かたん、ことん。
かたん、ことん。
しばしば、がーっ、がーっ。
揺れる列車のリズムに合わせて、琴子の黒髪がさらさらと揺れる。
楽しそうに話す彼女に、それとなく相槌を打ちながらも、僕はまるで上の空だった。

繰り返し、繰り返し、鳴り響く音。
それはまるで、慕っては忘れ、忘れてはまた慕う僕たち二人みたいで。
この美しい人はこんなに近くにいるのに、決して触れることはできない。
僕は今でも、そのことを受け止めきれずに、歯をくいしばっているのだ。

琴子と一緒にいられれば、僕は世界で一番幸せな人間のはずなのに。
それが、どこにも行きつかないメリーゴーランドに乗っているように思えて、僕はこの時間を―僕たちの間に横たわる温かい世界を、標本のように留めてしまいたくなる。
そう。たとえそれが、故意に呼吸を止めることだとしても。
僕は、綺麗なままでとっておきたくなってしまうのだ。

ふと会話が途切れて、琴子が僕の目をじっと見つめた。
あまりにも距離が近くて、赤面しながら、おもわず顔をそむけてしまう。
琴子は、ふふっと笑って「雪村くん、林檎みたいね」と言った。
「リンゴ?」と思わず僕は聞き返した。
赤面している僕を林檎みたいと形用するとは…さすが園芸部部長である。
「そう林檎。林檎の実ってね、絶対左右対称になんかならないの。どう頑張ってもちょっと歪(いびつ)になっちゃう。なんでか知ってる?」
僕は首を振った。そもそも林檎に特別な関心を払ったこと自体、人生初の僕である。
「南を向いている所のほうが、速く成長するの。明るい方を向いている部分が、先に色づいて実も大きくなる」
琴子は、「おもしろいでしょ?」と微笑んだ。
僕はかすかな目眩(めまい)を覚えた。
その時の琴子の微笑みは、やさしげな春の陽光のようで、身を焦がす真夏の直射日光のようでもあった。

明るい方を向いて、ちゃんと成長していくようで、少しづつ歪んでいく林檎。
もしもそれが林檎の本質だというのなら、まさにそれは僕そのものかもしれない。

明るい方へ。
明るい方へ。
余りにも追い求めて、僕は少しずつおかしな方へと引き寄せられていく。


電車は何事もなかったかのように順調に走り、琴子のやわらかなおしゃべりは止めどなく僕の耳を撫でる。
あれを見たい、これを買いたい、という琴子の穏やかな声を聞きながら、僕はうとうとと首をゆらす。
あとどれくらいで着くだろうか。僕たちの目的地に。


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