無口な元タークスと船内にて




「例えばのお話だよ。」

「……蜜柑、いきなりどうした?」


外は雪、ハイウインドの中は私とヴィンセントの二人っきり。
静かな彼と、私だけでこの静かな船内を過ごすだなんて無理難題だ。
という訳で、私はクリスマスの中ちょいとヴィンセントをからかってみることにした。


「私がヴィンセントを好きって言ったらどうする?」

「……ほう。」


彼の目がキラリと光る。
元々ヴィンセントは冗談が通じる人でない。
仲間に加わった当時は復讐しか目に入らず危うげなものがあったが、今では仲間とともにセフィロス討伐への思いを高めている。
いい方向へ変わっていったヴィンセントは、冗談が通じるのか。
個人的な疑問を解決するのにこの状況は願ってもないものだった。

…あ、私は別にヴィンセントを異性的な目で見ているわけじゃないよ?
ただ、「友人」として好きなだけだ。
それを言わなければヴィンセントはどう考えるだろうか、と思っただけだ。

復讐しか見ていなかった時と比べても、ヴィンセントの人に対する感情は希薄のようにしか思えない。
彼が慌てるかどうかくらい見たっていいじゃないか!
もう長い付き合いなんだから!

はてさて、彼の反応はどうだろうと見つめていると…


「……そうだな。」


手を顎に当てて考える素振りを見せる。
深く考えているんだかいないんだか分からない。
もう、こういう時のヴィンセントの無表情は困るんだよ!


「それは異性的な意味なのか、仲間としての意味なのか、どちらだ?」

「えー、それ言っちゃあ面白くないでしょ?」


考えてみてよー、と言えばヴィンセントはちょっと困ったように頬を緩めた。


「…こういうのは得意でないんだ。蜜柑は知ってるだろ?」

「そこを何とか頑張ってみない?折角なんだから人の感情を読み取る特訓だとでも思って!」

「そうか……ならば、」


考え込むのをやめたヴィンセントは、私の方へしっかりと向き合い、私に向かって手を伸ばす。
その手の行き先をぼーっと見ていると、彼の手は私の顎へ当てられ近寄ってきた。

…ん?『近寄ってきた』?

どういうことだ、と考えていてもヴィンセントは私との距離を縮め、更には顔を近づけ始めたではないか。


「……ヴィンセントさん、君のまつ毛は細くて長いね。しかも綺麗な顔してるよ。どうだい、私の顔と交換してみないかい?」

「こんなに距離が近いのならば少しは黙ってみないか?」

「了解しましたぁー。」


黙ってヴィンセントを見つめれば、彼は珍しく照れたように顔を背けて言った。


「……見つめるな。」

「じゃあどうすればいいのさー。」

「では…少し目を瞑っててくれ。」

「さっきと言っていること違う!!理不尽!でもないわ。」


私、やれば出来る子だからぎゅっと力を込めて瞼を閉じた。
瞼の向こうではヴィンセントが、そんなに力を込めなくていい、とかすかに笑ったように感じた。

ヴィンセントが近づいてくる感覚があった。
何かするのかな、と思っていたけれど目を開けるわけにはいかないから黙って待ってる。
そんな時、ふとヴィンセントが息を飲んだ…ように感じられた。
本当かどうか分からないけど、もしかしたら私の勘違いだったかもしれないけれど、ね。

そうして…
小さな温もりが、額に当たって離れていった。

なんだろうなー、これ。
手…でもないだろうし、指かな?
でも指よりも柔らかい。
あー、もうわかんないや。


「ねー、ヴィンセントぉー、もう目開けていいかい?」

「っ、ああ。」


慌てて私から距離を置いたヴィンセントはグイッと赤いマントの襟部分を引っ張って自分の顔を隠した。


「…んで、なんかわかった?」

「…蜜柑、お前は私の事を異性として見ていないな。」

「えっ!?何でわかったの!?」

「……」


すごいね、エスパーなの!?
そんな風に興奮する私とは対極にヴィンセントは額を押さえてため息をついた。
やっぱりそうだと思った、とか、ヴィンセントさんそんなこと言っちゃいけません。


「…体と顔の距離が近くても変化は見られなかった。目を瞑ってもいつもの蜜柑の雰囲気は変わらかった。つまり、私との関係を変えようとしていない、という人間的本能が明らかになる。そうなると異性として見ていると言うわけでなく、仲間としての意味になるのだ。」

「ちょっともう少しわかりやすく話していただけると…」

「お前は私を好きでない。」

「うん、話が最初に戻ったね。」


なんだよコレ、無限ループかよ。
一人ふくれていると、ヴィンセントがふっと笑いを漏らした。


「…じゃあさー、さっき私が目を瞑った時に何をしたのか教えてよ。」

「それは…」


ふぅーっとため息をついて無言になってしまうヴィンセント。
おいおい、お前さん、ちゃんと人の言葉に対する答えを返しましょうよ。
なんて思っていると、


「……もし俺が、」


なんて、ヴィンセントが言い出した。


「…蜜柑に、恋、とやらをしていると言ったら」

「……え?」

「お前は…どうする?」


ふふっと笑いを漏らしながら私を見つめてくるヴィンセント。
いつの間にか私たちの距離はまた縮んでいて…てか、一方的に縮められているのだが。
そしてまるで長年愛し合った恋人のように腰を引かれてヴィンセントの方へ近づけられている。
さらには滅多に見られないヴィンセントの甘い微笑み。

な、なんじゃ、この甘ーい雰囲気は!!

何だかドキドキし始めた私は仲間に助けを求めようとしたが…
仲間はこの船にいないんだった!!
なんてことだ!忘れてしまっていた!
今日は生憎のクリスマス、思考が常人でない私がそう簡単に雰囲気に流されて貯まるか!

私は流されませんよーと言ってやろうとヴィンセントを見上げると。
彼は、見たこともないような顔をして笑っていた。
そうして静かに口から漏れる言葉は、



例えば、の話だ



おのれ、からかいやがって!と怒る私に向けられた彼の熱い視線に私が気づくのは、この後のことだ。


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