まだ見ぬ君を
待ち焦がれ





「ねえシズちゃん、俺、女の子がいいなあ。シズちゃん似のかーわいい女の子!髪は黒で瞳も赤でいいけれど、シズちゃん似は譲れない。可愛く大事に育てて、彼氏ができたらソッコー潰す!俺が認める相手…ま、いないと思うけど?が現れる日まで、俺が大事に大事に守るんだ」
「……ふあ…」
「『パパのお嫁さんになりたい』なんて言われたら俺はもうどうすれば…ああでもシズちゃんがいるからね俺には、でも娘の可愛いお嫁さん宣言を無視するわけにもいかないしね」
「…ねみー……」
「パパはママがいるからおまえの旦那にはなれないけどっ…あああ…こんなパパを許して、けど愛は、愛だけは溢れるほどあるんだ!!信じてくれ、パパは」

この辺でやっと睡魔が現れ、静雄は深く眠りについた。いつもいつも睡魔が来るのが遅くていけない。この男の妄想話につき合わされ、毎晩寝不足だ。…こんな男がお腹の子どもの父親だなんて、もうなんだかいっそ子どもに申し訳ない気もしてくる。ごめんな、お母さんこんなお父さん選んじゃって。







「五ヶ月です」

何故もっと早くに来なかったのかと静雄は医者に叱られてしまった。静雄はまったく気づいていなかったのだ。そんな、まさか。いや、だって。

(確かに最近…ちょっと腹出てんなとは思ってたけど…)

静雄はぼうっとしながら病院を出る。吐き気がおさまらずに内科へ向かえば産婦人科に行くように言われ、そこで初めてお腹に子どもがいると知った。静雄ははあとため息をつく。なんだか突然体が重たくなったように感じた。

(……どうしたもんかなあ)

お腹の子どもの父親はわかりきっていた。というか静雄はその男としか寝たことがなかったからだ。その男は恋人で同棲中の折原臨也。…だが静雄の気は重かった。喜びよりも先に不安がどっと流れ込んでくる。そのまま家に帰る気になれなくて、近くの公園に寄り、ベンチに腰かけた。

(臨也…捨てるかな)

私を。だが臨也は静雄のことを好きだと言うし、愛はそこにあるはずだ。けれど静雄以外の女と遊ぶこともあったし、どう見ても子ども好きそうな感じには見えない。子どもができた自分を果たして傍に置くだろうか。面倒臭がって他の女へ走ったりするのではないか。否定できない。今まで静雄は何か臨也に言うわけでもなかったが、…今までとは、違うのだ。関係が違ってきてしまうのだから。

『静雄』
「、…セルティか」

途端、ばっと目の前にPDAが差し出される。静雄はそれが友人のものであると顔を上げて気づいた。黒いライダースーツに黄色のヘルメットを被った友人は、こくりと頷き、静雄の隣に座った。

「仕事帰りか?」
『ああ、そうだ。…そういえば静雄、調子が悪いんだったな。大丈夫か』

そういえば病院に行く前にちょっと診てもらえないかと新羅のマンションに行ったのだったが、新羅は珍しく留守だったのだ。セルティが出迎えたその時、静雄は体の調子を話したのを思い出した。

「あ…でも原因はわかったから」
『え、なんだったんだ?』
「それは………」

言うか言うまいか。だがどうせいつかはわかることだ。静雄にはこの子どもを中絶する気などさらさらない。

「…子どもが、できてた」
『…ん!?えっ、子ども!?…えっ』

セルティは静雄の顔とPDAを交互に見て、焦ったような素振りを見せながら文字を打ち込んでいく。静雄は頷き、少し膨らんだお腹へ手をやった。

「五ヶ月だって。気づかなかった」
『…ほ、本当なのか!!』
「みたいだ」
『おめでとう静雄!!』

セルティは先ほどの焦りとはまた打って変わり、喜ぶように静雄をぎゅっと抱き締めた。静雄は照れくさかったが、「ありがとう」と呟く。そうだ、喜ばしいことだ。自分は何をこんなに悩んでいるのだろうか。小さな命がひとつ、自分の身体の中に生まれたのに。

『臨也の子か』
「、ま、まあな…」
『臨也きっと喜ぶな!早く帰ってやらなくていいのか?』
「……」

静雄ははっとした顔でセルティを見る。臨也が、喜んでくれるかもしれない。なにやら否定的にずっと捉えていたが、もしかしてもしかするかもしれない。

「よ、喜ぶと思うか?」
『思う』
「即答か、…」
『何を不安になってるんだ?自分の子ができて、喜ばない親なんているのか?』

臨也もあれでなかなか素直でない男だが、静雄のことを心から愛しているということをセルティは知っている。今も静雄の帰りが遅いと家で一人待っているのではないだろうか。セルティは立ち上がり、静雄に手を差し出した。

『マンションまで送る』
「セルティ…」
『赤ちゃん、楽しみだな。私も家に帰ったらすぐ新羅に…静雄の赤ちゃんのこと、話してもいいか?』

首を傾げて聞くセルティに、静雄は少しだけ微笑んで頷いた。







「おかえりシズちゃん!遅かったね…何かあったの?」
「いや、…悪い」

セルティとマンションのエントランスで別れ、静雄はエレベーターで部屋のある階へ上がった。何度も緊張を抑えようと息を吐いたが、どきどきと心臓は早くなるばかりだった。この鼓動が子どもにも伝わってしまっているのだろうか。

