5



「湊、聞いたよ。
朝また絡まれたんだって?」

午前中の座学を終え、午後からの実科を控えたつかの間の昼休み。
食堂で再び幼馴染と顔を合わせた湊は、蓮の質問に“……まぁ”と曖昧な答えを返した。

「またぁ?
今週だけでもう三度目だぞ?」
「前から何かと湊につっかかってくる人だったけど最近は特に酷いね。
何かされてない?大丈夫?」
「されてない」

相変わらず抑揚のない声で言った湊は、それっきり黙々と栄養補助食品を口に運ぶ。
いつもと変わらないその食事に、二人の眉間に皺が寄る。

「またそんなものばっかり食べて……」
「少しはマトモなの食えって」
「いらない」

毎日行われるこのやりとりだが、湊の食生活が改善される気配はない。
いや、以前は何も口に入れなかったことを考えると少しはマシになったのかもしれないが。

「そんなのばっか食べてるといつか倒れるぞー」
「……味、変わらないし」

ぼそりと呟いた湊が今度はサプリメントを水と共に飲み込んだのを見て蓮と燿は困ったように顔を見合わせる。

味が変わらない。
それはつまり、味が分からないということだ。
彼らが出会った時から、或いはそれより前からずっと、湊の味覚が働いたことはなかった。

味覚だけではない。
彼の痛覚もまた、常人よりも遥かに鈍い。
湊を妬むものに何をされても、例え殴られたとしても彼の反応が薄いのはそのせいだ。

湊の味覚がない訳も。
痛覚が人よりずっと鈍い訳も。
滅多に表情を動かすことがない訳も。
他人との接触を無意識に避けようとする訳も。
湊自身はその原因をほとんど覚えていないことも。

蓮と燿は知っていた。
知っていたけど、何も言わなかった。
知っていたから、何も言えなかった。

三人が出会ったのは、彼らが8歳の時。
当時のことを、湊は殆ど覚えていない。
いや、もっと正確に言えば湊には8歳以前の記憶がない。

初めて会った時から何処かぼんやりとした目をしていると思っていた湊にそれ以前の記憶がないと知ったのは、随分後になってからだった。
その時同時に、出会った頃の記憶があやふやなことも知った。

当の本人は、特に支障はないからこれで良いと言って気にもしていないから蓮も燿も無理に思い出させようとはしない。

[ 7/13 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
- ナノ -