Door

絵描きの男は満足げにキャンバスから離れた。


キャンバスには、何も描かれていなかった。


汚れが消えすらしていなかった。

けれど彼は満足そうにそのキャンバスを取り上げ、―――そしてその後ろに隠されるように存在した小さな扉を見つけた。

男はキャンバスを壁に立てかけ、迷うことなく扉へ進んだ。


白い部屋には絵描きが一人。
そして今は誰もいない。

だから、誰も知らないのだ。

彼の絵筆が濡れていたことも、彼が扉に消えてしばらくしてから一時だけ、そこに花が現れたことも。

その花が、雪割草であったことも。


知っているのはそう、きっと彼と自分だけ。

金の瞳の黒い猫は、一つだけ欠伸をして、その扉をくぐった。


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