「言わなきゃいけないこと?」
琴子は力強く頷いた。
「まず最初に」
琴子はそこで言葉を切って、息を吸い込んだ。そう思った次の瞬間には、上半身が勢い良く折り曲げられた、というより振り下ろされた。
「ごめんなさい。…それから、ありがとう。」
床を向いていた顔がゆっくりと上げられた。泣き出しそうな顔をしていた。そんな表情は見たくない、笑って欲しいと、そう思った。
「えっと、何が。何か謝られるようなこと、有ったっけ。」
「全て。」
「全てって。」
何がなんだか。
「”世界一危険なテレビ"なんて存在しない。嘘、なの。雪村君だって、本当は思ってたでしょう、有り得ないって。」
「そ、それは…」
確かに、テレビに危険な物なんてあるのか、とか、琴子の妄想の産物なんじゃないかと思わなかった訳じゃない。
でも、琴子に頼まれたから。
琴子の頼みと思えば、選択肢に「探さない」なんて無くなった。何がそうさせたのかは分からないが、望むことは出来る限り叶えたいとさえ思った。
「でもなんで嘘なんか。」
「それが」
目の前の嘘吐き少女の瞳には、涙の膜が張っていたが、強い光が宿っていた。
「言わなくちゃいけないこと、伝えたいことの、二つ目。」
僕は息を呑んだ。気迫の様なものが、その一言には在った。
「思い出して欲しかったの、私のこと。」
「思い出すって言ったって、忘れたことなんて。」
第一、初めて会ったのはこの前だ。
琴子は首を振った。
「ううん、雪村君は忘れてるよ。無理して思い出せとは、言わないけど。」
けどやっぱり、と寂しそうに唇だけ動かした。
この自称”忘れられている少女”は僕に何を期待しているのだろうか。
沈黙が二人の間に流れた。
「まあ、急に言っても思い出せるものじゃないよね、ごめんなさい。」
彼女は俯いてしまった。
何を、言えばいいのだろう。
何か、一言。
「教えてくれ、その、僕が忘れてしまったこと。」
琴子は顔を上げた。もし泣いていたらどうしようかと思ったが、驚いたことにその顔は嬉しそうであった。
「やっぱり、雪村君は変わらないね。」
琴子は、学校中から捨てられるために集められた大量のテレビ達を見渡した。
「ねえ、雪村君。雪村君小さいときにここに住んでいたこと、知ってる。」
「え、僕が。」
いつだ。転勤が多かったから、何箇所にもその”小さいとき”とやらは分散している。
「私たち、いつも一緒だった。薫君薫君て、後にくっついて歩いてたって、お母さんは笑うわ。」
知らない、覚えていない。そんな女の子のこと。もどかしい。内心焦っていた。
琴子は喋り続ける。
不意に背を向けて、例のテレビに触れた。(あれ、僕それだって言ったっけ。)
「これ、二人で拾ってきて、名前彫って、秘密基地に積み上げたうちの一つ。覚えてないだろうけど。」
「…なんでわかるの」
振り返って微笑んだ。
「製造番号。数字は、自然と覚えちゃうの。」
琴子の薄い色をした瞳に、影が落ちた。
「薫君がいなくなってからは、このテレビの上で本読んだり、ボーっとしたりして過ごした。薫君の名前を指でなぞっては、戻って来てと祈った。」
「そんなことが。」
「あの頃の祈りは今頃叶った。名簿に薫君の名前を見つけたときは、本当に嬉しかった。」
どうして、僕の記憶には留まらなかったのだろう、この少女のこと。向こうは、ずっと待っていたのに。自分の記憶装置を今迄で一番恨んだ。
「こんな回りくどい事しなくても、普通に話しかけてくれれば良かったのに。」
琴子は言った。
「自信が持てなかったの。久しぶりに会う薫君とちゃんと話せるのか。もし自分のこと忘れられていたら、話題がないもの。」
世間に疎いし口下手だからね、と付け加えて笑った。


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