「もう、どこにも、行かないで、側にいて」
琴子は僕を視線で捉える。
それは、控えめな彼女の、ちょっぴりの我が儘。
唇だけが、言葉をなぞる。

『す き な の』

僕は、目を見開く。
「返事は、いらない。」
薫君は優し過ぎるから、返事なんてすぐにわかるもの、と彼女は付け加えた。
そうして、部屋のドアノブに手をかける。
「ねぇ、聞いて」
彼女は背を向けたまま。
僕は息を止めるように、耳をこらす。
「ブラウン管って、中は真空になってるの」
「岬」
「私達が溺れたこの街も、真空になって、」
「岬」
「私と薫君の距離も、消えて無くなってしまえばいいのに」



僕らの溺れた、この街。


ぷつりと、理性が切れたのはいつだろうと思った。
触れた岬琴子の手は小さくて、指は細く長かった。
そして、ああ、しまったと僕は思った。
それは、触れてはいけないリセットボタン。
指先から伝わるのは、ほんの少しの熱だった。
怯えた様に引き抜かれた手。
僕も、名残惜しげに、けれどそっと手を追いかけもせずに自由にする。その、数字を覚えるのに長けた能力を持つ代償に彼女が失ったのは、僕にとってのみ、辛いものだった。
「2年3組出席番号18番、雪村薫君、初めまして」
それは、何度目かの初めまして。


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