2019-2-20 Wed 2:1
目を開けた。

見渡す限りどこまでも桜が咲いている。甘い桃色がふわりふわりと舞い散って、まるでわたあめみたいだ。触りたい、そう思って花に触れようとすると花は私の手を避けて地面へ落ちていく。落ちていった花はそのまま地面に吸い込まれるようにして消えていった。私はそれを見つめた。ただジッとそれを見つめていた。

いきなり桜吹雪が視界を遮った。視界は暗転。甘い桃色などない私の瞼の裏の世界。それを忘れたくて、痛いのを我慢して目を開ける。甘い桃色が再び私を覆った。

たくさんの桜吹雪の奥に人影を見つける。桃色に混ざるような金色と、柔らかさに反する尖った髪型。顔は見えない。ああ、でも私はあの人を知っている。よく、知っている。
好きだった。どんなに苦しくても悲しくても前に進んでいく姿が。
好きだった。自分自身がわからない怖い状態でも仲間を引っ張ってくれる姿が。
好きだった。たまに柔らかく笑う甘い笑顔が、故郷を話す懐かしげな表情が、仲間を語る彼が、何よりも大好きだったのだ。

彼の名を呼ぶ。大好きな彼の名を。呟くように始めたそれは、どんどん加速していき、ついには叫んでいた。


「────!!」


そう叫んだとて、彼はただ立っているだけで何も反応がない。彼に近づこうと1歩踏み出す。するとその瞬間ざあ、と風が吹き、彼の姿は見えなくなる。それを掻い潜るようにして彼に近づくも、何も見えない。

ああ、嫌だ。見えない、彼の姿が見えない。見えないのではない。その場に彼はいないのだ。あれはまやかしであるとわかっている。なのにどうして、見えないものを追いかけねばならぬのだ。
いや違う、追いかけたいのは私であるのだ。私が勝手に追いかけて、勝手に憤りを感じているに過ぎないのだ。だからこのやり場のない怒りは、悲しみは、彼にぶつける為ではないというのに。

桜吹雪が止む。綺麗に消えた桜の花と同じように、彼もまた消えていた。その場に残るのは私だけ。ただ独りきり取り残されている。
彼が消えて元に戻っただけなのに、どうして悲しく思ってしまうのだろう。どうして置いていかれたと思ってしまうのだろう。
自分から捨てたというのに。もともと、独りきりだったというのに。
いっそもう、目を閉じてしまえ。


桜吹雪



"目を開けた。"
周りには彩のないベッドと飲みかけの紅茶、モノクロな私の部屋が存在していた。
そこで悟るのは"夢"だったということ。あの全てが、夢。
部屋には私一人。彼の姿はない。
彼はいない。1年前、セフィロス討伐からしばらくの事、彼は消え去ったらしい。どこへ消えたか、それは誰にも分からなかった。
彼は帰ってくるだろう。いつか、あの笑顔を取り戻して仲間の元へ。だけど"仲間"の中に私はいない。あの時、彼が壊れてしまった時に、伸ばしてくれた手を振りほどいてしまったから。もう、会うことは無いだろう。
起こした身体を再びベッドに放り投げる。嫌な音を立てながら、色のない天井を見上げた私はゆっくりと目を閉じた。
瞼には、初めて出会った桜の木の下での風景が、いつまでも残っていた。
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