それは、とても静かな昼下がり。

ふんわりと空気が漂って、薫は振り返った。

斜め後ろに、見慣れない少女が座っていて、首を傾げる。

(あんな子、うちのクラスにいたっけ)

思い当たるのは一人、二年生になってから一度も登校していない生徒、

岬 琴子(みさき ことこ)

だけだった。

多分間違い無いと思う。

肩で前下がりに切り揃えた髪、色素の薄い瞳の色。

…綺麗だと、思った。

午後の授業中、数学。

数学が苦手な僕には内容がさっぱりわからない。

薫の脳裏には彼女、岬 琴子のあの色素の薄い瞳が焼き付いて離れない。

(あの瞳、何処かで見た……か……?)

僕は振り返って彼女を見た。

彼女は教科書を持っていないようで、窓のほうを眺めている。

窓から入ってくる心地好い風によって靡く彼女の髪はとても美しかった。

そしてはかなげな存在感が更に彼女を神秘的にしていた。

(……あぁ、綺麗だ。)

僕は板書を写す手を止め、しばし彼女に見入ってしまった。

……とそのとき先生が琴子を指名した。

「じゃあ岬、この公式を導いてみなさい。他の人もノートにやってみて。」

指名された琴子は黒板の前に立つと、チョークを持って書きはじめた。

高校生が導くのは大変難しいと言われる公式を流れるように導く琴子。

「出来ました。」

あっさり終わってしまい、先生も驚いている。

「…ああ、ありがとう。」

僕は思わず彼女をみつめてしまった。

あまりに長い間みつめていたせいか、彼女は僕の視線に気付いてしまったようだ。

(……!)

その視線に僕はとても懐かしい何かを感じた。

(これは一体……)

そのあとずっと僕は授業を聞かず、さっきの懐かしい何かを思い出そうとしていた。




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