を取った。臨也は静雄の方を向いた。静雄は我慢していた涙をぽとりと落とした。臨也は気づいていない。見えないのだから。もう、あの宝石のような輝く美しい赤の瞳が、静雄を見ることはない。







臨也はとある取引を終えたばかりだった。この取引はかなりの時間をかけ、やっと一段落ついたところだった。静雄に会うのは一週間ぶりだった。

「『今、池袋駅前…もう少しで着くよ』、っと…」

携帯でメールを打ち、静雄へ送信する。既に今日の夜静雄の元へ向かうということは伝えており、静雄もアパートで待っていた。臨也は駅ビルの有名なケーキ屋のカスタードプリンを2つ買っていた。以前雑誌に載っているのを見た時、静雄が美味しそうだとぼそりと呟いていたことを思い出して。

(シズちゃん、喜ぶかな?…俺の分も食べていいから、喜んでくれるといーなあ)

夜になっても明るい街を歩いていく。静雄のアパートへ早足で向かい、繁華街を抜けた横断歩道で信号を待つ。

(ありがとう臨也、なんて…言ってくれないかな?ああ早く会いたい、楽しみだなあ)

信号が青に変わり、臨也は一歩、二歩と歩き出す。臨也は近づいてくる物凄いスピードの車に気づかなかった。臨也の後ろにいた女性が、キャア!と叫ぶ。何事かと視線を横へやれば、

「ッ、…!!!」

ドオンっという音と共に、臨也の身体は宙に浮いた。周りにいた人々が悲鳴をあげる。臨也はここからの記憶があまりない。気づけば闇の中におり、右も左も見えなかった。ただ、どこからか聞こえる、ピッ、ピッ、ピッという無機質な音。暫くすると女性の声で「意識が戻ったようです」と聞こえた。どうやら病院のようだ。闇の中なのは変わらなかったが。






「…はい。…はい…突然ですみません。…すみません、トムさん。失礼します」

静雄は今日も病院のロビーにいた。携帯電話を切り、ポケットへ滑り込ませる。売店で何か昼食代わりになるものを買おうと思い、ケースの中のプリンを見て、静雄は何度目かわからない涙が溢れてきた。

(……臨也、)

あれだけ泣いたのに、まだ涙が出てくるだなんて。あの日、臨也は約束の時間を過ぎても静雄のアパートに来なかった。静雄は苛々しながら何度か電話をかけたが、繋がることも無かった。そのうちうとうととしてきて、携帯の着信音で起きたのは午前0時を回ったあたりだった。着信は臨也の携帯ではなく、見覚えのないものだったが、静雄は取ってみる。

『東新第二大学病院です。平和島静雄さんでいらっしゃいますか』

女性の声は静かに告げる。静雄が眠たい目を擦りながらはいと答えれば、女性は続ける。折原臨也の名が出た時、静雄の持っている携帯がミシ、と音をたてた。数分後、静雄は携帯と財布だけ持って家を飛び出していた。病院に着くと、手術室を案内された。

『、…あ、あの。私、現場にいた者なんですけれど』

手術室の傍のイスには、一人の女性が座っていた。この女性が救急車を呼んでくれたのだと看護婦が話してくれた。警察や病院側にも現場の様子を説明してくれたらしく、静雄は深く頭を下げた。女性は手に持っていた袋を静雄へと差し出した。

『…彼が、持っていたものだと思うんです。あとこれが、画面が割れちゃってるけど、携帯…私の見つけた時、あなたの名前のメールの画面だったから…』

紙袋と画面の割れたスライド式の携帯を静雄は受け取った。どうやら最後に臨也の表示していた画面が静雄へのメールだったらしく、そこから辿り、静雄に連絡が来たようだった。臨也のです、と言う声が驚くほど震えていた。紙袋の中には潰れかかったプリンが2つ入っていた。すぐにわかった。臨也が自分のために買ってきてくれたものだと。静雄は涙を我慢することができなかった。臨也は自分のように頑丈な身体ではない。最悪の状態が頭を過ぎるばかりで、

(臨也、臨也…ッ…神様、お願いします、臨也を助けて、どうしよう、……臨也ッ…もう何も壊さないって誓ってもいい、甘いものだってもう食べない、もうなんでもいいから、俺にできることならなんでも、なんでもします、お願い、臨也、…臨也…!!)






