no title
「そうでもねぇぞ。
昔はかなり吸ってたけど、お前が来てから止めた」
「それはありがとうと言っておくべきなのかな?」
「…お前生意気になったよな」
いや、元々か、と付け足して静貴は笑った。
短くなった煙草を足で踏みつけるとまた新しい煙草に火をつける。
「医者の不養生、だね」
「うっせ。
賢斗は吸うんじゃないぞ、
身体に悪いからな」
真剣な顔でそう言う静貴に過保護だなぁ、と賢斗は笑う。
そんな賢斗を見た静貴は思い出したように呟いた。
「…愚者と賢者は同一の木に対しても同一の木を見ない、か」
賢斗は一瞬怪訝そうな顔をしたがすぐに静貴の言葉を引き継いだ。
「自己の翼を以って飛ぶ鳥は高く翔りすぎるということはない」
「流石だな」
「昨日読んだんだよ。
ウィリアム・ブレイク『地獄の格言』でしょ?」
淀みなく答えた賢斗に、静貴は煙草を咥えたままニヤッと笑う。
およそ10歳の子供が読む本では無いが彼にとっては何とも無いだろう。
…本当に、頭の良い子だ。
そんなこの子がこれから歩む人生を出来るだけ長く見守りたい、と静貴は願う。
そうしていつか、彼の瞳を綺麗だと言ってくれる人に出会ったらその人に賢斗を任せたい。
賢く、不器用で優しい彼を夜明けへと導いてくれるように、と。
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