Canvas−Requiem of the white hepatica
「雪って、人間に似てるよね」
目の前に降ったばかりの氷の欠片に手を伸ばし、融けてしまうまで見つめた後、その少年は誰にともなく口を開いた。
病弱そうな青白い肌に柔らかな栗色の巻き毛をもつ彼が、白銀の雪原に一人佇む様子は一枚の絵画の様に美しく、果て無く孤独だった。
両手を前に差し出して、表情もなく感情もなく、少年はただ語る。
その手に誘われるように氷華が一片舞い落ちた。
「人間は、脆い」
手のひらの上で、小さな白い花は徐々に融けていく。
「美しい人も、冷酷な人も、純粋な人も、芯が汚い人も、皆一人だと脆くて、生前がどうであろうと、死んだら皆、無垢になる」
小さな小さな水溜まりが出来た手を、捧げる様に頭上へと上げ、少しだけ傾かせば透明な雫は少年の瞼へと落ちた。
「そしてどんなに酷い人だとしても、その人がそうとは知らなくても、世界のどこかで、誰かがその人のために涙を流す」
雫は頬を伝り、地へと向かう。
少年はその一粒の輝きを追うように膝を折った。
「でも」
少年は積もった雪を掬い上げ、手のひらの上にこんもりと山を作る。
粉砂糖の様なそれはされど冷たく、今度は融けることなく少年の体温を奪う。
その感覚に少年は薄く微笑んだ。
少年の存在をさらに儚く見せる様な、優しい、一瞬の微笑。
「そう。
確かに人間は脆いけれど。
大勢集まれば、他者をも圧倒し、呑み込める」
「自分たちの考えで、染められる」
少年の手は既に赤く、雪と同じ温度まで冷えていた。
おもむろに、手の中の雪を包んで丸めた。
「その考えを同じくした人間達は集まり、関係を形づくる」
少年がその雪玉を小さく放ると、緩く形づくられたそれは積もった雪の上ですぐに砕けた。
もう一度しゃがんで雪を掬い、今度はしっかりと力を込める。
再び放ると、砕けることなくむしろ地の雪に穴が開いた。
少年はその様子を見つめ、先ほどよりごく僅かにだが、満足そうに笑みを浮かべた。
しかしそれもやはり、流星の如く刹那の間だけで。
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