「臨也」
「シズちゃん!」

臨也は一命を取り留めた。だが打ち所が悪かったらしく、両目の視力を失った。加えて左足や肋骨などの骨折、損傷。ベッドの上での生活を余儀なくされていた。静雄は毎日病院へ足を運んでいる。仕事も暫く休みを貰っていた。今はただ、臨也の傍にいたかった。

「すぐわかったよ。シズちゃんの声なら、すぐわかる。…大丈夫?なんだか、元気ないね」
「……臨也は何も心配することない」

静雄はにこりと笑ってみせる。これから自分はどんどん嘘が上手くなるのだろう。臨也は見えないから。卑怯だと思う。

「シズちゃん」
「なんだ?」
「…泣いてるの?」

臨也の手が静雄を探す。何度も何度も空を掴む。静雄を抱き締めてやりたいのだ。静雄はそれを見て、また涙が出てきた。つ、と頬をつたうのを感じる。

「泣いてない」
「…シズちゃん、」
「泣いてないって…!」
「……」

臨也はしゅるりと目元の包帯を解いた。そこには光を失った赤い瞳があった。確かにそこにあるのに、もうそれは輝いていない。役目を終えたと勘違いして、眠り続けている。

「俺を撥ねたのは、取引先と…繋がった奴らだろう。俺の存在が邪魔だったんだろうね」
「……」
「警戒してたはずなんだけど…どうもシズちゃんが絡むと、俺は他に意識がいかないみたい」
「……」
「自業自得だから何もいえない。けど…ただ唯一後悔するのは…シズちゃんの涙を、すぐに拭ってあげられないこと…」

臨也は苦笑する。必死なように手を伸ばす。これまでも静雄が泣けば、臨也は困ったように笑って、優しく抱き締めて、涙を掬ってくれた。臨也は今も、そうしてやろうとしている。ああ、でも、その手が、静雄の涙に届かない。

「う、っ…、…い、ざ、」
「…シズちゃん、」
「臨也、」

臨也の細い指が静雄の頬に触れた。臨也はそれに気づくと、すぐにぎゅうと静雄を抱き締めた。その腕の温もりだけは変わらない。小さく臨也が「ごめんね」と呟いた。

「悲しめてしまって」
「、」
「喜んで欲しかった。笑って欲しかった…プリンも結局台無しだったし、シズちゃんは泣いてばかりだ」
「…、臨也」
「あの切り裂かれるような瞬間も…君のことだけを考えてた」

静雄は臨也を抱き締め返し、絞り出すような声で言った。臨也は微笑んだ。静雄は潤む視界の中でその笑顔を見た。静雄の好きな微笑みだった。変わらない臨也の表情が、仕草が、静雄を包む。

「…俺はもう目が見えないけれど」
「……」
「それだけだ。シズちゃんを愛する気持ちに変わりは無い」

視力を失くしても、この愛が消えることはない。まだ俺は、君の傍にいれる。君に好きだと囁ける。闇を照らしてくれるのは、いつも君だった。臨也の闇に光が広がった。静雄だとすぐにわかる。



「君が太陽の元にいるならそれで良い」


いつもどうか笑ってくれ。君を愛してる。




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10000hitフリリク:いりこ様
「どちらかが喧嘩中でも仕事中に治らない怪我、盲目や足が動かないとか(両方でも片方でも)になってからの2人」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!!

臨也が事故で盲目設定で書かせていただきました。
なんだか暗い話になってしまってすみません…!
こんな感じでよろしかったでしょうか…お持ち帰りも可ですので!

これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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2010010

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