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誰にも関わらず、関わらせず。
入学当初からそんな孤高とも言えるスタンスを取り続ける彼に密かに憧れを持つ生徒も多いがしかし。

「おい涼月」

優秀であるということは時に他者の僻みの対象にもなるということだ。

「今日も辛気臭せぇ面してんなぁ?
朝から本読んで、流石優等生は違いますねぇ」

湊は頭上からかけられた声にちらりと視線を向けるが、何事もなかったかのように読書を続ける。
それが気に入らなかったのか、数人の取り巻きを連れた相手は荒々しく彼の机に拳を打ち付けた。

「聞いてんのかてめぇ!!!」

再び教室が静まり返える。
クラス中が息を飲んで彼らに注目しているというのに、渦中の人物である湊はただ黙々とページを捲る。
そんな態度を貫く彼に、ついに相手は湊の胸倉を掴み上げた。
元々華奢な彼は簡単に持ち上がり、読んでいた本がばさりと音を立てて落下した。

おいやめろよ、と流石にあちらこちらで声が上がるが、相手は完全に頭に血が上っているのか、一向に湊を離す様子がない。

「てめぇぶっ殺されてぇのか!?」
「……どうでもいい」

漸く湊の口から吐き出された言葉は、酷く投げやりなものだった。
そのあまりに無機質な声と表情に、ぞわりと相手の背筋に冷たいものが走る。
ガラス玉のような青い瞳で相手を見上げた湊は、抑揚のない声で言い放った。

「………殺せば?」
「てめっ…」
「おいこら何してる!!」

向こうが拳を振り上げたちょうどそのタイミングで、教官がやって来た為に相手は舌打ちをして彼から手を離す。

「またお前か!
毎度毎度お前もよく飽きないな。
いい加減、涼月に絡むのはよせ」

教官の注意に、相手は苛立たしそうにもう一度舌打ちをして席に戻って行く。
反省の欠片も見受けられないその態度に教官が怒鳴りつけようとしたその時、間の抜けた声が割り込んだ。

「はいは〜い、お互いそこまでにしときましょ」
「しかしヴォレク教官!」
「まぁまぁあとはこちらで何とかしますんで」

ヴォレク・ワード。
湊の所属する最上位クラスの教官であり、有事の際には彼らの指揮隊長となる男だ。

そんな重要な立場にいる黒髪の男は、へらへらと笑いながら、湊へと視線を向ける。
肝心の彼はと言えば当事者であるにも関わらず、我関せずといった様子で本を拾い上げ、軽く表紙をはらっていた。

「涼月、怪我してないな?」
「………別に」
「とまぁ本人もこう言ってますんで、ね?」

後はうちのクラス内でなんとかしますし、貴方も授業始まりますよと言われてしまえば下がるしかない。
納得いかないような顔で教官が立ち去ったのを見たヴォレクは、労いの意味も込めて湊の肩を叩こうとして……避けられた。
彼が接触を避けるのはいつものことなので、気にはしない。

「主席も楽じゃないな。
ま、あいつも家が結構な名家だからな。
周囲のプレッシャーもあるし、お前に追いつけなくて悔しいんだろ」
「……どうでもいい」
「おいおいそう言うな」

あいつ、と言いながら先程湊に絡んできた青年の方に目を向けたヴォレクは今週で何度目かになる二人の衝突に内心そっとため息を吐いた。
一番の問題は湊のこの無関心さであって、何をされても言われても表情を一切変えず、二言目には“どうでもいい”なので馬鹿にされてると感じているのだろう。

士官学校で主席。
例を見ない二種属性と、それを使い熟す優秀さ。

軍人として将来を約束されたような状態の彼は、妬みの対象になりやすい。
彼が名門の出ではないこともまた、その一因だろう。

「時間、過ぎてるけど」
「うぉ!?
悪い悪い!おーいお前ら席つけー!」

ぼんやりと考え事をしていたヴォレクは湊の言葉で我に返り、今日一日、何もないといいけどな、と独りごちた。

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