「腹減ったよな…すぐ夕飯作るから」
「簡単なのでいいよ」
「ああ」

静雄は玄関を抜け、すたすたとダイニングへ入る。臨也は静雄をちらちらと見ながら後をついてくる。そういえば臨也が玄関まで出迎えるなんて、…本当に心配してくれてたのだろうか。少し嬉しかった。

「…ね、シズちゃん」
「なんだよ」
「……俺に何か、話すこと、ない?」

静雄は丁度シンクの蛇口を捻った。ところだった。ぴたりと動きが止まる。ザー…と水が流れた。それは食事が終わった後にでもちゃんと言おうと思っていたのだが、まさか先手を打たれるとは思っていなかった。臨也の顔はどこか険しい。

「…なんで、」
「最近、シズちゃん…なんかちょっとおかしいよ」
「別におかしくねえよ」
「そうかな?…でも俺にはそうは見えない。何かあるんじゃないの?……俺以外に男がいるとか、」

ぼそりと臨也は呟いた。静雄は眉を寄せる。何を言ってるんだこいつは、馬鹿馬鹿しい。そもそも私以外の女と遊んでいるのはおまえじゃないか。というか私がそんな風に思われてただなんて、こっちはおまえのことばかりで悩んでいるのに。

「、…ふざけるな」
「シズちゃ」
「何もわかってないくせに、…ッ」
「…どういう」
「そんなんだからおまえ、…私は、………」

静雄ははっとする。お腹の中で子どもが動いたように感じ、お腹へ手を当てた。臨也は静雄のお腹と静雄を交互に見た。しばらく二人の間には沈黙が続いた。臨也が水が流れ続けているのに気づき、そっと蛇口を捻って止めた。

「…シズちゃん、」
「……」
「…あのさ、…もしかして、」
「……」
「……もしかして」

臨也が口元へ手をやる。その顔はだんだんと綻んできて、なんだか赤みがかって、静雄は目をそらした。静雄もそれがうつってしまいそうで。

「…、…本当なんだ…!?」
「…ああ」
「…シズちゃんの、お腹に、」
「……」
「…ねえ、…俺の?…俺の、…俺の子、なの?」

気がつくとすぐそこに臨也の顔があった。赤い瞳はどこか潤んでいるようにも見えて、静雄はそっと頷いた。その瞬間、思いっきり抱き締められる。倒れては大変、と静雄は慌ててキッチンの淵に手をかける。臨也はぎゅうと静雄を抱き締めた後、ふわりと静雄の身体を浮かせ、リビングのソファに静雄を優しく押し付けた。そして再び抱き締める。

「、臨也、」
「シズちゃん、…シズちゃん、ありがとう、…どうしよう、夢みたいだよ、」
「ちょ、も、わかったから!」
「嬉しいな…シズちゃん、…本当に嬉しい」

こんなに幸せそうに笑っている臨也を静雄は見たことがあっただろうか。静雄は臨也の身体をそっと抱き締め返した。とても暖かい。

「シズちゃん」
「…なんだよ」
「……シズちゃんも子どもも、俺が大事にする。授かり婚ってやつになっちゃったけど…結婚、しようか」

静雄はぽかんとしたが、だんだんと顔が赤くなってきてしまって、臨也は「シズちゃん、顔真っ赤だよ」と笑っていた。臨也も人のこと言えないくせに、と静雄は思ったが、言わずに代わりにキスをした。臨也は「一生大事にするね」とも呟いた。臨也の言葉がじわりと胸に広がった。







「おはよー、朝だよ」
「……はよ…」

目を開ければ既に着替えをすませた臨也の姿があった。そっと前髪を撫でられ、静雄はくすぐったそうに身をよじる。カーテンは開けられ、朝の日差しが眩しかった。

「もう、昨日は俺の話の途中で寝ちゃうんだから」
「…そうだっけ」
「そうだよ!…朝ご飯できたよ、起きれる?」
「うん…」

臨也と籍を入れ、お腹も日に日に大きくなる。臨也は静雄が何も言わずとも家事をこなしてくれるようになっていた。臨也はそっと静雄の腕を取り、静雄が起き上がりやすいように支えた。静雄は眠たい目をこすりながらベッドの淵に座る。

「シズちゃん、おはよう。俺の天使も、おはよう」
「…おう」

静雄の頬にキスをして、それから静雄のお腹にもキスをして。臨也は朝の日差しに溶けてしまいそうな笑顔で笑う。お母さんは確かにこんなお父さんを選んだけれど、おまえのことをきっと愛してくれるだろうから、安心して産まれてきてください。




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10000hitフリリク:海那様
「静雄が妊娠して臨也に打ち明けるか悩むが、打ち明けてみたら臨也がうざやになってむしろこいつとの子供で良いのかと思う、というギャグ」

お待たせいたしました〜!
リクエストありがとうございました!遅くなってしまい申し訳ありません><

幸せな臨也と静雄が書けてとても嬉しかったです…!!
臨也をもっと親馬鹿っぽくべたべたしたかったんですが…ふおおおう…!ギャグかどうかも微妙ですねこれじゃ…!
こ、こんな感じでよろしければどうぞお持ち帰りも可ですの、で…!!

これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いします。


Like Lady Luck/花待りか
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201010

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