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数歩先の横断歩道のその向こう。

誰もが青と呼ぶ明らかに緑の光源が、点滅を始める。



会いたさに背を押され焦って走った、あの日の私はもういない。

ふと上を見れば、彼がいつも肘をおいていた病室の窓が目に入った。









思えば、彼は本当にいつも空ばかり見上げている人だった。



あの白い病室の窓から、屋上から。

晴れの日も、雨の日も。

1人の時も、私が一緒にいる時も。



「いつも空ばかり見ていて飽きないの」

「うん、だって何時見ても少しずつ違うからね」



何となくその変化を見逃すのがもったいなくて。



ちょっとした嫉妬のつもりだったのに、そんな風に本当に楽しそうな笑顔を向けてくるから、つられて窓の外に目が向いた。



乱立するビルの合間から覗く薄い青の下地の上に、綿菓子をちぎって広げた様な雲。

さして楽しむ要素など何もない都会の空がそこにはやはり広がっていた。



「私にはいつも同じように見えるけどなぁ。

天気の違いくらいしかわからない」

「君の周りは変化に溢れてるものね」



そう呟いて、小さく苦笑を溢したあと、彼は私を屋上に誘った。



彼を支えながらようやくたどり着いたそこには、小さな窓からは見ることの出来ない、大きな空が在った。



二人でフェンスに寄りかかり、大きく息を吐く。

眩しさに目を細めて空を見上げながら、彼は彼の目に映る空を教えてくれた。



時に従ってゆっくりと消えていくすじ雲、絶え間なく雲を運ぶ風、影を廻らす陽の光。



「空へ、彼処へ、早く行きたいんだ」



再びおりた沈黙を不意に遮った彼の声。

何のことかは聞かなくてもわかっていた。

わかっていたから、何時になく雄弁な彼の話を、私は空から目を一度も逸らさずに聞くしかなかった。





天と地は上下が逆なんだそうだよ。

地にいる僕らが見上げた先に天がある様に、天にとって地は上に在る。

遥か頭上に大地があるなんて、想像つかないな。

向こうに行っても、こちらと同じ様に、時が過ぎればこっちに廻り戻ってくる存在だろうけど。

向こうはきっと穏やかで、苦しくなくて、綺麗で。

目まぐるしく変化して焦ってる地上を見て、しょうもないねって笑える独りの世界なんだろうね。





じゃあ、あなたはあそこへ行ったらどうするの。

いつも空ばかり見ているのに。

こっちのことは嫌いなんでしょう。





まるですぐにでも向こうに行ってしまいそうな彼に怖くなって尋ねると、彼はしばらくの沈黙のあと、そうだな、と呟いた。





「じゃあ僕は、君を探すことにするよ、    。

君を、ずっと」





彼が病院の屋上から飛び降りたのは、それから一週間後のことだった。

あの時の、雲間からの光を背後に彼が浮かべた綺麗すぎる笑みを知っているのは、きっと私だけだろう。







信号が青になった。

渡りきった先、既にいくつか積まれた花束に、私もまた一つ重ねた。



今日でここに来るのは最後だ。

もう十分泣いて、十分立ち止まったのだから。

そろそろ歩いていかなければ、彼に飽きられてしまう。

ああ自惚れでも構わない。

私は彼の目印に、彼の光になろうと決めたのだ。







再びめぐって、気付けば信号は青を示していた。





「ひかり。」



彼が私を呼ぶ声が、聞こえた気がして、空を見上げた。

初夏のそれは、前に見た時より少しだけ高く、雲一つない、快晴。



「今日も、空が綺麗だなぁ」





ねぇそら、貴方は私を探してくれてる?

私からはこんなにはっきりと貴方が見えるよ。



最後にもう一度だけ、花束の山を振り返る。

ありがとう、さよなら、それから────



「……愛してる、ずっと」









本当はとっくにわかってた。

気付かないふりを

してただけ。

置いていかれるのが

独り残らなきゃいけないのが

怖かったから。



それでも、遅れたけれど、

今日は必ず伝えるから。



やっぱりそう、いつだって。

私が求めたのは

───空を望んだあなたでした。



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